9 敵のアジト④
「な、なんなのこれ…。」
初めて見る生き物に驚愕してしまう。魔物、のはずだが一般的な魔物と違う。黒い体に狼の形の魔物。だが、顔が2つもあるのだ。突然変異?いや、そんな例は聞いた事がない。よくみれば1つは狼の顔だがもう一方は猫の顔だ。あきらかに違う種類が混ざっている。これはもしかして…。
学生時代に読んだ禁忌魔道書。この世界には絶対に使ってはいけない魔法が存在する。それが記された1冊の魔道書。知らない事が正しい事ではない、危険を回避する為にも教えなくてはならない、そう言って先生は魔道書を私達生徒に見せてくれた。
その魔道書にはこう記されていた。
ーー生物を合成してはいけない。すなわちキメラを作ってはいけない。これを禁忌とするーー
ーーー
2人の令嬢の間でいざこざがあったのでとても気まずい現在。無言な時間は今までと変わらないはずなのに、空気が重いせいでどうも居心地が悪い。嫌だなぁ、と何度も心の中で呟く。もういっそ敵さん出て来てくれた方が気が楽なんじゃないかな。
「あれは…。」
角を曲がるとそこには大きな扉。この屋敷で見てきたどの扉よりも立派な作りをしている。他に道は無く、行き止まりになっていて、そこには扉しかない。改めて変な間取りだ。
でもここが敵のリーダーがいる部屋で間違いなさそう。そういう事だったのか。変態男は出口の所にある部屋、と言っていたが、この部屋を通らなきゃ出口へ行けないという事だった。額には嫌な汗が流れる。逃げたきゃどうぞ、ただしここを通れたら、って事ですか。
正面突破。それしかない。
令嬢達を角の所に誘導する。
「ここで静かに待っていて下さい。どうやらあそこが敵のリーダーの居る部屋だと思います。…もし、時間が経っても私が戻らなかったら先程休憩した部屋まで戻って鍵をかけて隠れるか、もしくはどこか他の所に隠れていて下さい。私が戻らなくても他の騎士は必ず来ます。」
待つというのも辛いとは思いますが信じて下さい、とそう言えば2人とも頷いてくれる。
騎士は私1人ではない。第3小隊の先輩達や親友のヴィーナ、それにあのリオンだっている。他にも強い人が沢山いる。必ず彼らは令嬢達を助けに来る。
リオンといえば、転移される時珍しく焦った顔見たなぁ。いつも飄々としているのに、と思わず笑ってしまう。でも、リオンがいれば必ずここに助けに来るだろう。いつだってそうだ。圧倒的な強さで敵を打ち負かす。その強さを羨ましく思いつつも、とても信頼してしまうのは自然の流れだ。なんでも軽々とこなしてしまう幼馴染は昔から私の1番信頼できる人物だ。恥ずかしくて本人にはとても言えないが。性格さえ直してくれたら素直にそう言えるのかもしれないけど。
なので、リオン達が来た時の為にも、私が不甲斐ない状況じゃ絶対ダメ。私がリオンを信頼するように、リオンにもそうであってほしいのだ。
扉の前で耳を澄す。ガシャーン、と金属音と共にはっきり聞こえないが女性の声らしきものが聞こえてきた。急いだ方がいいかもしれない。
もうこっそり忍び込むなんて言っている場合じゃない。勢いよく扉を開けると、暗くてよく見えなかったが、目を凝らすと見えてきた光景に絶句してしまう。
部屋の中央にあるのは頑丈そうな大きめの檻。目が慣れてくると、状況がよく見えてきた。檻の中には泣き叫ぶ女性と、黒い生き物。黒い生き物は鎖に繋がれていて、女性に襲いかかろうとするも首の鎖に邪魔をされてガシャンと金属音が鳴るだけ。早く助けなきゃ、と駆け出すが男がふら、と私と檻の前に出て来たので足を止める。
「やあ、初めましてかな?随分と威勢の良いご令嬢様だねぇ。」
敵のリーダーらしき男は上機嫌で話しかけてくる。男は貴族なのかしっかりとした服を着ている。燃える様な赤髪に、どこか怪しい笑みを浮かべるその様は気味が悪い。
「………貴方が、ここのリーダーなの?」
「うん、そうだよ。チェルノって言うんだ、よろしくね。ここはねぇ僕の秘密の基地なんだ。特別に君達を招待したってわけ。喜んでもいいんだよ?」
「…よろしくなんてしないし、誰が喜ぶもんですか。そこをどいて。どかないなら無理矢理にでもどかすけど。」
相手の返事を待たずに、手を払う仕草をして魔法をかける。
だが、奴もただではやられなかった。あらかじめ防御の魔法陣が足元に書かれてあったみたいで、私の魔法ははじかれてしまう。
「ふぅ。念の為、防御魔法の陣を書いといて正解だったなぁ。君、けっこう強いんだねぇ。でもますます不思議だなぁ。君本当に令嬢なの?」
「答える義務は無い! ネロ・クスィフォス!(水の刃)」
水の刃は作って赤髪の男、チェルノに切りかかる。どこからか杖を取り出して止めようとしてくる。
「…遅いよ。」
だが、動きが遅い為、刃を受けきれずに水の刃をくらう。魔法に頼り切って、自分の体を鍛えない奴は接近戦には弱い。ぐはっ、と呻き声を出しながら倒れるチェルノ。魔法の方が得意なら魔法を使わせる暇を与えなきゃいい。
「ネロ・アリスィダ(水の鎖)」
しゅるしゅる、とチェルノの腕を拘束する。万が一の為に指も使えない様に固定する。
「あーあ、捕まっちゃったかぁ。残念。」
それとは裏腹に嬉しそうな顔のチェルノ。動けなくしたチェルノを放置して檻へと向かう。
近付くと檻の中が良く見えた。
黒い生き物はどうやら魔物のだった。狼の魔物。チェルノは一体何をしようとしたっていうの。
「は、はやくっ!!助けて!!」
必死にこちらに手を伸ばす探していた最後の1人の令嬢。
「今行きます!」
檻の施錠を壊し、令嬢を助け出す為に檻の中へと入る。人が2人と魔物1匹でもまだ余裕があるくらい広い檻の中。相変わらずこちらを威嚇してくる魔物に注意をしつつ檻から出ようとした時、気づいてしまった。
「な、なんなのこれ…。」
魔物の顔が2つ、ある…。




