氷ノ山編 上 ~新緑萌える初夏の山へ~
今回の参考ブログ
https://adera.hatenablog.com/entry/2016/05/22/143342
氷ノ山…神戸の人はあんま登らないかな…?
〇 深夜 高速道路 氷ノ山への道
とある日の深夜。俺は、氷ノ山という山に登るべく深夜の高速道路を走っていた。横には、山路さんという先輩登山愛好家がいる。紆余曲折を経て、年齢、性別様々な人が集まった、ヤマネコ登山部…山路さんもその一員だ。部(と、言えるかは置いといて)のメンバーの中では山路さんは登山の経験、技術…とび抜けて高い。今日は、山路さんに車を出してもらっている。登山レベルが高く、俺が尊敬する山路さん。ここを甘えると登山中もずっと甘える事になるので、車は俺が出します(親のなんだけど)と、いったが、山路さんは「運転好きだから」と笑って言ってくれた。本当にいい人なんだよなー。
「勝負曲?ですか?」
「そうそう。登山の前に聞く曲ってない?こういう、車の中とかで僕の場合はこれなんだよ。」
車のステレオから流れているのは、Bzの「ALON〇」だ。
「まあ、Bzは色んな世代の人が好きだと思いますけど…。なぜバラードなんですか?テンション上げる為ならもっと、アップテンポな曲いっぱいあるでしょ?」
「いや、初めて一人で山に行く時…当時買ったばっかりの車で一人運転して行ったんだけどさ。その時車のラジオから流れてたのが、この曲だったんだ。なんか聞くたびに、あの時のドキドキを思い出してさ」
「ちなみに、その時登った山は?」
「白山だったかな。こんな感じで…当時、京都住まいだったけどね。夜に車を飛ばして、朝から登ったよ」
「また、えらい遠くまで行きましたね」
「いやー。当時は無茶してたよ。今は無理かなあ。シンジ君なら未だ行けるんじゃないか?」
「どうでしょうねー。やってみたい気はしますが…。ああ、勝負曲の話でしたね。俺は何かあったかなあ?」
深夜の高速…仕事終わってから、三ノ宮で待ち合わせて、そこから車を走らせている。相当眠いのだが、それは礼儀としてなんとか、起きている。
「別に寝てていいよ?僕、いつもそんな感じだし」
この人は、本来ソロで登山家なのだが、ある時から奥さん(恐妻家山路の)とその友人夫妻が、かなりの頻度で付いてくるようになったらしい。この人達、ただでさえ登山に関してはド素人だったのに、一時あった登山ブームの影響か、登山に嵌ってしまったのが山路さんにとっては不運だった。元から良い人なうえ、怖い奥さんに言われると何も言えない山路さん。結局このメンツの登山計画から、当日の車の運転、登る時のペース設定まで全部やらされているらしい。ほんと、性格で損してる。
「まあ、だから気を使わない登山部の人達と行ける登山はむしろ私が大歓迎なんだ。さすがに、こんな夜中から車を飛ばす登山について来てくれるのは部でも君くらいだろ?」
「裕美は行きたがってましたけどね。明日は休日出勤だそうです」
「そうそう。裕美ちゃんともうまくいってるみたいで何よりだ。」
「ま、おかげさまで登山はちょくちょく行ってますよ。」
「いいなー。裕美ちゃんなら、きっと私のワイフみたいにはならないし…」
「いや!その辺、今思い出さない方がいいっす」
「でも、本当に良かった。君達ならきっといいパートナーになるよ」
「プロポーズはとりあえず今はダメって断られたし…、ずっと一緒にいる確証はないです」
「なんだ?まだ、そんな事を言ってるのかい?もう、2、3か月経つんだし、リベンジしなよ」
「え?いや。でも」
「君も年齢的にそんなに余裕は無いんだし、いつでもいいなんて言ってると、いつの間にか自然消滅してしまうかもしれないよ?」
