氷ノ山編(改定) ~一炊のコーヒー~
出来が良くなかったので改定…したけど、なんかノリで書いた改定前の方が良かった気がする…。微妙に作家あるある…なのかな?これ。
〇 深夜 高速道路 氷ノ山への道
とある日の深夜。俺は、氷ノ山ひょうのせんという山に登るべく深夜の高速道路を走っていた。横には、山路さんという先輩登山愛好家がいる。紆余曲折を経て、年齢、性別様々な人が集まった、ヤマネコ登山部…山路さんもその一員だ。部(と、言えるかは置いといて)のメンバーの中では山路さんは登山の経験、技術…とび抜けて高い。今日は、山路さんに車を出してもらっている。登山レベルが高く、俺が尊敬する山路さん。ここを甘えると登山中もずっと甘える事になるので、車は俺が出します(親のなんだけど)と、いったが、山路さんは「運転好きだから」と笑って言ってくれた。本当にいい人なんだよなー。
「勝負曲?ですか?」
「そうそう。登山の前に聞く曲ってない?こういう、車の中とかで。僕の場合はこれなんだよ。」
車のステレオから流れているのは、Bzの「ALON〇」だ。
「まあ、Bzは色んな世代の人が好きだと思いますけど…。なぜバラードなんですか?テンション上げる為ならもっと、アップテンポな曲いっぱいあるでしょ?」
「いや、初めて一人で山に行く時…当時買ったばっかりの車で一人運転して行ったんだけどさ。その時車のラジオから流れてたのが、この曲だったんだ。なんか聞くたびに、あの時のドキドキを思い出してさ」
「ちなみに、その時登った山は?」
「白山だったかな。こんな感じで…当時、京都住まいだったけどね。夜に車を飛ばして、朝から登ったよ」
「また、えらい遠くまで行きましたね」
「いやー。当時は無茶してたよ。今は無理かなあ。シンジ君なら未だ行けるんじゃないか?」
「どうでしょうねー。やってみたい気はしますが…。ああ、勝負曲の話でしたね。俺は何かあったかなあ?」
深夜の高速…仕事終わってから、三ノ宮で待ち合わせて、そこから車を走らせている。相当眠いのだが、それは礼儀としてなんとか、起きている。
「別に寝てていいよ?僕、いつもそんな感じだし」
この人は、本来ソロで登山家なのだが、ある時から奥さん(恐妻家山路の)とその友人夫妻が、かなりの頻度で付いてくるようになったらしい。この人達、ただでさえ登山に関してはド素人だったのに、一時あった登山ブームの影響か、登山に嵌ってしまったのが山路さんにとっては不運だった。元から良い人なうえ、怖い奥さんに言われると何も言えない山路さん。結局このメンツの登山計画から、当日の車の運転、登る時のペース設定まで全部やらされているらしい。ほんと、性格で損してる。
「まあ、だから気を使わない登山部の人達と行ける登山はむしろ私が大歓迎なんだ。さすがに、こんな夜中から車を飛ばす登山について来てくれるのは部でも君くらいだろ?」
「裕美は行きたがってましたけどね。明日は休日出勤だそうです」
「そうそう。裕美ちゃんともうまくいってるみたいで何よりだ。」
「ま、おかげさまで登山はちょくちょく行ってますよ。」
「いいなー。裕美ちゃんなら、きっと私のワイフみたいにはならないし…」
「いや!その辺、今思い出さない方がいいっす」
「でも、本当に良かった。君達ならきっといいパートナーになるよ」
「プロポーズはとりあえず今はダメって断られたし…、ずっと一緒にいる確証はないです」
「なんだ?まだ、そんな事を言ってるのかい?もう、2、3か月経つんだし、リベンジしなよ」
「え?いや。でも」
「君も年齢的にそんなに余裕は無いんだし、いつでもいいなんて言ってると、いつの間にか自然消滅してしまうかもしれないよ?」
「そしたら一生、アローンですね」
「まあ…そこまで思いつめる必要は無いが…。先のプロポーズ…保留中とはいえ、彼女絶対嬉しかったと思うよ。どうだい?今度行く富士山で、ご来光を見ながら再プロポーズしてみたら?」
「ええ!?」
「一生の思い出になる。それに一緒に行く私達皆が証人だ。」
