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再会

 小高い丘に作られた公園からは、ロンベルタの町が一望できた。太陽の光を浴びた町全体が、きらきらと輝いて見える。風が吹くたびに、葉の揺れる音が耳をくすぐる。


「そうか。第二王子が、君のことを助けてくれたんだね」柵に腕を乗せたテトが、下唇を突き出した。「概要だけ聞くと、まるで物語みたいだな。囚われのお姫様を、王子様が助け出す」


「それは美化しすぎよ。ヴィルヘレム殿下の行動が、結果としてわたしを自由にしてくれたのは確かだけど、あの方が家を訪れたのは、あくまで政治戦略の一環だもの。素直には喜べないわ」


 とはいえ、彼の登場により盤面が丸ごとひっくり返されたことは事実だ。だから、感謝はしている。ヴィルヘレムがいなければ、アレッタはいまだにあの屋根裏部屋に閉じ込められていたことだろう。


 テトが身体の向きを変え、今度は柵に寄り掛かる。彼の視線の先を追うと、そこには模擬戦闘を行っているヤグウェイとキースの姿があった。


 キースとジョアンヌは、引き続き屋敷で働くことを許された。罰は、減給だけだ。せっかく屋敷から獣臭さがなくなるかと思ったのに、とフィルミナからは嫌味を言われたが、有頂天になっていたアレッタは、右から左へ受け流した。


「ヤグウェイも元気そうね」


「元気すぎて困っているぐらいだ。ごめんね、君のところの従者さんを、ヤグウェイのわがままにつき合わせちゃって」


「いいのよ。キースも嫌じゃないみたいだし」


 ヴァイセットから外出許可が下りると、アレッタはすぐさま馬車に乗り込み、ロンベルタの町へやって来た。キースは従者兼護衛だ。半獣人の特徴である人間離れした身体能力と、いくつかの攻撃魔法を持つ彼の戦闘技術は高い。だからアレッタも安心して森を抜けることができた。


 町へ到着してすぐ、アレッタはテトがどこにいるのか、自分が知らないことに気がついた。浮足立つあまり、細かい準備を怠ってしまったのだ。どうしよう、と困り顔になるアレッタに、私がなんとかしますよ、とキースは言い、彼女が髪につけている飾りに鼻を近づけた。


「こっちです」


 キースの案内に従い、通りを進んでいくと、やがて人混みの中に見慣れた蜂蜜色の髪を発見した。ヤグウェイと並んで武器屋から出てきた彼に声をかけると、テトは仰天した顔つきになった。それからアレッタとキースを交互に見て、「新しい恋人?」となんとも間抜けな質問をしてきた。


「彼は従者よ」


「私は従者です」


 声が被った。


 誤解を解いたアレッタたちは、景色のいいところがあるんだ、と言うテトのあとを追い、高台にある公園にやって来た。


「髪飾り、今日もつけてきてくれたんだね」


「テトがくれたものだもの。今日つけなくていつつけるのよ」


 そわそわする二人の後ろで、半獣人の二人も交流を深めていた。


「なあ、おまえって強いのか」ヤグウェイがキースに興味を示す。


「お嬢様を守れるぐらいには」


 キースがそう返すと、ヤグウェイはにやりと獰猛な笑みを浮かべた。


「なあ、ちょっと手合わせしてくれねえか。最近、腕がなまっちまって困ってるんだよ」


「手合わせ、ですか」


 キースの顔が動き、後ろを向いていたアレッタの視線とぶつかる。あなたの好きにしていいわよ、と彼に裁量を委ねた。


「では、その申し出、受けて立ちましょう」


 ちょうど私も自分の実力を再確認したかったところですから、とキースが笑う。屋敷では滅多に見たことがない、獣の血が流れていることを感じさせる笑みだった。


 開けた場所で向かい合う半獣人二人から離れ、アレッタとテトは町並みのよく見える場所へと移動した。


 そして、いまに至る。


 今生の別れを告げたというのに、あまりにはやい再会をしてとても気恥ずかしかった。


「そういえば、君のこと、組合ではすっかり噂になってるよ」


 アレッタはテトの顔を見た。


 冒険者組合のことだろう。


「冒険者が君に助けられたことを知って、みんなの貴族を見る目が少しずつだけど変わってきている」


「組合長が褒めていたって聞いたわ」アレッタはヴィルヘレムとの会話を思い出す。


「そうそう。組合長自らロビーに現れて、君の活躍ぶりを冒険者に伝えたんだ。あれでみんな心を動かされたんだろうな」


 ヴィルヘレムのしたり顔がなぜか浮かぶ。正直にそのことをテトに告げると、彼は、ははと笑った。


「まあ、それもきっとパフォーマンスの一環だろうね。冒険者側の貴族に対する偏見をなくそうっていう」


 どうやら彼も同じ感想を抱いたらしい。アレッタは苦笑する。


「冒険者も大変ね。政治に巻き込まれて」


 テトは肩をすくめてみせた。大きな不満を持っているわけではなさそうだった。


「ねえ、訊いてもいい? どうして冒険者の道に進んだのか」風で浮き上がる髪を押さえながら、アレッタはテトの顔を覗き込んだ。「あれだけきちんと礼儀作法を身につけているあなただったら、ほかの選択肢もあったんじゃないの?」


 冒険者を目指す理由は大きく二つにわけられる、と以前どこかで聞いたことがある。一つは、英雄の背中に憧れ、自分の力で世界を切り拓きたいと思ったから。そしてもう一つは、技術も伝手もなく、冒険者の道しかもう残されていなかったから。前者は積極的、後者は消極的な動機だ。はたしてテトはどちらなんだろう、とアレッタは思った。


 彼はすぐには答えなかった。首を逸らし、空を仰ぐ。愁いを帯びた表情に、アレッタは思わず見惚れた。


「強い動機があったわけじゃないよ。ただ、なんだろう。なににも縛られずに、自由でいたかったのかもしれない。自分の望むまま世界を歩いて、自分の好きなように生きる。一つのところにとどまっている姿を、うまく想像できなかったんだ」テトは両目を細めた。「それに、僕にはもう、守るべき家族もいないから」


「亡くなられたの?」と訊けば、小さな頷きが返ってくる。「二人とも?」とさらに訊くと、「父親がどうしているのかは知らない。物心ついたときにはもう、母親しか側にいなかったから」と答えが返ってきた。


「わたしと同じね」アレッタの口から、ぽつりを言葉が零れ落ちた。


「本当の母親のこと?」


「あら、やっぱり気がついていた?」


「君だけあの二人と髪の色が違うから、もしかしたらとは思っていた」


 テトの目がアレッタの髪へ向けられる。フィルミナとエミリーゼの髪がピンク色なのに対し、アレッタはブラウン色だ。


 アレッタの母親は、彼女が生まれて間もなく病気で亡くなった。もともと病弱だった彼女は、出産の痛みに耐えられるほど身体が強くはなかったのに、無理をして赤ん坊を生んだがため、体調を悪化させてしまったのだ。

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