「そしたら一生、アローンですね」
「まあ…そこまで思いつめる必要は無いが…。先のプロポーズ…保留中とはいえ、彼女絶対嬉しかったと思うよ。どうだい?今度行く富士山で、ご来光を見ながら再プロポーズしてみたら?」
「ええ!?」
「一生の思い出になる。それに一緒に行く私達皆が証人だ。」
「いや、それ、絶対だめですよ?富士山の頂上から見るご来光は確かに感動的ですが、どっちかが高山病になったり天気悪くなったり…最悪のコンディションになる可能性もありますよ」
「その時は、また別の機会を探せばいい。別にせかしてる訳でも無いし、余裕が全くない訳でも無い。」
「ええ…でもねえ…」
「まだ自信が無いなんて思ってないかい?彼女にふさわしい男たりえないんじゃないかって。それは、彼女だって同じことが言えるんだよ?君が彼女に対して思ってるだけ、彼女も君に対して思ってると考えていい。結婚を考えるってのはそういう事だ。」
「いや、自信がないってのは…どうなのかな?」
なんというか、彼女には、ちゃんと考える時間をあげたい。まだまだ彼女には将来がある。こんな人生詰んでる男と一生一緒にいる決断をするには未だ早いんじゃないか?…結局自信がないんのか。これは。
「君もなんとなくわかってると思うが…。このヤマネコ登山部、今は皆仲良くやっているが、いつまでも一緒にいられるわけじゃない」
まあな…。じじいは勿論、山路さんだって、そんなに長くは登山は出来ない。田口や、楓と高松君だって、そのうち、それぞれの世代に合ったコミュニティを見つけて、そちらの生活がメインになってくるだろう。いつか、ばらばらになる…。まあ、月並みな言い方をすれば出会いと別れを繰り返し生きていくのが人間だ。それは悲しいが仕方の無い事だし、終わりってわけでもない。きっと皆との友情はその後も続いていくことだろう。しかし…いや、だからこそ彼女とは、これからもずっと一生を共に歩いていく確固たる絆を作らないといけない。作っておかなくてはならない。そう、今がその唯一最後のチャンスなんだ。
新しい暮らしにも少しは慣れて来たけど、勝手な僕は君を思い出す…
稲〇の歌声が胸に響く。山路さん…、この歌、わざと今流して、この話してるんじゃないだろうな?山路さんはというと、「僕らはそれぞれの花を抱いて生まれた巡り会う為に…」の部分を随分な音量で熱唱していた。この人、歌は下手だな。
〇 福定親水公園 深夜
氷ノ山は兵庫県では最高峰の山である。と、言っても標高は1200mちょいだ。神戸から来るには登山口まで車で行くのがちょいと面倒だが、来てしまえばさほど登山にしんどい山では無い。近くの小、中学生辺りが遠足でよく登りに来る。鳥取県との境目に頂上が位置し、中国地方としては大山に続き二番目の高さの山になる。
この辺りは、ハチ高原などの、夏はキャンプ、冬はスキーに来られるアウトドアが盛んな場所だ。最近まで県内の高校生は修学旅行がハチ高原のスキーだった高校もあった。そう、俺の出身校もそうだった。高校の修学旅行がまさかの県内…。あれはかなりテンション下がった。まあ、当時からボッチだったから、行先はあまり関係は無かったけどね。いや、笑いごとではないか…。
氷ノ山に登るにはまず、このキャンプ場がある福定親水公園なるキャンプ場の駐車場に行かないといけない。テント泊は有料だが駐車場は現在、無料のようだ。未だ5月なのだが、すでにキャンプに来ているであろう人達の車で金曜深夜なのに駐車場は一杯だ。かろうじて1台空いていたスペースに車を止める事が出来た。昨今のキャンプブームはなかなか凄い。まったくゆ〇キャン△のせいで…。いや、別にゆるキャ〇△は悪く無い。なんとか日付が変わる前に到着できた。ここで車中にて朝を待つ。一応、シュラフを持ってきたが、幸い冷え込みも今日は大したことが無いようだ。