「いや、それ、絶対だめですよ?富士山の頂上から見るご来光は確かに感動的ですが、どっちかが高山病になったり天気悪くなったり…最悪のコンディションになる可能性もありますよ」
「その時は、また別の機会を探せばいい。別にせかしてる訳でも無いし、余裕が全くない訳でも無い。」
「ええ…でもねえ…」
「まだ自信が無いなんて思ってないかい?彼女にふさわしい男たりえないんじゃないかって。それは、彼女だって同じことが言えるんだよ?君が彼女に対して思ってるだけ、彼女も君に対して思ってると考えていい。結婚を考えるってのはそういう事だ。」
「いや、自信がないってのは…どうなのかな?」
なんというか、彼女には、ちゃんと考える時間をあげたい。まだまだ彼女には将来がある。こんな人生詰んでる男と一生一緒にいる決断をするには未だ早いんじゃないか?…結局自信がないんのか。これは。
「なんとなく分かるよ。私にも…。君は登山だけでなく、ずっと一人だった。それを別に悪い事だとは思わない。皆でいなきゃいけないなんてのは、所詮は皆でいたい人間の言い分だ。人が集まれば必ず軋轢が生まれる。妬み嫉み嫌悪…。必ず輪から外れる人間は出る。そういった人間を全否定する思想に他ならない。まあ、人間が元々群れで生活するサルの一種だった事を考えると当然の考えではあるが…」
「随分語りますね。」
「とにかく、君は今まで一人でいる事が正しいと思い、一人でいても楽しい事はあって望んで一人を選んできた。それが、君の信念だった。しかし…君の前に裕美ちゃんが現れた。君は裕美ちゃんを手放したくはないと言う。でも、そんな自分を肯定する事は今まで30年以上…いや、もう40になるのか。とにっかく今までの人生を否定することになる…」
「いや…そんな事は…無いでしょ?皆でも楽しいし一人でも楽しい。ゆる〇ャン△の発想ですよ。そこは。」
「彼女に対して自信が無いってのは、そういう意味だ。今更、誰かと一緒にいる人生なんて…いや、そんな人生を歩む資格は無い…そんな風に自分を思ってないかい?」
「いやだから、いつかはちゃんと裕美とだって結…」
そこで、俺は言葉が止まった。結婚って言葉を出すのを今までこれほど戸惑った瞬間は無かった。
「君もなんとなくわかってると思うが…。このヤマネコ登山部、今は皆仲良くやっているが、いつまでも一緒にいられるわけじゃない」
まあな…。じじいは勿論、山路さんだって、そんなに長くは登山は出来ない。田口や、楓と高松君だって、そのうち、それぞれの世代に合ったコミュニティを見つけて、そちらの生活がメインになってくるだろう。いつか、ばらばらになる…。まあ、月並みな言い方をすれば出会いと別れを繰り返し生きていくのが人間だ。それは悲しいが仕方の無い事だし、終わりってわけでもない。きっと皆との友情はその後も続いていくことだろう。しかし…いや、だからこそ彼女とは、これからもずっと一生を共に歩いていく確固たる絆を作らないといけない。作っておかなくてはならない。他の人とは違う特別な存在になってなくてはいけない。今がその唯一最後のチャンスなんだ。
新しい暮らしにも少しは慣れて来たけど、勝手な僕は君を思い出す…
ラジオから稲〇の歌声が胸に響く。山路さん…、この歌、わざと今流して、この話してるんじゃないだろうな?山路さんはというと、「僕らはそれぞれの花を抱いて生まれた巡り会う為に…」の部分を随分な音量で熱唱していた。この人、歌は下手だな。
〇 福定親水公園 深夜
氷ノ山は兵庫県では最高峰の山である。と、言っても標高は1200mちょいだ。神戸から来るには登山口まで車で行くのがちょいと面倒だが、来てしまえばさほど登山にしんどい山では無い。近くの小、中学生辺りが遠足でよく登りに来る。鳥取県との境目に頂上が位置し、中国地方としては大山に続き二番目の高さの山になる。
この辺りは、ハチ高原などの、夏はキャンプ、冬はスキーに来られるアウトドアが盛んな場所だ。最近まで県内の高校生は修学旅行がハチ高原のスキーだった高校もあった。そう、俺の出身校もそうだった。高校の修学旅行がまさかの県内…。あれはかなりテンション下がった。まあ、当時からボッチだったから、行先はあまり関係は無かったけどね。いや、笑いごとではないか…。
