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氷ノ山編 下 ~一炊のコーヒー~

因みに私の勝負曲はperfumeのflashです。


 予定より少し遅くなったが、日が明るくなったところで氷ノ山の山頂を目指して俺達は出発した。

 氷ノ山は、その名のごとく…と言っていいのか分からないが、水が豊かな山である。福定親水公園の登山口からしばらくは川原のガレた道を進みそこから山道に入るのだが、山道の途中も多くの沢を渡らないといけない。今は5月。ちょうど雪解け水が豊富なのだろう。超のつく快晴。強い日光が緑をより濃く演出している。

 少し登ると、シラカバの木が多くなっていた。白い木の肌と緑の葉そして青い空が映える。


「ふーむ。良い天気で気持ちのいい登山だったが、ちょっと、厄介な展開だなーこれは。」

「どうしたんですか?」


 山路さんの指す方を見ると…。うん。これは確かに厄介だ。少し道が広くなった休憩場所があるのだが、そこには、遠足の…ジャージを着たおそらく小学生と思しき一団が休憩をしている。そして、その前に向かって、多分人学年分の生徒が列をなして登山をしているのだ。まず第一に道が通りにくい。そして…。


 山ですれ違う際は「こんにちわ」と、挨拶をする事がマナーだ。当然、追い越していく際も挨拶をしなければいけないのだが…。この子供達、100人近くいる…ようだ。追い越すのにも体力使ううえ、その度に声をかけてくる子供達にも挨拶を返さないといけない。


「これは、思わず…キツイ登山になったね」


 息も切れ切れに山路さんが言った。俺も結構息切れしている。


「あそこが氷ノ山越だな。人は多いが少し休んでいこう。」


 山路さんが言った氷ノ山越とは、兵庫県側から登る道と鳥取県側から登る道が稜線でぶつかるポイントである。ここから稜線をしばらく歩くと山頂になる。冬、雪深いこの山はこの高さ以降は樹木がなく、クマザサが一面に生えていて山頂が見える。ここに腰を下ろし、少し休憩をとることにした。


「あの小屋が頂上にある避難小屋だね。」


 山路さんが言う。俺達は地べたに腰を下ろした。歩いている小学生たちもここで休憩するようで、この指して広くもないポイントは随分な人で賑わっていた。


 日が照ってきてかなり暑い。俺はペットボトルのお茶をあおった。

 ふと、見ると小学生の女の子が一人一団から離れて座ってお茶を飲んでいる。あまり見ない方がいい。


とかくこういうのに、俺みたいなオッサンがかかわると、犯罪者扱いだ。以前、六甲山の植物園で花の写真を撮っていたおじいさんが、遠足に来ていた幼稚園の先生かなんかに怒られているのを見た事がある。「その角度で写真を撮ると園児が写ってしまうのでやめてください」いや、分かるんだけどさ…。は、どうでも良かった。


 少しすると男の先生っぽい人が少女に近寄ってきた。


「おい、他の班員はどうした?」

「はぐれました。多分、先に行ったんだと思います」


 あ…


「そ、そうか、無理をする必要は無いが直ぐ追い付けよ」


 先生は、そう言うと、その場を離れた。

 これ、あれやん。今風にいうとハブられてる的な奴…。先生、明らかに何かこの子達

に問題があるのを悟って、その場を離れた感じやん。久々に嫌な物を見た。よし、無視だ。無視。


「おじさん…哀れな奴だって思ってるでしょ?」


 なんで、話しかけてくるかねー。


「安心しなよ。通りすがりの女の子にオジサン呼ばわりされる30代よりは幸せに見えるよ。」

「バカみたい…。ボッチで登山なんて」


 お互い様だろーが…とか言ったら、大問題になるので、俺は黙っている。


「休みたかったな…」


 女の子は、そう言うとスタスタと登山道を歩いて行った。

 山路さんが声をかけてくる。


「何が話してたのかい?」

「いえ。挨拶ですよ。ただの」


 さっき登山口で会った女の子と一緒だな。勝手に回りが楽しいからと言って、イベントに巻き込まれる。どんなに興味が無くても…、一緒に楽しめる友人がいなくても…。少なくとも世の大人たち…いや、子供達もだが、遠足や修学旅行的なイベントを全ての子供達が楽しみにしている…という考えを改めるべきだ。そんなものでいい思い出を作らなくたって大人になってから楽しみはいつでも見つけられるのだから…。


「でも、君は今、私達とこの登山部を作り…裕美ちゃんという大切な人を得て…幸せだろ?少なくとも1人の方がいいなんて考えのままじゃ、その幸せはつかめなかったんじゃないか?」


 後で事情を話すと山路さんはそんな事を言った。


「いや、だから、1人でいる人間を勝手に不幸だの不適合だの決めつける奴らとなんて…!…いや、スミマセン。今は、彼女の話ですよね」

「なかなか…根が深いね。」


 全くだ。

 やがて、小学生の集団を全て追い越し、道は静かになった。クマザサの生えた稜線を歩く。少し暑いが遠くまで見渡せて気持ちがいい稜線歩きだ。


 頂上にたどり着く。頂上にはさっきも山路さんが言ってた三角形の屋根の避難小屋が建っていて、下から見るとクマザサの原の上にちょこんと飛び出して見える。氷ノ山と言えば、この景色が代表だろうな。暑かったし、避難小屋の中で食事にしようかと扉を開けてみたが、先に入っていた登山者がカレー麺を食べていてその匂いが中に充満しており、すぐに扉を閉め外で食事をすることにした。まあ、本来冬の季節に登る人の為の物だろう。この小屋は。


