25.公王陛下1
私の生まれは公爵家である。
王国でも並ぶもののない権力を持つ筆頭公爵家。
その嫡男として生を受けた。
アレクサンドル・レオポルド・ヘッセン。
私の名前は、母上から譲り受けたといっても過言ではない。
そして、この名前を受け継いだ意味を知ったのは随分後の事だった。
大陸随一の大国である帝国の初代皇帝と同じ名前であった。一代で国を築き繁栄の礎を築いたとされる英雄。私たち親子は、その名前を受け継いでいた。
母上の名前は、アレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
王家の血を引く女公爵である。
私が生まれる前までは女性の爵位授与はできなかった。法律で禁止されていたのだ。それを女性でも正式に跡取りに成れるように働きかけたのが母上である。
理由は色々あるようだが“男性が必ずしも優秀とは限らない”という事実を王国が身をもって知ったが故の事らしい。もっとも、男性優位の社会に亀裂を走らせたのは間違いなく母上と叔母上だろう。
『貴婦人の中の貴婦人』と讃えられる母上と、自らが戦場に赴く『女傑』である叔母上。
この二人の女性では相性が悪いと考える者が多いだろう。
なにしろ、育ちも生き方も正反対だ。二人をよく知らない人からすれば表面上の付き合いしかしていないと捉えているが、実際は、とても仲が良い。義理の姉妹とは到底思えないほどだ。寧ろ、実弟である叔父上との方がよそよそしい。昔の事が原因なのだろうと推測している。母上は昔の事など気にしていないのだが、叔父上の方が未だに引きずっている。母上と顔を合わせるたびに物言いたげな表情をなさっていた。
辺境伯爵家に遊びに行くたびに叔父上が不在がちになる事が多くなった。私達親子が滞在するからだろう。叔父上なりに気を遣って屋敷を留守にしていたらしい。
母上はそんな叔父上の言動に、「相変わらず逃げる事しか考えない困った子だこと」と溜息を吐きながら苦言を漏らしていた。
まあ、気まずい思いをするよりはマシなのでは? と当時の私は思っていたが、次第に雲行きが怪しくなっていた事にまでは気付かなかった。
「アレクサンドル、知らなかったの? 辺境伯爵夫妻は何年も前から別居中よ?」
「……別居ですか?」
「そうよ」
「何故ですか? もしや、私達が辺境伯爵領に一時期頻繁に赴いていたせいですか?」
それなら叔母上に申し訳ない。
私や両親、特に母上のせいで御夫君と別々に暮らす状況になってしまったなど。
「私達が辺境伯爵領に行こうが行くまいが結果は変わらなかったと思うわよ?」
「どういうことですか?」
「コリンは別宅で愛人と暮らしているからです」
「はい!?」
考えもしなかった事を言われた。
愛人と暮らしている?
あの叔父上が?
叔母上に決して逆らえない叔父上が愛人を作った上に一緒に生活している。
正気だろうか?
叔母上は知っているのだろうか?
いや、母上が知っているのだから、当然、ご存知のはずだ。
一体、どんな修羅場になったのやら……。
「なにか勘違いしているようだから、一応言っておくけれど、辺境伯爵夫妻は円満別居よ?」
夫婦が離れて暮らす事が円満?
血の雨が降ったの間違いでは?
「叔母上は承知しているのですか?」
「愛人の事かしら?」
「はい」
あの叔母上が自分の夫に愛人を持つのを良しとする訳がない。
「承知するもなにも、コリンの愛人は、アントニアの許可を得ている存在よ?」
「叔母上が叔父上の愛人を認めているのですか?」
「認めているというよりも、元々、アントニアがコリンに紹介した女性なのよ。勿論、コリンの愛人候補としてね」
「……はっ!?」
母上の言葉が理解できない。
自分の夫に愛人をあてがったというのか?
何故!?
御自分の家庭に不和を持ち込む行為を何故するんだ?




