祖は地に降り立つ
まさかの天空落下
「飛ぶ!飛んじまう!!吹っ飛んじまうって!旦那!!」
結構なスピードで地上へ向かっている現在。
片手に持っている帽子がその布地で器用に僕の手にしがみついて叫ぶ。
「うるさいよペック。大丈夫だって、離さないから」
「絶対だぞ!絶対離すなよ!!!」
落下の恐怖で神界で感じていた恐怖も吹っ飛んだのか、丁寧な言葉も吹っ飛んでいる。
どんな口を利こうが特に気にしないしいいけど。
足元には大きな森。視線を移動させれば遠くに海が見える。
海沿いに街もあるようだけど、急に空から人が降ってくれば大騒ぎになるのは目に見えてるから、最初から人気のない森の中に降りる予定だ。
森の木々が近づいてきて、そこで初めて減速のために魔法を行使した。
(風)
ぶわりと下から掬うような風が吹き上げて、落下速度が落ちた。
地上に足が着く頃には随分減速して、ちょっとしたジャンプから着地したくらいの勢いで地に着いた。
「着いたよ」
片手につばを巻き付けてしがみついている帽子に話しかける。
「ほ、ほほほ本当か?」
おっかなびっくりつばを広げる帽子が落ちないように持って、すいっと頭の上に乗せる。
……なんかおかしいな。普通に帽子を被っただけなんだけど。
ちょっときつい?
変だな。ミュートロギアに限って、僕のサイズに合わせないなんて。
…いや、きつくなっていってる?
「…ペック、あんまり締めないでくれない?」
「ぉえ、あっすまねぇ旦那!」
原因はこいつだった。
つばを軽く引っ張って抗議すると、きつかった絞まりがなくなった。
「いや、なんせ帽子になるなんてはじめてだからよ。人の頭の上に乗るってのは変な感じだなぁ」
そりゃそうだろう。
今まで帽子が意志を持つなんてありえないし、ましてや人間が帽子になるなんてのもありえなかった。
イレギュラーもいいとこだ。
「ところで旦那、こんな森ん中に降りてどうするんだ?」
「いきなり大きな街に入れるとも思わないから、森をぬけた先の村辺りから向かおうかと思って」
「なるほどな。さすがにそれは分かってたか」
さすがにってなんだ。
そりゃあ地上に降りるんだから多少の情報は集めてるよ。
「俺様は旦那に常識やら知識を教えて危険な場合は事前に止めろって言われてるからな。何かあったら遠慮なく言わせてもらうぜ」
「…どうも。でも基本は質問に答えるだけにしてよ。良いも悪いもできるだけ見たいから」
吹き込んだのはミュートロギアだろうなぁ。
心配性だ。
「旦那、人の村を探す前にステータスの隠蔽を先にしたらどうだ?」
「、そうだった」
そうだ、隠蔽だ。
忘れていた隠蔽を取得して、人間ではありえないスキルを隠して、高すぎるレベルも低めに隠蔽する。
アカシックレコード Lv.10(隠蔽)
言語理解 Lv.-
属性魔法 Lv.-(隠蔽後Lv.5)
竜魔法 Lv.-(隠蔽)
時間魔法 Lv.-(隠蔽後Lv.4)
空間魔法 Lv.-(隠蔽後Lv.4)
武器創造 Lv.10(隠蔽)
魔法創造 Lv.10(隠蔽)
スキル創造 Lv.10(隠蔽)
人化 Lv.10(隠蔽)
隠蔽 Lv.10(隠蔽)
こんなものだろうか。
アカシックレコードはまぁ、僕ら神族しか持ってないから人間化した僕のステータスに表示されるのはおかしいんだけど、これがあるとないとじゃ鑑定結果に表示される内容が大きく変わるから、残して隠蔽。
「終わったか?なら俺様のステータスも頼むぜ」
「ミュートロギア達はしてないの?」
「降りてから必要になったら旦那に相談しろだと」
「…そう」
なら仕方ない。まずは鑑定からだ。
名前:ペッカートル
称号:祖神の使い魔
スキル:
アカシックレコード Lv.3
言語理解 Lv.-
自動修復 Lv.-
これだけしかない。
確か必要なスキルを与えればいいって言ってたかな?
