悪役令嬢は救われる
ラーゼルン国。
魔法が付与された道具が豊富で、魔力がない人でも使える事から他国からの注目度は高い。他国の王族や貴族が留学と言う形で交流する程に。その国の王位第1継承権を持ち、次期国王とも評されているルーカス・フォン・ラーゼルンと私、カトリナ・アルブ・レゼントとは婚約者として知られている。
そう……その筈、だった。
「貴方との婚約を破棄させていただく。カトリナ」
「……何故でしょうか」
引き攣る顔を抑え、笑顔で対応をする。
目の前にいるルーカス様は艶のある黒髪に、灰色の瞳を持つ方。いつも優しく私の話に共に笑っていた方。その笑顔はなく、何故だか辛そうに私に告げて来た。
これは……婚約破棄と言うものだろう。
だけど、考えて欲しい。私とルーカス様は婚約者として既に国に知れ渡っている。取り消すにしても今からではどう考えても混乱を招くだろう。
それを分かっておられるのだろうか?
「カトリナ。何故、ユリーに対しきつく当たる。毎日、酷い嫌がらせをしていると聞く。私が彼女につきっきりだからそんな事をするのか」
チラリとルーカス様の隣で泣いている令嬢を見る。
金髪に蒼い瞳のふんわりとした可愛らしい子。その子は目の端に涙を溜め、ルーカス様の隣で縮こまっている。
どうよう。ルーカス様の言っている事が分からない。
身に覚えがないのに、だ。本当にどうしよう。
(可愛らしい方だから服のセンスや日頃、何をしているのかと聞いたりはしたけれど……。何故、それがイジメに繋がってしまうのだろうか)
したフリをすればいいのだろうか。
でも、この流れはマズい……よね。嘘なんてついたことないけれど、頑張ってついた方が良いのかしら。
素直がお嬢様の利点ですから伸ばして下さいって、専属執事のファールに言われていたのだけど。使用人の方達からも「素直で皆を笑顔にしてくれます」と褒められたのだけど……私の勘違いだった?
「申し訳ありません。身に覚えがないのですが……その婚約破棄を受け入れれば良いのでしょうか?」
「っ……」
何故だろうか。ルーカス様が捨てられた子犬のような表情で、私を見て来るのだけど……。え、なんかおかしい? え、間違えた? 言葉の選択を間違えたの?
「ルーカス様」
彼の隣で軽く小突いているのは、宰相の息子であるラングだ。
ルーカス様と幼馴染で私との婚約に喜んでいた。私に足りない知識を教えてくれたり、同い年なのに家庭教師のような方だ。
はっとしたように、ルーカス様は言葉を続けた。
「だ、だが、ユリーは毎日酷い事を言われ酷く心が傷付いたと聞く。この間、誰かに背中を押されて大怪我をしたと言うではないか」
酷い言葉を浴びせたことは無いし、その大怪我は私がしたのだけれど……。
あれも確かに誰かに押された感じがあって、後ろを振り向こうとして出来なかったけど。
『お嬢様に何の恨みがあるのでしょうね。……平気ですよ。実行した者は必ずほふ……いえ、必ず地獄に叩き落としておきますから』
執事のファールがとても物騒な言葉を言っていたからすぐに止めるように言った。地獄に叩き落とすだなんて、怖い言い方をしなくても無事なのだから良いのにと思った。
なのに、その時のファールは目が笑っておらず『いえ、確実に……。仕留めます』と言って屋敷を出て行ったのが凄く怖かった。……えぇ、自分が怪我をしたというよりも凄く、ものすごーくね。
「分かりました。ルーカス様の心はユリー様に向かれているのであれば、私は止めもしません。お好きになさって大丈夫です。それで、私は国外追放なのでしょうか?」
「つっ……」
おかしい、さっきからルーカス様が体を震わせている。
さ、寒いのかしら。でも、この会場は一定の温度に保たれているからそんなことはない。
確かに外なら十分寒いのだろうけど、どこかから風が入っているの?
ザワザワと騒ぎだしたパーティー会場。
「ユリー様の大怪我、私も見たわ」、「酷い事をしといて謝らないなど、何と酷い事を」と周りの人達に言われ一応の謝罪はした。
私はお邪魔のようだから、さっさと出て行くのが1番ね。そう思い礼をしたのと「そこまでだ」と鋭く放たれた言葉は同時だ。
「いたっ……!!!」
えっ、と思って顔を上げるとラングがユリー様の手をきつく捻り上げていた。いつもの笑顔ではなく、ファール同様の冷たくて怖い雰囲気を纏っており、同一人物だとは思えなかった。
「魅了の魔法を使う瞬間を見させていただきました。同時に、この会場に居る者達全員に錯覚させた罰……覚悟して貰おう」
そう言ってユリー様から奪い取ったのはピンク色の容器に蝶の絵が描かれた瓶だ。香水……だろうか。甘く香るのに、何故だかぼーっとしてきた。
「カトリナ!!!」
私が最後に覚えているのは、血相を変えて駆け寄ってくるルーカス様。
そこで私の意識は途切れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……あ、れ……」
ゆっくりと意識が浮上し、明るい天井を見る。
何故だかゆったりとしたベッドの上に私は横になっていた。意識を失う様な事があっただろうか、と考えていたら「うわあああん!!!」と言う泣き声がすぐ真横から聞こえた。
「良かった!!! カトリナ、起きた!!!」
ひしっと抱き寄せて顔を優しく撫でるのは……ルーカス様?