氷ノ山に登るにはまず、このキャンプ場がある福定親水公園なるキャンプ場の駐車場に行かないといけない。テント泊は有料だが駐車場は現在、無料のようだ。未だ5月なのだが、すでにキャンプに来ているであろう人達の車で金曜深夜なのに駐車場は一杯だ。かろうじて1台空いていたスペースに車を止める事が出来た。昨今のキャンプブームはなかなか凄い。まったくゆ〇キャン△のせいで…。いや、別にゆるキャ〇△は悪く無い。なんとか日付が変わる前に到着できた。ここで車中にて朝を待つ。一応、シュラフを持ってきたが、幸い冷え込みも今日は大したことが無いようだ。
〇午前3時半…
出発時間より少し早いが目が覚めた。俺はかねてより用意していたバーナーとシェラカップそして、缶コーヒー(ブラック)…そして、折り畳みの椅子をもってこそこそとこっそりと車を這い出す。もうすでにキャンプにやって来た?はたまた俺達同様登山に来た人なのか、何人か動き始めている。少し山の中にはいってみると、星が随分と綺麗に見える。天の川は見えないな…。富士山に登る時見れたらいいなーと、思いつつ俺は駐車場に戻ってきて、椅子を車の横に置き、バーナーを組み立て始める。ブラックの缶コーヒーをシェラカップに移し、バーナーで温める…、これで下手にインスタントコーヒー淹れるよりも美味かったりする。
ふと、ちょうど向かいの車のボンネットに一人、男の子が座っているのが見えた。小学生に入る前くらいか。さっきも言ったように、この時間、すでに動いている人は結構いる。家族連れも多いキャンプ場だし、その一人だろうか?それにしてもこんな時間に。周りに保護者っぽい人はいない。その子と目があう。
「おはよう」
と、思わず声をかけてしまった。いかん。今は男の子でも、オッサンが声をかけると犯罪になる。事案発生だ。親御さんが見てたら警察呼ばれる…そして、裕美とも結婚どころじゃ…って、何を妄想してるんだ、俺は。
「まだ、夜なのに、おはよう?」
その子は不思議そうに言う。
「山では皆、朝になる前から動く。ややこしい時は、おはようで構わない」
「ふーん」
「キャンプかい?」
返事は無い。代わりに彼はこくんとうなづいた。
「そんな所に座ってると、お父さんに怒られるよ?」
彼はちょこんとボンネットから降りた。
座ってた跡は、へこんではいないようだ。
「キャンプは好きじゃない。蚊に刺されるし、ごはんだって別に美味しくない。寝るのだって家のベットの方がいい、お風呂に入ってすぐ寝たい。焚火は熱いだけだし、朝日や星を見るのは綺麗だけど…、いつも急に起こされて、行くから眠たくてしんどい」
お、おう…いきなり、会ったばかりのおっさんに随分と色々言うな。まあ、そういう子もいるだろうな。まあ、不便を楽しみ、大自然の中に抱かれるのがキャンプの醍醐味。それがまだ理解できない子には、キツイ汚い危険の3拍子そろった嫌な行為以外の何物でもない。俺も子供の時は親の体力に合わせて色んな所に引きずり回されるのは嫌だった。つまんないし、しんどいんだ。それで、行きたくないと駄々をこねると、今度はワガママ言うな、置いていくぞって怒られて脅されるんだ。子供を一人置いておいて何かあったら大変だ。親の責任の重さは良く解る。が、子供も楽じゃない。皆が皆、子供の時、親に連れて行ってもらって楽しかった→大人になってキャンパーになるって感じで、キャンプ好きになるわけじゃない。
「同感だ。俺もあんま好きじゃない」
「じゃあ、何で来たの?」
「俺はキャンプじゃなくて、登山に来ただけだ。基本的に一人だから、自分のペースで山を楽しめる。ま、今日は知り合いと来ているが、気を使う人じゃないからな」
「一人の方が楽しいの?」
一瞬返事に困る。俺は当然、はいと答えるのだが、この子の将来的にそれはダメな気が…する。
「一人でも楽しい。皆でも楽しい」とか、〇るキャン△風に適当に答えようとすると…。
「コーヒーかい?」