 ひとしきり景色をスマホで写真をとると、俺は山頂にあった大きな石に腰掛け、裕美に景色の写真を送ってやる。きっとすぐに、羨ましがってメッセージを返してくるだろう。


「楽しそうですね」


 急に声を掛けられて、ビックリして顔を上げる。目の前にも石がありそこに一人女性の登山者が座っている。20代前半くらいかな…。山ガールといったかんじか。顔がにやけてただろうか…さすがにちょっと恥ずかしい。なんだろう。何故今日は女性に声をかけられるんだろう。いや、2人は子供なんだけど。


「恋人ですか?」

「あ、ああ、そうです…。今日は仕事で来れなくて…」

「羨ましいな。前付き合ってた彼氏は一緒に登山なんて、来てくれませんでした。今は恋人いませんし。」

「まあ、山に登ってる男なんてボッチが多いから次はそういう人を探してみてはどうですか?」

「そうですね」


 彼女は、そう言うと曖昧に笑った。いや、なんで俺は初対面の女性にボッチの男を恋人に勧めてるのだろう?


「子供の時から…、親が連れていってくれるキャンプとか、学校の遠足とか…あんまり好きじゃ無かったんです。でも不思議ですよね。大人になったら、こうやって一人で山に登ってます。」

「そんなものかもしれませんね。俺も一人でずっと登ってました。今でも一人でいきますし。」


 なんか、どっかで聞いた話になってきたな。


「聞きたいんですけど…一人で登るのと、誰かと登るの…どっちが楽しいですか?」

「ま、まあ…それは…、どっちもそれぞれに楽しみがあるってのが今の意見かな」

「誰かと一緒に登る事…、本当は嫌なのに我慢して登ってませんか?」

「そんな事は無いですよ。」

「でも、ずっと誰かといるのを嫌がってたのに、急に一緒にいたい人が出来たからって誰かと登りだすのって、なんか、勝手じゃないですか?」


 思わず、彼女の顔を見た。ぱっと見た時、気にはならなかったが裕美によく似た女性…な気がする。


「君は…いったい…?」


 その時、スマホが鳴る、ラインが来た音だ。思わず、画面を見た。裕美からだ。長いメッセージだったが、先頭にこう書かれていた。それを見た時、一瞬だが俺の心臓が止まった…気がした。


 『もう、別れたい…』


 なんで…?とにかく裕美に電話しないと…俺は震える指で、スマホを操作する。


「私は、ずっと一人で山に登ってきたアナタを好きになった。でも今のアナタは精一杯無理して私に合わせた男になろうとしてる。私は今のアナタでいいのにアナタは無理に変わろうとする。それって、恥ずかしい言い方をすると、私の愛を信じてないって事にならない?私だってアナタの理想の女になりたかった。アナタはどうすれば、私を見てくれたのかな?私を信じてくれたのかな?」


 目の前にいた彼女が言った。

 俺は絶望で混乱しながらも驚いて顔を上げる。彼女が言ったのは、今裕美がラインでよこしたメッセージの内容、ほぼそのままだったからだ。俺は目の前にいる彼女をもう一度よく見た、そこに立っていたのは…



〇氷ノ山登山口 福定親水公園 午前4時


 俺は座っていた椅子で目を覚ました…。

 夢落ちかよ…酷い夢を見た。


「大丈夫かい?ちょっとだけだがうなされてたように見えたが…」


 山路さんが心配そうに声をかける。


「恐ろしい悪夢を見ました。最悪な気分です」

「裕美ちゃんにフラれでもしたかい?」

「…」

「おいおい、それは夢とはいえ酷い目にあったな。まあ、コーヒーを飲みたまえ。ちょうど、今入ったから」


 山路さんが淹れてくれたコーヒーを飲む、頭がようやく冴えてきた。

 どうやら、コーヒーを淹れてもらってる間、寝入ってしまい先の夢を見たようだ。裕美にフラれるのは相当の絶望だ。とにかく夢でよかった。


 眠っていたのはそんなに長い時間じゃ無かった。その間に登山をした。そして、なんか一人の女の半生…いや、俺の半生だな…を見てた気もする。自分の自信の無さが見せた夢だろうか。さっきここで話した家族でキャンプに来ていた女の子…あれも夢だったのか?なんか、夢と現実の境界線が曖昧だし妙にリアルな夢だった。それだけにどうも心にしこりのような物が残る。


「さあ、気を取り直して氷ノ山登山と行こうじゃないか。いい天気だぞ!」


 山路さんは明るく言った。



〇氷ノ山からの帰りの高速 車内


 帰り…また、山路さんの運転に甘える事になった俺。

 車内で裕美からラインが入る。一瞬、本気でドキっとしたが、幸いにも山頂で送った写真が「綺麗だー」とか、「人が仕事してるのに羨ましいぞー」とか、いつもの裕美の様子だったので一安心する。ちなみに後で聞いたら裕美の子供時代は、夢で会ったあの子達とは全くの別物だった。ほんとどうでもいいが…

一連のやりとりの後、最後に裕美に一つ、メッセージを送った。


『相手が、自分の為に無理する事って、やっぱり嫌?』


 さすがに前後の繋がりに脈絡が無いし、言いたい事は伝わらないか?と思ったが…


『そうだなー。やっぱ、嫌かな。私を置いてどこに向かってるのよって感じ。勝手に無理して、それで私のせいにして潰れられたら、どん引く。』


 なるほど…なんとなくわかる。 


『でもさ、ちゃんと私を見て私の為に成長しようとしてくれてるなら…それが伝わったら…私は応援するし受け止めてあげようと思う』


 裕美らしいな。俺のはちゃんと彼女に伝わっているだろうか…。答えは風の中かな…

 そこまで考えると、最後に一通メッセージが入った。


『大丈夫。ちゃんと伝わってるから』




以上、ちょっと変化球の話でした。

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