祖は子らに申し出る
家族会議
「下に降りようと思うんだ」
全員が集まる場で、僕はそう告げた。
みんなぽかんとしていた中で、最初に口を開いたのはストゥルトゥスだった。
「ハッ、下の生き物と直接やり取りするなって禁じておいて自分は行くのかよ。お偉いサマだな」
青白い肌に隈を抱えたグレーの目、暗い赤の髪、とがった耳。
真黒なシャツに着崩した黒い上着、不機嫌にへの字の口。
ストゥルトゥスが僕に何か言えば、必ずモルスが突っかかる。
金色の角になびいた宵の色の髪が絡まって、翼と一緒にはためく。
夜に光る金の目を吊り上げて、小さな牙をむき出しにしてモルスは吠えた。
「貴様ッ、父上に向かって何じゃその口の利きようは!」
あ―、始まってしまった…。
他の子たちも呆れた顔をしていたり、中にはストゥルトゥスを睨む子もいる。
みんな僕の子だし、平等に愛しているはずなんだけれど…。
「~~~ッ父上!こんな無礼者は消してしまってよいじゃろう!?」
モルスは毎回必ず聞いてくる。
暴れて混沌を壊したことを半ばトラウマのように覚えていて、衝動的に動いてしまう前に僕に確認するようになった。
「だめだよ。ストゥルトゥスも大切な子だ」
「ま~たそいつ頼りかよ。キレるだけキレて実行なんて出来ねぇくせに威張り散らしやがって」
あ、だめだ。
「―――貴様、余程死にたいと見えるな」
場の空気が凍る。
モルスの顔から表情が消えて、とても静かな凪を作る。
嵐の直前のように。
「っ、言った通りだろうが。毎回毎回怒鳴りやがって、最後はそいつに聞いて拒否られて終了だろうがよ!」
ストゥルトゥスが言葉を紡ぐ度に、破壊の気配が蠢く。濃厚な破壊の気配は僕かミュートロギアくらいしか耐えられない。
さすがに分が悪いと思ったのか、ストゥルトゥスも顔を真っ青にして口を開こうとしているけど、空気が重すぎて音にならないみたいだ。
「――――」
「モルス」
「――父上」
「だめだよ」
「何故なのじゃ?父上を侮辱するものに在る価値などないのじゃ。この手で破壊してくれる」
こちらを振り向いて不思議そうな顔をするモルスに、出来るだけ穏やかに告げる。
「君も彼も、僕の子だよ。それにストゥルトゥスはちゃんと言った事をこなしてくれてる。僕への言葉がよくないからなんて理由で壊してしまうのはよくないよ」
「っ――父上は身内に甘すぎるのじゃっ」
逆に怒られてしまった。
僕への態度、なんて僕は気にしたことないけれど。
他の子たちによくないからやめさせた方がいいのかな…。
「ストゥルトゥス。モルスはね、壊してはいけないものをうっかり壊してしまうのが怖いから僕に聞いているんだよ。壊していいものなのかどうかを」
こんなことを言ってしまうのは残酷なのかもしれない。
僕がモルスに合意した瞬間に、自分が消えてしまうなんて。
「…っ」
「アウローラより後の子たちはどうにも星の命の影響を受けやすいようだけど、君は曲がりなりにも僕らの家族なんだ。もう少し、他の子たちと仲よくね」
青ざめた顔も戻って、ストゥルトゥスは黙り込んでしまった。
「それで、さっきの話なんだけど」
「お父様…本当に降りるつもりですか…?」
ミュートロギアは不安そうだ。
今まで僕がここを離れたことはないし、そう思うのも無理はない。
ミュートロギアは暁色のポニーテールを揺らして、僕に寄って来る。
少し長めの耳にサイドの髪をかけて、土色の目に不安を浮かべている。
「なにも神として降りようって訳じゃないよ?人になって降りようと思って」
「…父よ、何か目的があって星に降りるのですか」
こう聞いてくるのは海の神オケアノス。
自分にも他人にも厳しい寡黙な子だ。
子といっても見た目は人間でいう壮年なんだけど。
緩くオールバックにしたグレーの髪に、浅海色の目。
青い龍の尻尾、青い角、青い民族調の衣装に、金色の冠。
「目的、というか…単純に見たくなっただけだよ」
「見る、とは?」
「僕が作った子たちが慈しみ育んだ星を、育まれた目線で見たいんだ」
僕はどうにも、星に愛情を抱けなかったから。
我が子たちがどうしてそれほどまでに心を割いて、ましてや入れ込んで神界にも影響を及ぼすのかわからないから。
「知りたいんだよ」
何とか同意は得られたようだった。
その代わり、珍しくミュートロギアとモルスが結託して僕の人化条件を指定してきた。
大前提として、星の命たちはみんな能力をスキルとして持っているので、すべてそれに準じること。
一つ、隠蔽のスキルをレベルMAXで取得して、神しか保持しないものはすべて隠蔽すること。
二つ、現時点で所持している能力をすべてスキル化するが、人間としておかしくないレベル範囲まで隠蔽すること。
三つ、隠蔽した能力は極力使わず、スキル化した能力のみ使用すること。
四つ、隠蔽していない能力で補えない場合はスキル創造、武器創造、魔法創造で作成しスキル化すること。
五つ、星に降りた後、身を守るために必要なスキルは随時取得すること。
六つ、星の種族、国などのルールに従うこと。ただし自身の安全が担保できない場合はこの限りでない。
スキルとは、魔法や技術がすべてステータスに現れる用のシステムだ。
いつぞやから、知恵神オルデンとミュートロギアが協力して作ったシステムだけど、僕はあんまり詳細を聞いてないから知らない。
それに縛られるのは星の命だけだし、神族はそれ以前から似たようなものを持ってる。
約束事がたくさんできたなぁ。
六つ目の約束を守るにあたって、人間の常識を持たない僕一人じゃ不安しかないからと、ミュートロギアとオルデンが協力して、一つのアイテムを作って渡してきた。
「わたくしが創り、オルデンが人格に知識を与えました。あとはお父様が名前を与えてください」
見た目はツバの広い魔女帽だけど、どうにも普通の帽子じゃなさそう。
ハサミで刻んだみたいなギザギザの口に、グルグルの目がある。
「…ミュートロギア?」
「何でしょう?お父様」
「気のせいかな。帽子と目が合ってるんだけど」
「おそらく気のせいではありませんわ。見た目は帽子ですが、人間の魂を定着させております」
………ん?
