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予想外の訪問者

「おまえはまた、勝手なことをしてくれたようだな!」


 屋敷に戻ったアレッタを待ち受けていたのは、顔を怒りで真っ赤に染めたヴァイセットだった。どうやらアレッタが町へ行っている間に、王都から戻ってきていたらしい。彼の部屋に呼び出されるや否や、雷が落とされる。


「私の言いつけを破り屋敷を抜け出した上、素性もわからぬ冒険者と逢瀬を楽しみ、挙句の果てに誘拐された半獣人を助けるため勝手にロンベルタの兵を動かすとは」


 どれだけ私を困らせれば気がすむのだっ、とヴァイセットは怒り狂う。山積みの書類が机の上からなだれ落ちた。


「聞いているのかっ」


「申し訳ございません。すべて、あの冒険者に一目惚れをした私の我儘によるものです」アレッタは、まるで意思を持たないゴーレムのように淡々と言葉を吐き出した。「冒険者は私のことなど好きではないと言いましたが、私のほうがどうしても諦めらませんでした。そこで、権力にものを言わせて無理やり会う約束を取りつけたんです。家から抜け出すためには使用人たちの協力が必要不可欠だったので、彼らを脅し、協力者に仕立てました」


 アレッタにできることと言えば、ジョアンヌやキース、そしてテトに迷惑がかからないよう、父親の怒りの矛先をすべて自分に向けさせるぐらいだった。自分の身勝手な行動のせいで、今回の騒動を引き起こしたのだ。その責は負わなければならない、と思った。


「もうおまえにはなにも期待しない。謹慎中に、頭を冷やすどころか平民に現を抜かし、貴族にあるまじき行為に走るとはな」


 ヴァイセットが、手元に置いていたベルを鳴らす。すると、彼の腹心である執事が部屋に入ってきた。


「こいつを屋根裏部屋に放り込め。ドアに鍵をかけるのも忘れるなよ。そして使用人たちにこう伝えろ。この女を逃がす手助けをした者は、理由の如何を問わず即刻屋敷を出て行ってもらう、と」


 冷徹な目が、アレッタを射抜く。


「承知いたしました」


 泰然とした顔の執事に連れられ部屋を出る際、ヴァイセットは一度もアレッタのほうを向こうとはしなかった。


「無様ね、お姉さま」


 部屋を出ると、まるで待ち構えていたかのようにフィルミナが立っていた。早速、嫌味をぶつけてくる。


 アレッタが無視して廊下を進むと、後ろから舌打ちが聞こえてきた。「お姉さまには屋根裏部屋がお似合いよ」


 憎しみすら感じられる彼女の声を背に受け、アレッタは無意識のうちに腕をさすった。


 ランプの光に照らされた屋根裏部屋は、長い間使っていないにも関わらず、ずいぶんと整っていた。簡素なベッドに小さなテーブル、必要な調度品はすべてそろっている。家具に指を滑らせるが、埃はつかなかった。まるで誰かが掃除をしたあとのようだった。執事に尋ねようとしたところ、彼は粛々と必要最低限のことだけを伝え、取り付く島もなく部屋から出て行ってしまった。かちりとドアを施錠する音が聞こえる。一人残されたアレッタはしばらくぽつんと立っていたが、こうしていても仕方がないと考え、近くに置いてあったロッキングチェアに座った。


 屋根裏部屋に窓はあるものの、嵌め殺しであるため開けることはできなかった。これじゃあ友達も呼べないわね、と肩を落とす。椅子をぎこぎこと揺らしながら、窓の外に広がる夜の景色を眺めた。


 ――キースやジョアンヌは大丈夫かしら。


 自分に協力してくれた二人の顔を思い浮かべる。


 この屋根裏部屋を出たときに、彼らの姿が屋敷から消えていたときのことを想像してしまい、アレッタの身体はぶるりと震えた。


 テトと直接会うよう勧めてきたキースも、町娘に変装する手助けをしてくれたジョアンヌも、自分たちに処分が下されること可能性があることは覚悟の上だっただろう。とはいえ、最終的に命令を出したのはアレッタだ。もしアレッタが、彼らの申し出を拒んでいれば、二人がヴァイセットに睨まれることはなかった。