後ろから山路さんに声を掛けられる。
「あ、すみません。起こしちゃいましたか?」
「いやいや、私も普通に目が覚めたんだ。それよりコーヒーなら私が淹れよう」
「あ、本当ですか?山路さんのコーヒー美味いんすよね。是非。」
「了解…って、あれ?今誰かと話してなかった?」
「え?」
と、振り向くと、さっきまでいた男の子はそこに居なかった。
多分、親の所に行ったのだろう。
… … …
〇氷ノ山 登山 早朝
予定より少し遅くなったが、日が明るくなったところで氷ノ山の山頂を目指して俺達は出発した。
氷ノ山は、その名のごとく…と言っていいのか分からないが、水が豊かな山である。福定親水公園の登山口からしばらくは川原のガレた道を進みそこから山道に入るのだが、山道の途中も多くの沢を渡らないといけない。今は5月。ちょうど雪解け水が豊富なのだろう。超のつく快晴。強い日光が緑をより濃く演出している。
少し登ると、シラカバの木が多くなっていた。白い木の肌と緑の葉そして青い空が映える。
「ふーむ。良い天気で気持ちのいい登山だったが、ちょっと、厄介な展開だなーこれは。」
「どうしたんですか?」
山路さんの指す方を見ると…。うん。これは確かに厄介だ。少し道が広くなった休憩場所があるのだが、そこには、遠足の…ジャージを着たおそらく小学生と思しき一団が休憩をしている。そして、その前に向かって、多分人学年分の生徒が列をなして登山をしているのだ。まず第一に道が通りにくい。そして…。
山ですれ違う際は「こんにちわ」と、挨拶をする事がマナーだ。当然、追い越していく際も挨拶をしなければいけないのだが…。この子供達、100人近くいる…ようだ。追い越すのにも体力使ううえ、その度に声をかけてくる子供達にも挨拶を返さないといけない。
「これは、思わず…キツイ登山になったね」
息も切れ切れに山路さんが言った。俺も結構息切れしている。
「あそこが氷ノ山越だな。人は多いが少し休んでいこう。」
山路さんが言った氷ノ山越とは、兵庫県側から登る道と鳥取県側から登る登山道が稜線でぶつかるポイントである。ここから稜線をしばらく歩くと山頂になる。冬、雪深くなる、この山はこの高さ以降は樹木がなく、クマザサが一面に生えていて山頂が見える。ここに腰を下ろし、少し休憩をとることにした。
「あの小屋が頂上にある避難小屋だね。」
山路さんが言う。俺達は地べたに腰を下ろした。歩いている小学生たちもここで休憩するようで、この指して広くもないポイントは随分な人で賑わっていた。
日が照ってきてかなり暑い。俺はペットボトルのお茶をあおった。
ふと、見ると小学生男子が一人一団から離れてお茶を飲んでいる。あまり見ない方がいい。
さっきの少年と同様、俺みたいなオッサンがかかわると、犯罪者扱いだ。以前、六甲山の植物園で花の写真を撮っていたおじいさんが、遠足に来ていた幼稚園の先生かなんかに怒られているのを見た事がある。「その角度で写真を撮ると園児が写ってしまうのでやめてください」いや、分かるんだけどさ…。は、どうでも良かった。
少しすると男の先生っぽい人がその子に近寄ってきた。
「おい、他の班員はどうした?お前、班長だろ?」
「はぐれました。多分、先に行ったんだと思います」
あ…
「そ、そうか、無理をする必要は無いが直ぐ追い付けよ」
先生は、そう言うと、その場を離れた。
これ、あれやん。今風にいうとハブられてる的な奴…。先生、明らかに何かこの子達に問題があるのを悟って、その場を離れた感じやん。久々に嫌な物を見た。よし、無視だ。無視。
「おじさん…哀れな奴だって思ったやろ?」
なんで、話しかけてくるかねー。
「安心しなよ。通りすがりの子供にオジサン呼ばわりされる30代よりは幸せに見えるよ。」
「なんで一人でいて平気なの?ボッチでいるのも、登山するのも最低やん。」
お互い様だろーが…とか言ったら、大問題になるので、俺は黙っている。
「ばかみたい…」
そいつは、そう言うと立ち上がりスタスタと登山道を歩いて行った。
山路さんが声をかけてくる。
「何が話してたのかい?」
