序章
プロットなしの見切り発車。
初めは僕だけだった。
上も下も何もない、明るいような暗いような、どっちつかずの世界で、僕だけ。
僕はいったい何だろう?
この明るくも暗い場所で、"僕"を確立させることは難しかった。
周りに紛れてしまってどこからどこまでが僕なのか分からない。
自分の感覚が伸びている先を必死に動かして、"僕"を理解する。
初めはぼんやりしていた感覚が、どんどん鋭くなっていく。
最終的には、"僕"はどうやら、まぁるい玉のような姿をしていることが分かった。
"僕"がわかると、とても嬉しくなった。
明るくも暗い世界の中で、"僕"はただ漂った。
世界と"僕"の違いがはっきり分かるのが嬉しかった。
最初はうれしかったけど、そのうち寂しくなって、僕と似たようなものが欲しくなった。
あれこれ試して見たけれど、球体の僕ではせいぜい同じ球体を作るのが精いっぱいだった。
しかも失敗したようで、球体は球体のまま、何にもならなかった。
何がいけなかったんだろう。
どうすれば僕と似たようなものができる?
考えて考えて、僕自身を変えてみることにした。
考えることができる頭。
感情を表す顔に、話すことができる口、物を見る目、臭いを嗅ぐ鼻、音を聞く耳。
核をしまう体に、自分の意志で動ける足。物を掴んだり作ったり壊したりできる手。
そしてこの明るくも暗い世界を早く泳ぐための翼。
僕自身を作って、それからまた、僕と似たようなものを作ってみた。
今度は成功したようだった。
僕と同じ、頭、顔、口、目、鼻、耳、体、足、手、翼。
また失敗したら、と思って二つ作ってみたけれど、どっちもうまくいったみたいだ。
一つは僕の目と同じ明るい色の髪をした、真っ白なもの。
「お父様」
もう一つは僕の髪と同じ、暗い色の髪をした、真っ黒なもの。
「父上」
お父様、とか父上って呼ばれても、僕には性別はないんだけど…。
僕と同じように作ったはずなのに、二つは女性体だった。
まぁ彼女達がそう呼びたいなら好きにさせておこう。
僕は話す相手ができたことにただ喜んでいた。
「お父様、わたくし達を生んでくださってありがとうございます」
「姉様ともども、妾もよろしく頼むのじゃ」
優雅に畏まって膝をつく彼女たちに、僕はふと思った。
「名前がないと呼ぶのに苦労するね。キミはミュートロギア。君はモルスだ」
こうして創造神ミュートロギアと破壊神モルスが誕生した。
僕と同じに作ったはずなのに、彼女たちはそれぞれ創ること、壊すことに特化していた。
僕はどちらも得意だ。自分の体も作ったし。間違ったところは壊しもした。
どちらも入れたはずなのになぁ…。
やり取りができる存在ができたことで、僕の寂しさも随分紛れた。
ミュートロギアもモルスも、僕を父と慕ってくれる。
だけど二人はどうにもどこかすれ違っていて、よく言いあっているところを見る。
原因は大抵とても小さなことなんだけれど…。
一度大きな喧嘩になって、その時のモルスの癇癪でこの明るくも暗い世界が壊れた。
とても驚いた。
この世界が壊れるなんて思ってもみなかったから。
モルスにできるってことは、たぶん僕にもできるんだろう。
モルスもまさか世界が壊れるなんて思っていなかったみたいで、なんだか茫然としていた。
逆にミュートロギアは、とても焦っていた。
僕にごめんなさいと謝ってくるのは何故だろう?
この世界を壊したことを僕が怒っていると思っているんだろうか?