「ペックに必要なスキルか…」
呟きつつまずはスキル供与を自分のステータスに追加する。
「俺様か?希望が通るなら攻撃魔法が欲しいぜ」
「ミュートロギアにダメって言われたでしょ。君は罪人なんだって」
「俺様が生きるためだったんだよ!いいだろ魔法くらい」
「…攻撃魔法はだめだよ。僕が怒られる。補助系ならいいんじゃない?とりあえずは君も鑑定と隠蔽は持つべきだね」
スキル供与で鑑定と隠蔽を与えた。
「まぁ妥当だな。旦那の手がふさがってる時は俺様が鑑定してやるよ。あとあれだ、念話も頼むぜ」
「念話?なぜ?話せるのに」
「喋る帽子なんてあるわけないだろ!口に出してくっちゃべってたら周りに目をつけられるぜ。俺様だって魔道具に間違われてカッ攫われたくないね」
ふーん。
いくつか前の文明では話す道具もあったと思うんだけど。
ミュートロギアとモルスが自慢し合ってたから覚えてる。
この文明はまだまだ未熟だなぁ。
僕としてもせっかく子らに貰った物をなくしたくはないので、念話をステータス化してペックに供与した。
「あ、気配察知も頼む」
「はいはい」
供与すると、ペックは自動修復以外の全てを隠蔽した。
名前:ペッカートル(隠蔽)
称号:祖神の使い魔(隠蔽)
スキル:
アカシックレコード Lv.3(隠蔽)
言語理解 Lv.-(隠蔽)
自動修復 Lv.-
念話 Lv.10(隠蔽)
気配察知 Lv.10(隠蔽)
鑑定 Lv.10(隠蔽)
隠蔽 Lv.10(隠蔽)
「ま、今はざっとこんなもんだろ。あとはおいおい必要になったら頼むぜ」
「はいはい」
なんだかさっきからハイハイしか言ってない気がする。ペックはお喋りだなぁ。
とにかく、いつまでもこんな森の中でのんびりしていても仕方ないから、上空から見えた村の方角に歩き出した。
空は太陽が真上に来る手前。真っ直ぐ歩いていけば月が登り始める頃には着くだろう。
「お、おぉ?おおおおお!」
森の中は魔素が適度に満ちていて、時折吹く風が穏やかだ。
「すげぇ!なんだこれ!」
ペックがうるさい。けど帽子としては優秀な部類じゃないだろうか。
広めのツバは丁度よく陽の光を遮ってくれる。
「おい!なんか喋ってくれよ!俺様だけはしゃいでるみたいだろ!」
「…事実君だけがはしゃいでるよ。何でそんなにテンション高いの」
「鑑定だよ鑑定!Lvが最大になるとこんなに情報量が多いのか!」
「何かと思えば…。鑑定なんてそんなものだろう」
「んなわけないだろ!俺様の残りカスの記憶じゃ、Lv.5でやっと何の薬に使える素材かとか出るんだよ!」
「へぇ。そうなんだ」
「なんだよ、興味無さそうにしやがって」
「僕らにとっては情報量が多いのが普通だしなぁ」
「くっそ……さすがはカミサマだこって」
頭の上から聞こえる羨望?嫉妬?は半分聞き流して、森を進む。
10分も歩いたところで、傍の草陰から物音がした。
「ん?」
グルァァッ
そちらを向けば迫る顎。涎付きの牙。
「旦那ッ!!」
「ん?何?」
飛びかかる獣の鼻面を片手で掴み、迫ってくる力を利用して地面に引き倒した。
キャンっ、グルルルル
すぐさま体を起こしてこちらを向く獣の目を睨みつける。
「僕に何か用?」
「は…、用じゃねぇよ!襲われてんだよ俺様たち!獲物だと思われてんの!」
信じられないと言いたげな声色でペックが叫ぶ。
うーん、今までそんな目向けられたことないんだけど…。
「旦那忘れてんのか!今人化してんだろ!」
「あ、そうだった」
すっかり忘れていた。この体には神の気配がない。そりゃあ獲物だと思われてもおかしくない。
ガウッ
再び地面を蹴って迫る顎を避け、風の刃を生み出す。
スパンと軽い音を立て、頭と身体が切り別れた獣がどさりと倒れた。
「ふ〜ぃ、どうなるかと思ったぜ。旦那、ちと危機感が足りなさすぎるぞ」