「いえ。挨拶ですよ。ただの」
さっき登山口で会った子と一緒だな。勝手に回りが楽しいからと言って、イベントに巻き込まれる。どんなに興味が無くても…、一緒に楽しめる友人がいなくても…。少なくとも世の大人たち…いや、子供達もだが、遠足や修学旅行的なイベントを全ての子供達が楽しみにしている…という考えを改めるべきだ。そんなものでいい思い出を作らなくたって大人になってから楽しみはいつでも見つけられるのだから…。
この登山の後…
「でも、君は今、私達とこの登山部を作り…裕美ちゃんという大切な人を得て…幸せだろ?少なくとも1人の方がいいなんて考えのままじゃ、その幸せはつかめなかったんじゃないか?」
後で事情を話すと山路さんはそんな事を言った。
「いや、だから、1人でいる人間を勝手に不幸だの不適合だの決めつける。それが嫌なんですよ。そんな奴らとなんて…。…いや、スミマセン。今は、あの時の子の話ですよね」
「ふむ。なかなか…根が深いね。」
まったくだ…。
山路さんは悲しそうに笑いため息をついた。
閑話休題。
やがて、小学生の集団を全て追い越し、道は静かになった。クマザサの生えた稜線を歩く。少し暑いが遠くまで見渡せて気持ちがいい稜線歩きだ。
頂上にたどり着く。頂上にはさっきも山路さんが言ってた三角形の屋根の避難小屋が建っていて、下から見るとクマザサの原の上にちょこんと飛び出して見える。氷ノ山と言えば、この景色が代表だろうな。暑かったし、避難小屋の中で食事にしようかと扉を開けてみたが、先に入っていた登山者がカレー麺を食べていてその匂いが中に充満しており、すぐに扉を閉め外で食事をすることにした。まあ、本来冬の季節に登る人の為の物だろう。この小屋は。
ひとしきり景色をスマホで写真をとると、俺は山頂にあった大きな石に腰掛け、裕美に景色の写真を送ってやる。きっとすぐに、羨ましがってメッセージを返してくるだろう。
「楽しそうですね」
急に声を掛けられて、ビックリして顔を上げる。目の前にも石がありそこに一人女性の登山者が座っている。20代前半くらいかな…。山ガールといったかんじか。顔がにやけてただろうか…さすがにちょっと恥ずかしい。なんだろう。何故今日はこんなに年下に声をかけられるんだろう。いや、2人は子供なんだけど。
「恋人ですか?」
「あ、ああ、そうです…。今日は仕事で来れなくて…」
「羨ましいな。前付き合ってた彼氏は一緒に登山なんて、来てくれませんでした。今は恋人いませんし。」
学生の頃、初めて付き合った女の子(いや、いたんだよ?本当に。)にそんな感じで、ずっと文句を言われてた事を俺は思い出した。「どこに行くかより、誰と行くか」女はそれが大事なんだよ。と、まだ仲が良かった頃の彼女は、デートする場所を決める時、したり顔でそんな風に語ってた。でも、その言葉の意味が解ったのは随分と後になってからだな。とにかく、あの時の俺は子供過ぎた。
「まあ、山に登ってる男なんてボッチが多いから…。その辺探せば、お姉さんならすぐに、相手が見つかりますよ?」
「そうですね」
彼女は、そう言うと曖昧に笑った。いや、なんで俺は初対面の女性にボッチの男を恋人に勧めてるのだろう?
「子供の時から…、親が連れていってくれるキャンプとか、学校の遠足とか…あんまり好きじゃ無かったんです。でも不思議ですよね。大人になったら、こうやって一人で山に登ってます。」
「それ、俺もそうです。俺、今だって一人でいきますし。」
「聞きたいんですけど…一人で登るのと、誰かと登るの…どっちが楽しいですか?」
「ま、まあ…それは…、どっちもそれぞれに楽しみがあるってのが今の意見かな」
「誰かと一緒に登る事…、本当は嫌なのに我慢して登ってませんか?」
「そんな事は無いですよ。」
「でも、ずっと誰かといるのを嫌がってたのに、急に一緒にいたい人が出来たからって誰かと登りだすのって、なんか、勝手じゃないですか?」
思わず、彼女の顔を見た。間違いない、初めて会う人だ。でも、裕美に似てるような気がする。いや、学生時代に付き合ってたあの子だろうか?
