8 敵のアジト③
本当は伝えるか迷ったけど令嬢2人に先程の変態男から聞いた話を伝えた。ここが地下である事、上に行けば出口がある事、敵のリーダーが居る部屋には近付いてはいけない事、でもそこを通らないと外に出られない事。伝えないで驚かせてもパニックになりかねないから。
「とりあえず行けるところまで行きましょうか。途中危険だったりした場合には先程の様に隠れて頂く事になりますが。」
「わ、わかりました。」
「かしこまりましたわ。」
本当は隠れて待ってて欲しい。危険だし、何が起こるか分からないから。特にブロンドヘアの令嬢の方が少し心配。パニックを起こさないと良いけれど。
「階段だ…。」
暫く進んだ先、ようやく階段に辿り着いた。地下とはいえ、すごく広い敷地みたい。この調子ですんなりいけばいいのだけれど。でもすんなりいけばいくほどその先には何か悪い事が起きるのはよくある事。
階段を上がった途端に辺りが明るくなって一瞬目を瞑ってしまう。明るいだけでこんなにも雰囲気が変わるのかと感心してしまう。地下にずっとこもっていたら体調も悪くなりそう。なにせ空気が悪かった。日の光ってとても大切だ。明るくなった事で安心してしまう気持ちを抑えて、気を引き締める。
廊下には人が誰も居ない。地下でもそうだったが、別れ道などは無く、一本道なので迷う心配はない。しかし逆を言えば的に見つかれば終わりだ。地下で倒した男達みたく弱い奴なら何人で来ても負けないが、あいつらの雇い主の男が気になる。騎士団相手に喧嘩の様なものをふっかけてくるくらいだ。何か自信があるのかもしれない。見張りが全然居ないのも気になる。連れ去る事だけが目的だったのか?いくら考えても敵の事は分からない。
ぐるるる
「…なに今の…。」
階段を上がって少し歩いた頃、生き物の様な声が聞こえてきた。こんな所に生き物でもいるの?それよりもやけに低い声だったような。そう、例えば魔物の様な……ま、まさかね…。
この世界には魔物が存在する。姿は普通の動物と変わらない。ただ決まって毛並みは皆黒い。ただ黒い毛並みの動物もいるので、見分けが必要だ。見分け方は目を見れば分かる。魔物は赤い目をしている。魔物と似ている為、黒い動物は一般的に疎遠される。
幸いな事に魔物には滅多に遭遇しない。本当にごく稀に遭遇してしまう事があるのだが、問題は魔物絡みの事件は被害がとても大きいこと。魔物はどこからかいきなり発生する。魔法使いが魔物の発生に関係しているのではないか、と言い出す者も居る。
私が初めて魔物と遭遇したのは、両親と居た時。まだ子供の頃の出来事で、怖くて怖くて泣き叫ぶ事しかできなかった。何年経っても絶対に忘れる事はできない、くるしくて、にがい記憶。
だが私も強くなったつもりだ。魔物にだって負けないつもりだけど、遭遇すると過去のトラウマからか、ドキッとしてしまう自分がいる。騎士団に入団した現在そんなんではやっていけない。過去のトラウマなんて乗り越えてみせる!
思考が脱線してしまったが、何が潜んでいるのか分からない為、令嬢2人に離れない様に伝える。
地下と違ってやや足取りが軽い2人。無事に帰してあげなければ、と強く思う。彼女達を大切に思う者達だって居るはずだ。それなのに騎士団への腹いせなんてくだらない理由でこんな事したなんて絶対に許せない。
それにしても相変わらず広い。一本道だから迷う事はないが、くねくねしてるし、ドレスだから歩きにくい。早くドレス脱ぎたい。普段からドレスを着ている2人は大した事ないかもしれないがこっちにとっては大した事だ。寮に戻ったらしばらくスッポンポンで過ごしたいくらい窮屈だ。しばらくドレスは御免だ。
5つ目の角を曲がるとようやく1つ目の部屋があった。ここまで部屋が1つもなくてどこか迷路の様な空間に迷い込んだ気持ちでいたので、部屋があった事に安堵する。敵のアジトで安堵するのも可笑しな話だが、少し休憩してもいいかもしれない。
2人を少し離れた所に待たせて中を確認してから2人を呼ぶ。
ソファがあったので皆で座り、一時休憩とする。
「けっこう歩きましたが大丈夫ですか?」
「これくらい大丈夫です。こんなとこに留まっている方が気分が悪くなりそうなので。」
黒髪の方の令嬢はさすが、と言うかとても頼りになる方だ。肝が据わっているというか、強いというか。正直とても助かる。
反対にブロンドヘアの令嬢は身体的にも精神的にも参ってしまっている様なので不安になる。そうだよね、連れ去られといて大丈夫なんてことないよね。
「…わたしたち、本当に帰れるのでしょうか?確かに敵には会わないですけれど、さっきから嫌な予感がするというか、その…。」
「ちょっとマイナスな事言うのはやめて頂けません?騎士の方も私達の為に体を張って守っていて下さるのに失礼ですわ。」
「…っそんな!私はただ…。」
「とにかく!私達は帰るんです!弱気な発言は控えて下さい。」
「…は、はい…。申し訳ございません。」
なんとなくそんな気がしてたけど、2人は相性というか性格が合わないみたい…。ここに来るまで2人が会話をする事は一度も無かった。こんな状況だし、とは思っていたけどまさかここにきて気まずくなるとは…。弱気なブロンドヘアの令嬢は涙目。今にも涙がこぼれ落ちそう。確かに怖かったよね…。黒髪の令嬢はキツめの美人さんなので怒るとすごく怖い。怒鳴っているわけじゃないのに怒りのオーラが見えてくる感じはまさに蛇に睨まれてるかの様。仲裁にも入れなかった…。
「じゃ、じゃあそろそろ行きますか!」
この場合どちらの肩を持ってもダメな気がする。居心地が悪くなった空間から逃げ出したい気持ちを抑えながら、立ち上がって出発する事を提案する。
こういう時、何か気の利いた事が言えない自分に落胆する。
出発する事に同意なのか黒髪の令嬢はイライラしながらソファから立ち上がる。その仕草にビクビクしながはブロンドヘアの令嬢も立ち上がる。あー、もう!仲良くして下さい……。ただでさえ気を張り詰めてるのに、私達の雰囲気まで悪いと余計に疲れてしまう。
それでは行きますね、と発した声は自分でも驚くくらい小さな声で、とても情けなくなった。