おかしいな。ミュートロギアは人間をとても大切にしていたんじゃないのかな?
物に魂を定着させたら意図的に破壊しない限り寿命もなくなると思うんだけど。
「……中身の魂はどこから?」
「それは私がストゥに言って、生前に悪行ばかり重ねて善行をしていない死者の魂を引っ張ってもらったんですよぉ」
オルデンは白い指で赤い丸眼鏡の位置を調整し、頭の周りに浮かぶ環が僕に当たらないように顔を寄せてきた。
「知識は私の権限で与えられる中で必要そうなものを詰めました。あ、一応罪人ですし、逃げられても困るので行動系のスキルは与えてませんよぉ。降りたあとに必要そうなのを与えてくださいね~」
おっとりした口調でそう言われ、改めて手にのる帽子を見る。
グルグルの目は瞬きを必要としないのか、じーっとこちらを見てくる。
「……」
「……」
「……は、はじめまして?カミサマ?」
「……喋った」
「そ、そりゃ喋るさ!俺様今はこんな形だが元は人間だからな!」
「…たかが帽子風情が父上に過ぎた口を…」
いつの間にか近くに来ていたモルスが帽子に凄む。
「ひぃっ!?す、すいやせん!」
「モルス、やめてあげて。…あなたは今わたくし達の父の手にあるのですよ。わたくし達以上に無礼は許されません。吹けば飛ぶ形なのですから、もう少し己の振る舞いを見直しなさい」
「はいぃぃ!!……え、父…?」
「そうです。彼の方はすべての生みの親です」
「お主ら星の命が祖神と呼ぶ方じゃ」
ミュートロギアとモルスが僕を帽子に紹介する。
帽子に紹介ってなかなかな絵面だなぁ。
「………」
帽子はグルグルの目を見開いて唖然?とした表情をしている。
「あらかたの説明も済んでますし、いつでも出発できますよぉ」
オルデンはこの外出の数少ない賛同者。
オルデン自身知恵の女神だし、知識欲は神族の中で一番高い。
僕が知りたいって言った事に共感してくれて、是非にと言ってくれた。
で、何を話していたっけ?
帽子に名前を付けるんだっけか。
何にしようかな。
彼は元罪人のようだし、安直だけど罪人でいいかな。
「ミュートロギア、これに名前を付ければいいんだね?」
「はい。それで以前の名前は上書きされます」
「それじゃあ、君の名前はペッカートルだよ。古い言葉で罪人という意味だけど。罪人って呼ぶよりいいでしょう。ペックだね」
名付けが済んだ瞬間、帽子が光る。
他者に従属した時の儀式だなこれ。
ペックの情報を見ると、称号が祖神の使い魔になっていた。
これで帽子の準備はOK。
あとは僕の方か。
「僕も準備するよ。まずは変化だね」
「人になる過程でスキルも発生させてしまえば手間が省けます」
オケアノスがアドバイスをくれた。
彼は人型と獣型を使い分けているから、そのあたりも詳しいのかもしれない。
まぁ手間が省ける分にはいいだろうと、彼のアドバイスに従う。
まずは変化。
人間の形になるように、角と翼を引っ込める。
神界でいつも身にまとっている装束も、袖が長すぎるし白は目立つので黒いローブにした。
ついでに能力も人間仕様にして、完了だ。
「どうかな?」
ミュートロギアやモルス、オルデンにこれで大丈夫か確認してもらう。
「見た目は完全に人間ですね」
「気配が脆弱すぎて不安になるのじゃ…。姉様よ、人間とはこれほど弱いものなのか?」
「モルス基準で言えば何もかも脆弱でしょう。今のお父様の気配でも人間の中ではかなり強い方よ」
「そ、そうか?」
「能力もちゃんとスキル化できてますし大丈夫そうですねぇ」
うん、大丈夫そうだ。
ペックは手に持ったまま、行ってきますをして、僕は神界から降りた。
祖神出発
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