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消えた宝石

「ない! わたしの宝石がどこにもないわ!」


 騒ぎが起きたのは、朝食を食べ終わってからすぐのことだった。部屋に引っ込んだフィルミナが、血相を変えて一階に戻ってきたのだ。


「落ち着きなさい、フィルミナ。淑女がそのように取り乱すものではないわ」エミリーゼが(たしな)める。「それで、いったいなにがあったの?」


「小箱にしまってあった私の宝石が、今朝見たらなくなっていたんです。部屋中探したんですが、どこにも見当たらなくて」


 涙を(たた)えながらフィルミナが説明し、エミリーゼは、まあ、と目を丸くした。


「それは大変。鍵はちゃんとかけてあったの?」


「もちろんです。一昨日、見終わったあとにしっかりと。だからきっと、誰かが鍵を解除して盗んだんだと思います」


 どうも嘘くさい、とそばで聞いていたアレッタは思った。フィルミナの態度が、どことなく演技のように感じられたからだ。しばらく会っていなかったとはいえ、小さいころからずっと同じ屋根の下で暮らしてきた間柄だ。本当に困っているのかそうでないかの区別は、なんとなくだがつく。


 だけどどうしてそんな嘘を、と眉を(ひそ)めたところで、テトの存在に思い至る。まさか、とアレッタは顔を青くした。


 昨日の夕食における企みは失敗したが、あのフィルミナがそれで諦めたとは考えにくい。むしろ、なんとしてでも困らせてやろう、と闘争心に火をつけた可能性のほうが高い。


 ――宝石盗難の罪を、テトになすりつけようという魂胆かもしれないわ。


 その予想は的中する。


「もしかしたら、あの冒険者が盗んだのかも。平民なら、お金に困っていてもおかしくはないわ。それで、つい魔が差してしまったのかも」


 フィルミナが言った。疑いの目を向けられたテトは、キースの隣で沈黙していた。


「証拠もないのに滅多なことを口にするものじゃないわ、フィルミナ」


 黙って聞いているわけにもいかず、アレッタは口を挟んだ。先日の卒業パーティーで、無実の罪で名誉を穢されたことが脳裏をよぎる。テトを自分と同じ目に遭わせるわけにはいかなかった。


「だけど、それならほかに誰がいるって言うの? この屋敷には防犯用の魔法もかけられているのよ。外部からの侵入があれば、誰かが気づくはずよ」


 そこでフィルミナは、わざとらしく手を口元に当て、驚いたふりをする。


「それともお姉さまは、まさか使用人の中に犯人がいるとおっしゃるの?」


「誰もそんなことは言っていないわ」


 アレッタは否定する。ジョアンヌに、昨日から今日までの間に異常がなかったかを訊けば、変わったことはなにもありませんでした、と答えが返ってくる。


 あなたの自作自演ではないのかしら、とフィルミナに尋ねることは、さすがにできなかった。いましがた、証拠もないのに滅多なことを口にするな、と言ったばかりだ。しかし、このまま手をこまねいていては、本当にテトが犯人にされてしまう。エミリーゼはフィルミナを溺愛している。女主人が結論を出してしまえば、屋敷に住む者は誰も反論ができなくなるだろう。


「ねえフィルミナ、もしよかったら、その宝石をしまっていたという小箱を見せてくれないかしら? もしかしたら、なにか手がかりが見つかるかもしれないわ」


 アレッタはそう提案する。フィルミナは怪訝そうな顔をしたが、特に困ることはないと思ったのだろう、あっさり頷く。


 テトやキースたち使用人を一階に残し、アレッタたちは二階へ上がった。フィルミナを先頭に、彼女の部屋へ入る。白と桃色を基調とした部屋だった。動物のぬいぐるみが、所狭しと並べられている。


 フィルミナが飼っている猫が棚の上から飛び降り、近寄ってくる。「あなたはフィルミナの宝石を盗んだ犯人を見ていないかしら? もし見ていたらわたしに教えてくれない?」と猫に尋ねるアレッタを、エミリーゼは冷ややかな目で見下ろした。馬鹿馬鹿しい、と呟かれたが、アレッタは気にしない。


 フィルミナが部屋の奥から戻ってくる。


「これが宝石の入っていた箱です」


 差し出されたのは、なんの変哲もない金属製の箱だった。片手でも充分に持てる大きさだ。全体は鈍色なのに、鍵穴の上の一部分だけ、円形状に白くなっていた。


「魔力を込めると、込めた量によってこの白い部分の色が変わるんです。鍵を四分の一回転させるごとに、魔力の量を調整して正しい色を表示させないと、鍵が最後まで回らない仕組みになっています」


 フィルミナが実際にやってみせる。鍵を差し込み、魔力を箱に込めると、白かった色が赤色に変わる。鍵を時計回りに四分の一回転させたところで、今度は赤色を青色に変える。さらに四分の一回転させ、ちょうど半分になったところで、青色から緑色に。四分の三まで進めたところで、緑色から再び赤色に。そして一周回し終えると、かちりと音が鳴って蓋が開いた。


「魔力をうまく使えないと開けない仕組みになっているのね。鍵と魔力の二重ロックか」


 アレッタは感心する。


「赤、青、緑、赤色の順番が、いま登録してある解除方法です」


「だけどそうなると、第三者がこの箱を開けるというのは難しいのではないかしら。鍵を手に入れられても、どの色をどの順番で表示させるかがわからないと、開けることはできないわ。テトがそのことを知っていたとはとても思えないんだけど」


「別の誰かがこの解除方法を知って、それをあの冒険者に教えたってことも考えられるわ」


「別の誰か?」


 アレッタの疑問の声に、フィルミナは顔をうつむかせて申し訳なさそうに口を開く。


「実は先日、使用人の一人に、この箱を開ける瞬間を見られてしまったの」


 しゅんと項垂(うなだ)れたフィルミナの肩に、エミリーゼが手を添える。「使用人があなたの部屋を覗きこんだの? それは非常識だわ。誰なの、そんなことをしでかしたのは」


「キースです、お母さま」


 フィルミナは、アレッタの従者の名前を告げた。


「なんていうこと。亜人の分際で、可愛い娘の宝物に手を出すなんて。信じられないわ」


 即刻クビよ、と吐き捨てるエミリーゼを、アレッタは慌てて止める。


「待ってください、お母様。キースが解除方法を知って、それをテトに教えたとおっしゃるのですか」


「そうよ。それ以外に考えられないでしょ」エミリーゼは鬼の形相でアレッタを見る。「これはあなたの責任よ。使用人の監督を怠ったのもあなた、あの冒険者を我が屋敷に招き入れたのもあなた。婚約破棄されて戻ってきたと思ったら、今度は犯罪者を送り込むなんて、あなたはどれだけこの家で問題を起こせば気がすむの!」


「彼らがこの件に関わったという明確な証拠がありません」


「いいかげんにしなさい! あなたまさか、フィルミナの言うことを疑うの?」


「疑うもなにも、キースがその箱の解除方法を知ることは不可能です」

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