 ――キースたちはわたしのことを恨んでいるかしら。わたしが半獣人を助けるために、身分を明かしてしまったことを。それとも、お嬢様らしいと笑って許してくれるかしら。


 いずれにせよ、ここから出られなければ、キースたちに謝ることすらできない。


 心配なのは彼らだけではなかった。


「テト、ヤグウェイ」とアレッタは名前を呟く。


 冒険者組合は国からある程度独立した組織であるとはいえ、公爵家がその気になれば、冒険者の一人や二人、捻りつぶすのは簡単だろう。以前、キースに冗談めかして誘拐事件のでっちあげを口にしたが、あながちないとも言い切れないところが、恐ろしい。彼らに余計な火の粉が降りかからないことを、祈るばかりだった。


 悶々としているうちに、執事が食事を運んできてくれる。どうやらこの部屋ですませろ、ということらしい。お風呂や洗面台を使いたいときのことを確認すると、そのときは呼び鈴を鳴らすようにと言われた。使用人の誰かが対応してくれるという。不便だなと思ったが、自分のしでかしたことを考えれば、当然の報いと言える。


 部屋の中央に置かれた小さな木のテーブルで食事をとっている間、執事はずっと屋根裏部屋の隅に控えていた。アレッタは壁の模様の一部だと思い込むようにし、なるべく気にしないよう心掛けた。


 空になった食器を執事が片づけ、部屋を出て行こうとする直前、キースとジョアンヌはどうしているかしら、と訊いた。


「そのことについては、旦那様からなにも言うなと申し付けられておりますので」


 答えられない、という答えが返ってきた。


 ばたんと閉まったドアを、アレッタは見つめ続けた。


 その日は、キースとジョアンヌ、それからテトとヤグウェイのことがずっと頭から離れず、なかなか寝つけなかった。眠りに落ちたのは、ベッドにもぐりこんでしばらく経ってからのことだった。


 翌日、目を覚ますと、見慣れない天井が目に入ってきて飛び起きた。すぐに、ここが屋根裏部屋であることを思い出す。寝ていたのが、いつものふかふかのベッドではなく、堅い木でできた質素なベッドだったので、身体の節々が悲鳴を上げた。顔をしかめながら立ち上がり、身支度を整えるため呼び鈴を鳴らす。


 朝食まですませ、手持ち無沙汰になったアレッタは、使用人に運んできてもらった図書室の本を開いた。しかし、なかなか集中できなかった。目が活字の上を滑り、まったく頭に入ってこない。結局、本を読むことは諦めた。


 このまま情報が一切与えられず、屋根裏部屋という狭い空間の中での生活を強要されるかと思うと、さすがのアレッタも気が滅入った。


 物思いに耽っていると、部屋のドアがノックされた。


「お嬢様、旦那様がお呼びです」


 執事の声だった。旦那様、という単語に、アレッタは眉根を寄せる。


 ――昨日の今日で、いったいどうしたのかしら。


 数日間は音沙汰がないと思っていたのに、予想外の展開だった。期待よりも不安のほうが勝る。

 執事のあとに続き、屋根裏部屋を出た。案内されたのは、ヴァイセットの部屋ではなく、客間だった。疑問符を浮かべながら中に入る。そこでアレッタは目を見開いた。父親と向かい合って座る男に、視線が引き寄せられる。


 ――どうしてこの方がここに。


 気品の溢れる佇まい。緩く波打った黒色の髪と、紫色の双眸。貴族であるならば、決して見紛うはずがない。


 アレッタの元婚約者であるソルガナンの弟、エルランテ王国第二王子ヴィルヘレムだった。

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