自作自演
「どうしてそこまで言い切れるの、お姉さま」フィルミナが不思議そうな顔をする。「あの亜人の行動を、常に把握しているわけではないんでしょう?」
「把握していなくても、彼にはできないわ。だって、キースには色が判別できないんだから」
アレッタがそう言った直後、部屋が水を打ったように静まり返った。フィルミナもエミリーゼも、すぐには理解ができていないようだ。この隙に、アレッタは畳みかける。
「狼の獣人と人間との混血児の彼は、赤色と緑色の区別がつかないのよ。そもそも、その二色がどんな色かも知らないわ。狼の特徴が色濃く出た影響ね」
「そんなこと、あるはずが」フィルミナが信じられないとでも言いたげに首をふるふると振った。
「あら、あなたがいつも口にしていることじゃない。人間と亜人は違うって。それなら、わたしたちと彼らが見ている世界が違ったとしても、ぜんぜんおかしくはないでしょう」
アレッタは、前に王都で見た光景を思い出す。色の判別ができないからこそ、ドラップの違いにも気づけず、熟成前の実を食べさせられてからかわれるのだ。
「ちなみに亜人と呼ばれている彼らの視覚が人間と違うことは、研究結果としても正式に発表されているわ。嘘だと思うのなら、今度本で調べてごらんなさい」
あなたは教養が足りないのよ、とアレッタは仄めかす。案の定、フィルミナは悔しそうに唇をきつく結んだ。
「キースにこの箱の解除方法がわからない以上、さっきあなたが言った推論は成り立たないわ」
「でも、あの冒険者本人が盗み見た可能性も」フィルミナが諦めまいと食い下がる。
「彼は昨日の午後、この屋敷に来たばかりなのよ。その彼が、いつあなたが箱を開ける瞬間を見たって言うの? 最後にその箱を開いたのは一昨日なんでしょう? さっきあなた自身が言ったじゃない」
フィルミナが口をぱくぱくと動かすが、言葉が出てこないようだった。
「そもそも、キースに見られるぐらい、不用心であったなら、あなた専属の侍女たちもそれを目にする機会があったのではなくて?」
「なっ、わたしの使用人を疑うのっ?」
「先に人の従者を疑ってきたのはそちらでしょう。文句を言われる筋合いはないわ」
アレッタがすまし顔で返すと、フィルミナは握りしめた拳をぷるぷると震わせた。
――さて、キースとテトの冤罪は晴らせそうだけど、どう決着をつけようかしら。宝石のありかはわかっているけど、それをいきなり指摘するのはさすがにまずいわよね。また疑われるきっかけを作ってしまうでしょうし。
決定打を見いだせず、アレッタは悩む。
「あのー」
そのとき、廊下のほうから声が聞こえた。なにごとかと振り返れば、ドアの横にテトが立っていた。どうしてここに、とアレッタは目を丸くする。
「すみません、盗み聞きをするつもりではなかったんですが」
「どうしたの?」
エミリーゼやフィルミナがなにか言う前に、先んじてアレッタは問いかけた。
「なくなった宝石って、どんなものだったんですか」
白々しい、と前置きをしてから、フィルミナが答える。「サファイアよ。きれいな青色の」
「ああやっぱり」テトはほっとした表情を見せた。それから、なんでもないように言う。「それならさっき、一階で見ましたよ」
「うそ。だってあれはクローゼットの一番上に」
フィルミナがはっと口をつぐむ。彼女が動き出すよりもはやく、失言をはっきりと聞き取ったアレッタはクローゼットに手をかけた。
「お姉さま、勝手に触らないで!」
妹の叫びを無視し、アレッタはクローゼットを開けた。そして、なくなったとされる宝石を見つけた。ブルーサファイアだ。
「どういうことかしら、フィルミナ」アレッタは怒りを押し殺し、訊く。「なぜあなたは、なくなったと言っていた宝石のありかを知っていたのかしら」
フィルミナはおろおろと挙動不審になる。それから、勢いよく顔を上げると、アレッタを指さした。
「お、お姉さまが犯人だったんですね! 宝石を盗んで、そのクローゼットに隠したのは!」
なにを言っているんだこの妹は、とアレッタは本気で頭を抱えたくなった。「アレッタ、どういうこと」とこの期に及んでフィルミナの肩を持とうとするエミリーゼに対しても。
「この場所を教えてくれたのはあなたでしょう、フィルミナ」
「違うわ。わたしはなにも言っていない。お姉さまがいきなりクローゼットを開けたんじゃない」
『そんな。だってあれはクローゼットの一番上に』
フィルミナの声が、突如別方向から聞こえてくる。それはつい先ほど、彼女がうっかり口を滑らせたときのものだった。テトが巻貝のようなものを手にし、悪びれた様子もなく言う。
「すみません、盗み聞きだけではなく、録音までしてしまいました」
魔法具だ、とアレッタは巻貝の正体に思い当たる。
「あなた、平民のくせに盗聴なんてしていいと思っているの?」
乙女の仮面をかなぐり捨て、フィルミナがテトを睨む。
「自衛の一環ですよ。冒険者はなにかとトラブルに巻き込まれることが多いので。便利でしょう、誰がなにを言ったのか、あとからでもはっきりとわかって」
「それをいったいどうするつもりかしら? わたしは公爵家の娘よ。余計なことをして、無事に冒険者を続けられると思っているの?」
「そうですね、僕もあなた方を敵に回したくはありません。ですから、こうしませんか。今回の一件は、フィルミナ様、あなたの勘違いだった、と」
「わたしの、勘違い?」
「はい。自分が宝石を別の場所に移してしまったことを、うっかり忘れてしまっていた。そのため、小箱が空なのを見て盗まれたと勘違いしてしまった。こうすれば、すべて丸く収まると思うんですけど」
フィルミナはすぐには頷かない。テトの提案を呑んだ場合のメリット、デメリットを勘案しているのだろう。そんな彼女の様子を見て、テトがもう一押しとでも言わんばかりに続ける。
「聞けば、アレッタ様のせいで、この家に対する世間の風当たりが強くなっているそうじゃないですか。そのような状況の中、これ以上、余計な波風を立てることは避けたほうが賢明ではないでしょうか」
思わぬ流れ弾を喰らい、アレッタはぎょっとした。フィルミナとエミリーゼが、非難するような視線を浴びせてくる。わたしを説得の材料に使わないでよ、とテトを睨めば、飄々とした笑顔が返ってきた。
「そうね。フィルミナ、今回の件はあなたの勘違いだった。そういうことにしておきましょう」
「お母さまっ?」
「第二王子が、冒険者などという野蛮な組織に肩入れしているのはあなたも知っているでしょう? この子どもに大それたことができるとは思わないけど、いまは時期が悪いわ。このまま変に問題を拗らせるよりは、穏便にすませてしまったほうが得策よ。大丈夫、あなたはなにも悪くない。悪いのは、すべてアレッタなのだから」
わたしにすべての責任を押しつけ、フィルミナを説得するエミリーゼ。悩んだ末、テトの提案を呑んだフィルミナの選択に安堵するものの、胸のもやもやは消えなかった。
自分がまったく愛されていないことを改めて突きつけられ、アレッタはひどく気を落とした。