「そんな事言われても。敵意を向けられるなんて初めてだよ」
「あー、まぁ神族はみんな家族だろうしなぁ…。けどま、ここにいるなら敵意だらけだぜ。人間も魔族も魔物も、良い奴だけじゃないし、悪い奴だけでもないしな」
倒れた獣の首から血が流れ、土に染み込む様を眺めつつ、帽子の話を聞く。
自分の手で星の命を殺める。
自分の手で、子等が育んだ命を消す。
……胸は痛まない。何も湧いてこない。
「この獣は」
「ん?あぁ、魔物だ。鑑定してみな」
言われるままに鑑定する。
フォレストウルフ 3歳 オス
名:なし
スキル:嗅覚 Lv.5、瞬足 Lv.3
フォレストウルフ
危険度:E
大陸全土に広く分布し、主に森林や岩山などに生息する。10〜20頭程の群れを成し、狩りや子育ても協力して行う。群れは一組の番をアルファとした上下社会であり、序列争いに破れた者は下位になるか、あるいは群れから追放される。
「……このフォレストウルフは序列争いに負けて群れから追放された個体なのかな」
「ん?序列争い?なんだ?」
「鑑定したら種族の説明まで出たんだよ。基本は群れでいるらしいけど、1匹しかいないところを見ると序列争いに負けて群れから追放された個体なんだろうね」
「……なるほどな、はぐれ者って訳か」
改めて自分でも鑑定したらしいペックが同意する。
ついでに言えばアカシックレコードを繋げばもっと詳細な記録が見れる。世界の記録だ。あらゆる事柄が記録された膨大なデータ。もちろん全ての生物の記録も入っている。生まれてから死ぬまでの全ての記録。
アカシックレコードを繋いだ状態で鑑定をかけると現在までの記録が見れるって訳だ。本人と話さなくても。それじゃあつまらない。
「旦那、さっきので思ったんだが、気配察知に悪意とか危険とかの察知も混ぜられないのか?旦那は鈍感すぎる」
「悪意察知…?そんなスキルあったっけ?」
「なくても旦那なら作れるだろ」
「まぁそうだけど」
言う通りに気配察知を弄って悪意と危険の察知を含め、改めてペックに供与し直した。
仕留めたウルフの死体はとりあえず燃やして、それから改めて森の中を歩き出す。
上空から見えた村からはだいぶ離れた森の中に降りたから、のんびり歩いていけば多分明日陽が陰る頃に村に着くだろう。
ペックは相変わらず鑑定を連発しているようで、常に興奮気味だ。
試しに自分もやってみるか、と視界に入る全てに鑑定をかける。
途端に膨大な量の情報が頭に飛び込んでくるが、自前の演算能力で処理する。
「……ん?」
地名を見るにここはエイマの森、というらしい。
辺りを見渡しつつ歩き続けると、少し離れたところに気になる文字を見つけた。
【エイマの森 ダンジョン】
「ダンジョン?」
「お?なんかあったか旦那?」
呟きにペックが反応するので見たものを口にする。
「ダンジョンか?こんな所に?」
「ダンジョンて何?」
そちらの方向に足を向け、道無き道を進みながらペックに質問する。
「ダンジョンてのは一種の魔物だな。中に魔物を生み出して、ドロップ品だとか宝箱だとかで人間を呼び寄せる。運悪く死んじまったらそのままダンジョンに吸収されちまうが、上手くやりゃドロップ品だの宝だので一儲けできる」
「へぇ…いつの間にそんなものが生まれたんだろ」
「さぁな。しっかし、こんな所にダンジョンがあっても誰も来ねぇだろうにな」
話している間に、人2人が並んで入れる程度の亀裂が入った崖にたどり着いた。
亀裂というより、洞窟か。
「入ってみようか」
「大丈夫か?気配察知は常にしてくれよ」
「大丈夫。そうそう死なないよ」
「怪我されるだけでも俺様がドヤされそうなんだよなぁ…」
早くも苦労人な相棒
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