午前3時半…出発時間より少し早いが目が覚めた。俺はかねてより用意していたバーナーとシェラカップそして、缶コーヒー(ブラック)…そして、折り畳みの椅子をもってこそこそとこっそりと車を這い出す。もうすでにキャンプにやって来た?はたまた俺達同様登山に来た人なのか、何人か動き始めている。少し山の中にはいってみると、星が随分と綺麗に見える。天の川は見えないな…。富士山に登る時見れたらいいなーと、思いつつ俺は駐車場に戻ってきて、椅子を車の横に置き、バーナーを組み立て始める。ブラックの缶コーヒーをシェラカップに移し、バーナーで温める…、これで下手にインスタントコーヒー淹れるよりも美味かったりする。
ふと、ちょうど向かいの車のボンネットに一人、女の子が座っているのが見えた。さっきも言ったように、この時間、すでに動いている人は結構いる。家族連れも多いキャンプ場だし、その一人だろうか?それにしてもこんな時間に。周りに保護者っぽい人はいない。少女と目があう。
「おはよう」
と、思わず声をかけてしまった。いかん。事案発生だ。親御さんが見てたら警察呼ばれる…そして、裕美とも結婚どころじゃ…って、何を妄想してるんだ、俺は。
「まだ、夜なのに、おはよう?」
少女は不思議そうに言う。
「山では皆、朝になる前から動く。ややこしい時は、おはようで構わない」
「ふーん」
「キャンプかい?」
返事は無い。代わりに少女はこくんとうなづいた。
「そんな所に座ってると、お父さんに怒られるよ?」
少女はちょこんとボンネットから降りた。
座ってた跡は、へこんではいないようだ。
「キャンプは好きじゃない。蚊に刺されるし、ごはんだって別に美味しくない。寝るのだって家のベットの方がいい、お風呂に入ってすぐ寝たい。焚火は熱いだけだし、朝日や星を見るのは綺麗だけど…、いつも急に起こされて、行くから眠たくてしんどい」
お、おう…いきなり、会ったばかりのおっさんに随分と色々言うな。まあ、そういう子もいるだろうな。まあ、不便を楽しみ、大自然の中に抱かれるのがキャンプの醍醐味。それがまだ理解できない子には、キツイ汚い危険の3拍子そろった嫌な行為以外の何物でもない。俺も子供の時は親の体力に合わせて色んな所に引きずり回されるのは嫌だった。つまんないし、しんどいんだ。それで、行きたくないと駄々をこねると、今度はワガママ言うな、置いていくぞって怒られて脅されるんだ。子供を一人置いておいて何かあったら大変だ。親の責任の重さは良く解る。が、子供も楽じゃない。皆が皆、子供の時、親に連れて行ってもらって楽しかった→大人になってキャンパーになるって感じで、キャンプ好きになるわけじゃない。
「同感だ。俺もあんま好きじゃない」
「じゃあ、何で来たの?」
「俺はキャンプじゃなくて、登山に来ただけだ。基本的に一人だから、自分のペースで山を楽しめる。ま、今日は知り合いと来ているが、気を使う人じゃないからな」
「一人の方が楽しいの?」
一瞬返事に困る。俺は当然、はいと答えるのだが、この子の将来的にそれはダメな気が…する。
まあ、「それぞれに楽しみがある」とか適当に答えようとすると…。
「コーヒーかい?」
後ろから山路さんに声を掛けられる。
「あ、すみません。起こしちゃいましたか?」
「いやいや、私も普通に目が覚めたんだ。それよりコーヒーなら私が淹れよう」
「あ、本当ですか?山路さんのコーヒー美味いんすよね。是非。」
「了解…って、あれ?今誰かと話してなかった?」
「え?」
と、振り向くと、さっきまでいた少女はそこに居なかった。
多分、親の所に行ったのだろう。