その時、スマホが鳴る、ラインが来た音だ。思わず、画面を見た。裕美からだ。長いメッセージだったが、先頭にこう書かれていた。それを見た時、一瞬だが俺の心臓が止まった…気がした。
『もう、別れたい…』
なんで…?とにかく裕美に電話しないと…俺は震える指で、スマホを操作する。
「私は、ずっと一人で山に登ってきたアナタを好きになった。でも今のアナタは精一杯無理して私に合わせようとしてる。私は今のアナタでいいのに、アナタは無理に変わろうとしている。それって、私を信じてないって事にならない?私だってアナタの理想の女になりたかった。アナタはどうすれば、私を見てくれたのかな?どうすれば、私を信じてくれたのかな?」
目の前にいた彼女が言った。
俺は絶望で混乱しながらも驚いてもう一度、彼女を見る。今彼女が言ったのは、裕美がラインでよこした、残りのメッセージ内容、ほぼそのままだったからだ。
「君はいったい…」
彼女はそれを聞くと静かに答えた。
「私は、あなたの……」
〇氷ノ山登山口 福定親水公園 午前4時
俺の夢はそこで終わったようだ。
俺は座っていた椅子で目を覚ます。
夢落ちかよ…酷い夢を見た。
「大丈夫かい?ちょっとだけだがうなされてたように見えたが…」
山路さんが心配そうに声をかける。
「恐ろしい悪夢を見ました。最悪な気分です」
「裕美ちゃんにフラれでもしたかい?」
「…」
「おいおい、それは夢とはいえ酷い目にあったな。まあ、コーヒーを飲みたまえ。ちょうど、今入ったから」
山路さんが淹れてくれたコーヒーを飲む、頭がようやく冴えてきた。
どうやら、コーヒーを淹れてもらってる間、寝入ってしまい先の夢を見たようだ。どんな理由でアレ、裕美にフラれるのは相当の絶望だ。とにかく夢でよかった。
眠っていたのはそんなに長い時間じゃ無かった。その間に登山をした。そして、なんか一人の人間の半生…俺の半生だな…を見てた気もする。さっき山路さんが言ってた、所謂、自信の無さが見せた夢だろうか。さっきここで話した家族でキャンプに来ていた男の子…あれも夢だったのか?なんか、夢と現実の境界線が曖昧だし妙にリアルな夢だった。それだけにどうも心にしこりのような物が残る。
「さあ、気を取り直して氷ノ山登山と行こうじゃないか。いい天気だぞ!」
山路さんは明るく言った。
〇氷ノ山からの帰りの高速 車内
帰り…また、山路さんの運転に甘える事になった俺。
車内で裕美からラインが入る。一瞬、本気でドキっとしたが、幸いにも山頂で送った写真が「綺麗だー」とか、「人が仕事してるのに羨ましいぞー」とか、いつもの裕美の様子だったので一安心する。
一連のやりとりの後、最後に裕美に一つ、メッセージを送った。
『相手が、自分の為に無理して自分に合わそうとしたり…変わろうとするのって、やっぱり嫌?』
さすがに前後の繋がりに脈絡が無いし、言いたい事は伝わらないか?と思ったが…
『変わる方向性にもよるでしょ?』
『自分を改めるのはいい事だと思うけど…』
『やっぱ、嫌かな。私を置いてどこに向かってるのよって感じがすると思う。勝手に無理して、それで私のせいにして潰れられたら、どん引く。』
なるほど…裕美らしいな…。俺は果たして無理をしているのだろうか?誰かと一緒にいる事を心のどこかで否定しているのだろうか?答えは風の中だな。さ
さらにメッセージが入る。
『でもさ、ちゃんと私を見て私の為に成長しようとしてくれてるなら…それが伝わったら…私は応援するし、ちゃんと受け止めてあげようと思う。』
俺のこの葛藤…的な何か?は、ちゃんと彼女に伝わっているだろうか…。解らん。やっぱり、答えは風の中かな…
そこまで考えると、最後に一通メッセージが入った。
『大丈夫。ちゃんと伝わってるから』