特に怒っていないと告げるけれど、どうにも混乱しているようで、ミュートロギアまで力を使い始めた。
まぁ創造の力だし、そう困ったことにはならないだろうと思っていたら、なんと世界の破片をかき集めて混ぜて星を作ってしまった。
星と言っても何もいない、本当に破片を集めてまぁるく固めただけのようだけど。
ミュートロギアは彼女なりに世界を壊す原因になってしまったことを後悔しているんだろうか。
おそらく妹であるモルスの失態を庇おうとしたんだろう。
僕は世界が壊れたことよりも姉妹が互いを大切に思っていることが嬉しくて、モルスとミュートロギアが作った星に命を作ることにした。
まずは命の元となる水、海を司る神オケアノス。
命が生きるための土、大地を司る女神フォディーナ。
命に温もりを与える火、火を司る神イグニス。
そして命に息吹を与える、風を司る女神ウェントゥス。
四神はそれぞれの司る要素を性格にも持っていて、相反する属性故に言い争いが絶えない子もいるけれど、ちゃんと眷属の精霊を生み出して星にばらまいた。
もちろん、それだけじゃ命は生まれない。
この昼も夜もない時が進まない世界で生きられるのは僕らだけだ。
僕は昼を明るく照らす太陽と、夜を淑やかに浮かばせる月を作り出し、これを厳しく管理する時と空間を司る神アウローラを作った。
そう作ったから、というのもあるけれど、アウローラはとても厳しく、これと決めたルールにはとても素直に従い乱れを許さないため、他の子たちからは少し苦手に思われていた。
ちょっと僕が凝って作ってしまった背中の機械のような中身がむき出しの部分が他の子には気味が悪いようで、贖罪の意味を込めてマントを上げたらとても喜んでくれた。
それ以来ずっとマントをつけているし、相当気に入ってくれたんだと思う。
星の時が回り始めて、やがて命が芽吹いた。
これにはすごく長い時間がかかったけれど、僕らにとって時間は無限だ。
ミュートロギアやモルスをはじめ、僕が作った子たちはみんな星をずっと眺めていた。
星に散らばった精霊たちはみんな思い思いに領域を作って、精霊の集まる家を作ったり、四神の言いつけを守って水や土、火、風の巡りを管理したり。
本当に思い思いだ。
自分の作ったものを星にばらまく、ということに惹かれたのか、ミュートロギアとモルスが競って種族を作り始めた。
ただ創ることにそれなりに力を使うようで、度重なる失敗のあと、2~3組の番しか作れないようだった。
星には大陸が二つあるからと、二人はそれぞれの大陸に自分の作った種族を降ろした。
僕も久しぶりに何か作ろうかと思って、種だけを山脈に落としてみた。
何も形成しなかったのは、何が生まれるか楽しみにしようと思ったからだ。
この星は世界―便宜上混沌と呼ぶことにする―の破片でできていて、力が強すぎるために大地を形作る上で大部分を地中深くに隠したのだけれど、それでもしまいっ放しはよくないので星全体に流れを作って滞らないようにしている。
そのため、地上にはいくつもの吹き出し口がある。
それはほどんどが星に生きる命には簡単にたどり着けない場所にあるんだけど、放置もどうかなと思うから、種から生まれる種族に警固と管理を任せようと思っている。
種のまま吹き出し口の傍に置いておけば、吹き出す力を反発せずに吸収して、それなりの強さの命ができるだろう。
たった2~3組しかいなかった番が次々に子を成して数を増やして大陸中に散っていき、年月が経って国と呼ばれるコロニーを形成した時、大きな争いが起こった。
それも、同じ種族同士の者でだ。
ミュートロギアは驚いていたし、同時に悲しみもしていた。
モルスはまぁ、もとより力を多めに込めた種族だし、自分(破壊神)が創ったものだからと諦めていたけれど、それでもすこし寂しそうだった。
一度始まった争いはそう簡単には収まらなくて、やがて種族の半数以上が死に絶えた。
それなりに文明も育っていたんだけど、残念だ。
落ち込む二人を慰めていたけれど、僕はどうもそこまで感じるものがない。
あれらの種族は僕が自らの手で作った物じゃないからだろうか。
それからまた、二つの種族は再スタートを切ったようだった。
