冒険者の話
彼のあとに続き、一階へ降りる。客間に入ると、居心地悪そうにソファに座るテトの姿が目に入った。おっかなびっくりティーカップに口をつけている。壊すまいと慎重になっているのだろう。もっと優雅な居住まいをしていれば絵になったでしょうに、とアレッタは少し残念に思った。
こちらに気がついたテトが、がちゃんと音を立てながらカップを置き、立ち上がる。
「そんなにかしこまらないで。マナーがどうこうなんて気にしないから。普段通りにしてもらって平気よ」
恐縮しきった様子で、テトはソファに腰を下ろした。
「ちょうどいい機会だし、冒険者のことを教えてもらえない?」メイドが用意してくれたお茶とお菓子を味わいながら、アレッタは言った。「初めてなのよ、冒険者と話をするのは」
「聞いても、きっとおもしろくないですよ」
「かまわないわ。それに、おもしろくない話を聞くのには慣れているから」
貴族の令嬢が開くお茶会のことを思い出す。学園に通っていたころも、景色のいい中庭でよく開催されていた。可憐な淑女たちの集いという見かけに反し、中身は意地と意地のぶつかり合いだ。皮肉の応酬に家柄自慢、ときには明確な悪意を持って特定の令嬢を追い詰めることもあった。招待状が届けばよほどの理由がない限り参加はしていたものの、アレッタはあの空気がどうしても好きになれなかった。
「冒険者になってからは長いのかしら」
「いえ。まだ二年しか経っていません。正式に冒険者になるためには、冒険者組合というところに登録しなければならないんですけど、自分が登録したのは十五歳のときでした」
「そういえば、テトっていま何歳なの?」
「僕ですか。今年で十七になりました」
「あら、それじゃあわたしより一つ年上なのね」
へえ、とテトは驚く。「ちょっと意外でした。しっかりしているので、てっきり僕のほうが年下かと」
「それはわたしが老けて見えるということかしら」
「まさか! とんでもない」テトは目を見開き、慌てて否定する。「そういう意味で言ったわけではなく、その、子どもっぽくないというか、すごく大人の魅力があるっていうか」
言葉尻がしぼんでいったが、彼の言ったことはすべてアレッタの耳に届いた。うれしいこと言ってくれるじゃない、と微笑みながら、内心ではひどく動揺していた。心なしか顔が熱くなっているように感じる。他意はないとわかりつつも、美少年の口から聞かされると破壊力が半端ない。扇を持参していなかったことが悔やまれる。これでは顔を隠せない。
「冒険者には、実力に応じて等級がわかれていると聞いたことがあるわ」アレッタは話題を変えた。「確か、鉄、銅、銀、金、それからええと」
「白金、ミスリル、オリハルコンと続きます」テトがあとを引き取る。
「そう、それ。テトはいまどのランクなの? あなたほどの実力があれば、金等級ぐらいになっていそうだけど」
「僕にそこまでの力はありません。この間、ようやく銅に昇格したところなんです。ランクを上げるためには強さだけではなく信頼度も必要になってきますからね、二年しか経っていない新人に、そこまで高いランクは望めませんよ」
「回復魔法が使える上、たった一人で盗賊団を壊滅させられる実力があるのだから、もっと評価されてもいいと思うのだけど」
「まあ、組合には組合の考えがありますから」
テトは含みのある言い方をした。
ふうん、と相槌を打ちながら、もしかしてわざと目立たないように振る舞っているのかしら、とアレッタは推測する。ぽっと出の新人がいきなり頭角を表したら、それをおもしろく思わない人間はたくさんいるだろう。たとえば、いまだ低ランクでくすぶっている古参の冒険者とか。下手に目をつけられてちょっかいを受けるぐらいだったら、目立たぬよう、実力を隠して冒険者生活を送るようにしていたとしてもおかしくはない。よくよく考えれば、あの盗賊団はけっこうな実力者ぞろいだった。人数が少なかったとはいえ、貴族お抱えの騎士たちを殲滅したのだから。そんな彼らを圧倒したテトの実力が、下から二番目などということはありえない。
「そういえば、テトはどうしてあの森にいたの? もしかして、なにか依頼を受けている最中だった?」
「あー、特定の依頼を受けていたわけではありません。あの森にいたのは、組合で換金できる素材を探していたんです」
「薬になる植物とかかしら」
「はい。あとは、魔物から採れる素材ですね。人面樹の枝とか、ツヴァイボアの牙や毛皮とか」
冒険者は、いわゆる何でも屋だ。組合から依頼を受け、その内容を達成する。仕事は多岐に渡り、魔物討伐から素材採取、ときには商人や貴族の護衛まで行う。登録自体は年齢要件さえ満たせばほぼ誰でもできるため、籍を置く者は多い。とはいえ、魔物が跳梁跋扈する中に足を踏み入れる必要があることから、死が常につき纏い、生存率は決して高くない。仮に生き残ったとしても、魔物を倒すだけの実力がなければたいした稼ぎも手に入らない。一定水準の生活を維持できるのは、限られた冒険者だけだと聞く。
「魔物はともかく、植物を見分けるのは大変そうね。花の種類だったらわたしにもわかるけど、雑草と薬草の区別をつけろって言われたらお手上げだわ」
「最初のころは、よく間違えて持っていって、受付の人に怒られました」当時のことを思い出したのか、テトが苦笑する。「なんとか間違えないようにしようと、組合にある本を穴が空くほど読みましたね。種類がたくさんあるので、おぼえるのには苦労しました」
「勉強は得意なの? 言葉遣いもずいぶんしっかりしているみたいだけど」
「母が以前、偉い人のところに仕えていたんです。それで、ある程度の教養を僕にも叩きこんでくれました」
「いいお母様だったんですね」
頷いたテトの瞳に、一瞬だけ寂しげな色がよぎった。これは突っ込まないほうがよさそうだ、とアレッタは判断した。