「あの、何故……」
「それ以上は止めて下さい」
ぴしゃりと止めに入ったのは執事のファールだ。
しかも、抱き付いて来たルーカス様の首を絞め上げている。
「うぐぐぐっ」
「ま、待って!!」
苦しがってる!!! ルーカス様が苦しそうなのを見て、覚醒しファールに止めるように言うが何故だか力を込められた。
「うがっ……」
「ルーカス様!?」
ガックリと気絶したルーカス様を雑巾のように捨てたファール。
なんて態度を……!!
これでは国外追放決定だと思って青ざめる。その場面をずっと見ていたであろうラングが私に声を掛けてきた。
「いえ、あんな雑巾の事はほっといていいです」
「えっ……」
「それよりも、どこか悪い所はありませんか?」
そ、それよりも!?
ファールを見て説明を求めると頷いて、ルーカス様をズルズルと引きずってパタンと部屋から出て行った。
えっ……だから、違う!!!
「——と、言う訳です。今まで黙っていて申し訳ないです。それだけでなく、カトリナの心を深く傷付けてしまった」
ラングの話を聞き、私は驚きのあまり言葉を失った。
この国だけでなく、他国でも違法の魔法が出回っている。それがさっきの香水の魅了の魔法が付与された物。
その香りで人々を操り、いわれのない噂などで地位を失った貴族が増えたのが事の発端。
操られた側の記憶は全て塗り替えられる。親友だった者もよく茶会をした仲の良かった令嬢達も、手の平を返したようにその令嬢をイジメる。
それが決まって地位の高い令嬢。
私のように王族との婚約を約束された人が狙われたのだと言う。
「その香水の出所を探る為、私とあの雑巾は操られたフリをしたんだ」
……あの、その雑巾ってルーカス様の事ですか。
そう思って見つめていると無言で頷かれてしまった。
(……幼馴染みだから、そう言うのでしょうか)
どこか違うかもと思っていると、ファールが戻ってくる。
彼もその香水が怪しいと思い、密かに探りを入れていたらしい。しかも、その香水の製造を止める為に過激な事もしたと聞く。
……聞かない方が、良いわね。
「でも驚いたよ。カトリナの執事って優秀だよ。彼のお陰でこちらとしても動きやすかったし」
「お嬢様の専属ですから。えぇ、何でもこなします。専属ですから」
何で強調するかは触れないでおこう。
そう思っていたらバンッ、と激しく扉が開き驚いてみると復活したルーカス様が涙を浮かべていた。
「カートーリーナー、ぐはっ……!!!」
ファール!!! だから何で彼を蹴るのです。ラングも同じような事をしないで!!!
「うぅ、カトリナ。カトリナァ~~~」
どうしようか、この子犬(ルーカス様)。
2人から殴られても蹴られても、負けずに私に辿り着いて抱き寄せる。やっとの思いからか、ぐずられてしまった。
「騙してごめん。証言と確証を得るのに、カトリナが怪我をしたのも記録したのに駆け寄れなくてごめんなさい。もう、離れない。ずっと居る。ずっと、ずっと一緒に居る」
「甘えるな、バカ犬」
「犬で良い!!! それでカトリナといれるなら、なんだっていいよ」
わああああん、と大声で泣かれてしまった。
どうやら私のあの怪我も、その香水の効果で操られた人の仕業。その時の事を映像として記録していたのに、ルーカス様達が来れば台無しだ。国王様とも話をついていて調査に乗り出していた様子だと聞くし、あのパーティー自体全て仕組んでいたのだと言う。
その間、自分達は操られたフリをする為にどんなことがあっても私の傍には近付かなかったんだって。
「……酷いです」
そう聞かれ、私が発したのはこれだけ。
1番傍にいて欲しいのに、居てくれなくてどれだけ心細かったか。ルーカス様は分かっているのだろうか?
悪役令嬢に仕立てられて、身に覚えのない事で危うく追放される所だったのに。そう思うとルーカス様は最初から様子がおかしかった。
あれは……私を心配しての事、か。
「政略でもカトリナに惚れたのは事実。これは本当だよ。でも、嘘とは言えカトリナにあんな言葉を浴びせてごめん。あとでお父様からも謝罪がある。今は取り締まりや他国に事情を話しているから時間かかるけど」
「では、その場で3回回ってワン!! と言って下さい、ルーカス様」
「ワン!!!」
「ファール、止めて!!!」
「バカ犬。次は私に踏みつけられながら、ごめんなさいワン、と言え」
「……それ、必要か?」
「必要だとも。カトリナの為に♪」
「ごめんなさいワン!!!」
だから、止めて!!!
2人が悪ノリしているし、ルーカス様は普通にしているし。
良いです。私はもう怒ってないです。ルーカス様の事、好きな気持ちは変わらないです。
ルーカス様、貴方にプライドは無いのですか!!!
「ないワン!!! カトリナの為なら、そんなもの要らない」
誰か子犬王子を止めて!!!
私が止めるの? 私しか居ないの!!!
「そうだワン!!!」