このあたりでミュートロギアとモルスの行動に惹かれた四神が真似をし始めて、自分と似たような種族を作り出した。
特にフォディーナの熱の入りようはすごくて、先に生まれた命である動物たちと自分の姿を組み合わせて獣人族を作り出したのだけれど、その種類が多かった。
獅子、虎、熊、犬、猫、兎、狐、狸、鹿、蛇と、計10種類。
さすがに多すぎたので途中で止めたんだけど、止めなかったら森に生きるすべての種族の獣人を作るつもりだったのかもしれない。
ウェントゥスは最初に作っていたのがとてもよくできていたのに、途中でモルスがちょっかいをかけたせいで、思っていた完成とは違う形になって、別のを作っていた。失敗作はモルスが責任をもって自分の種族を降ろした大陸で面倒を見るそうだ。
モルスは本当にお転婆だなぁ…。
っと、星の様子を見ていたミュートロギアから、新しい子を作ってくれとお願いされた。
どうにも自分たちが作った種族の力だけでは争いが起きやすいからと。
僕が星の命を気に掛ける必要は特にないんだけど、ミュートロギア達が一生懸命に作って、慈しんでいる星だから、僕は快く引き受けることにした。
力任せな解決じゃなくて、もっと頭を使うように、知恵の女神オルデンを。
他人にもっと心を傾けられるように、慈悲の女神ミセリコルディアを。
奪い合うんじゃなくて、互いに利をもたらせるように、商業の神シンケールスを。
悪事を罰せるように、裁きの神カルケルを。
裁かれた者を輪廻の環に戻すために、冥府の神ストゥルトゥスを。
そして、星の命たちは僕が作った子たちみんなをまとめて神族と呼び称えた。
この5人を作ってからしばらくは、順調に文明が発達していった。
ただ、どうもこの5人は未熟なうえに星の命の影響を受けやすいらしい。
シンケールスは人間の後ろめたい部分を見抜けなくて商売で死人を出し、オルデンは知恵を与えすぎてそれが戦争の引き金になってしまった。
カルケルは人間に言葉巧みに誘導されて罪人を逃し、ストゥルトゥスなんて僕に反抗してきた。
さすがに僕が作ったものが僕に反抗するなんてことは考えていなくて唖然としていたら、怒り狂ったモルスがストゥルトゥスを消してしまおうとしたから止めたけれど、さすがにこれは見過ごせないと、ミュートロギアとモルス、そして四神とアウローラの7人が集まって対策を決めた。
曰く、星の命との直接のやり取りを禁止し、必要と思われることはすべて神託のスキルを通して伝えること。
曰く、神託のスキルが発生するのは真摯に信仰を深める者のみに限定すること。
曰く、加護を得んとするものはすべからく精査し、加護を得るに相応しいと判断されたものに限定すること。
曰く、この決定を星に生きる者に知らしめること。
それから、カルケルの断罪の対象には神も含むことになった。
断罪といっても、僕らの中では力の弱いカルケルに、同年代ならまだしも四神や創造と破壊の双極なんて裁けないから、監視して、目に留まる行為は全員で集まる場で議題に出すことになった。
ルールの隙をついて人間に言いくるめられていたカルケルだけど、元よりルールを守ることを得意にしているし、僕が作った子たちはそんなに意地汚くもないから、ルールの隙をつくような問題ないだろう。
問題は、モルスだ。
ストゥルトゥスが僕に暴言を吐いたことが相当許せないようで、ことあるごとに僕にストゥルトゥスを消していいか聞きに来る。
モルスもストゥルトゥスも僕が作った大切な子たちだし、そんな物騒なことはしないように言うけれど、どうにも二人の仲を取り持つことは難しいなぁ。
星の命は巡り巡っていたけれど、文明は何度か崩壊した。
数百年しか続かなかった時もあれば、数千年、数万年と続いた文明もある。
全く魔法を使わず、武術だけで繁栄した時代もあれば、魔法だけで繁栄した時代も。
崩壊の原因も、戦争だったり病だったりと様々だ。
これだけの崩壊と復興が積み重なれば、もう僕らが手を出しても出さなくても結果は変わらないとみんな気付く。
種族が絶滅の危機に陥った時はさすがに手を貸すけれど、それ以外では見守ることに徹するようだった。
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