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デート

 ――これは断じてデートではない。


 アレッタはそう何度も自分に言い聞かせる。


 ――わたしは一度も好きだと言っていないし、テトからも言われていない。手紙には、ただもう一度会いたいと書いただけ。だから、これは単なる友人同士の買い物みたいなもの。だから決して自惚れてはだめよ。


 テトの指が、するりとアレッタの指に絡んでくる。ひゃあ、と声を上げれば、くすくすとおかしそうに彼は笑った。


「屋敷で言ったこと、一つ訂正しておこうかな」


「なにかしら」


「アレッタのことを、しっかりしていて、大人の魅力がある女性だって言ったこと。ぜんぜんそんなことなかったね」テトは、まるで悪戯が成功したかのような人の悪い笑みを浮かべる。


 まあひどい、とアレッタは口を尖らせたが、顔を赤らめていたため迫力はまったくなかった。


「肩肘を張っていない君も素敵だよ」


 これは夢かとアレッタは自分の頬をつねった。痛かった。


 あはは、とテトが笑い、余計に恥ずかしくなった。


「テトって本当はそんな性格だったのね」やられっぱなしは(しゃく)だったので、アレッタは果敢に挑みかかる。


「そりゃあ、貴族様の前では猫を被らないと、なにをされるかわかったものじゃないからね。幻滅した?」


「面の皮の厚さに感心しているわ」


「誉め言葉として受け取っておくよ。僕なんかよりもよっぽど厚い面の皮を持つ貴族様のお墨付きがあると、自信が持てる」


 ぐっ、とアレッタは言葉を詰まらせた。フィルミナを追い詰めるときに彼の本性を垣間見た気がしたが、どうやらあのとき感じたものは間違いではなかったらしい。


「今日はどこか行きたいところとかある?」


 すっかり人が好い顔に戻ったテトが、訊いてくる。アレッタは少しの間、視線を宙にさまよわせたあと、テトが普段行っているお店を見てみたいわ、と答えた。


「いいの? あんまりおもしろくないと思うけど」


 テトが懸念を持ったようだが、アレッタは気にしない。


 公爵家令嬢としてロンベルタを訪れたときは、貴族御用達の店ばかりに足を運んでいた。そのため、一般市民が利用するような店はこれまで覗いたことがなかったのだ。それに、テトが利用している店がどんなところか、興味があった。


「了解。それじゃあ、まずは」


 テトの案内を受け、町を散策する。


 彼が紹介する店以外にも、アレッタの興味を引くところは多かった。その都度足を止め、中を(のぞ)いた。進みは亀のように遅かったが、テトは文句を言わずに付き合ってくれる。


「おもしろい?」


 魔材屋で、うねうねと動く植物をつついて遊んでいると、テトが訊いてきた。


「ええ、とっても。ねえ、見てこれ。触ると変な動きをするわ」


 屋敷の庭に埋めてみようかしら、と好奇心が頭をもたげる。


「こういうお店は、あまり興味がないかと思っていたよ」


「あら、そんなことわないわ。珍しいものがたくさんあって、見ていて飽きないもの」


 次にやって来たのは、魔法具店だった。テトの持っていた音声を録音する巻貝のほかに、氷魔法で食材を冷やす金属の箱や雷魔法を発生させる護身用の棒、攻撃魔法を打ち消すペンダントなどが売られている。


「便利そうなものがたくさんあるわね」


 おもしろそうな品ばかりで、目移りする。


 壁には一枚の絵が飾られていた。老魔法師がドラゴンと対峙している姿を描いたものだ。彼は大精霊ファラデウスと契約を結び、魔法界に多大な貢献をしたと言われる。彼が亡くなってから数百年が経つが、魔法関係の仕事に就いている者の多くが彼を敬っていた。


 店主の話だと、冒険者はもちろんのこと、貴族も来店することがあるそうだ。また時間のあるときに来てみようかしら、とアレッタは思った。


 魔法具店をあとにした二人は、そのまま通りを並んで歩く。


「みんなあなたのことを見ているわね」


 アレッタはテトをちらりと見上げた。整いすぎた容姿を持つ彼は、通行人たちの目を惹きつけて止まない。いまも町娘と思われる少女たちが、こちらを見ながらきゃあきゃあと黄色い悲鳴を上げている。


「女性はともかく、男性までわたしを通り越してあなたを見ているってどういうこと?」


 納得いかず、地団駄を踏みたくなる。女として負けた気分だった。


「気のせいだよ」


「笑いながら言われても説得力がないわ」


 大通りに面したカフェに入る。幸い、一番奥の席が空いていたので、そこに二人で向かい合って座った。


 運ばれてきたコーヒーを飲みながら、しばし休憩する。


「気分はどう? 人混みの中を歩いて、疲れていない?」


「これぐらい平気よ。毎日体力づくりに励んでいるもの」


 へえ、とカップに口をつけていたテトの動きが、一瞬止まった。貴族の令嬢らしくないとでも思ったのかもしれない。


「学園に通っていたころは、魔物とも戦ったことがあるし」


「なに、貴族って、みんなそんなアクティブなの?」


「必要最低限の自衛ができるぐらいには、皆なにかしら鍛えているわ。いまの世の中、いつ魔物に襲われるかわからないもの」


 アレッタはすまし顔でコーヒーを飲んだ。


 脅威は魔物だけではない。海を越えた先にある別の大陸では、異形の怪物が猛威を振るっているという話だ。黒い霧に呑まれた生物が異形化するなど、初めて聞いたときは戦慄した。いまはまだ対岸の火事ではあるが、いつ火の粉がこちらに飛んでくるかわからない。役に立つかどうかは別として、用心しておくに越したことはないだろう。


「そういえば、ずっと聞きたかったんだけどさ」テトが顔を上げた。「ここ最近、ずっといろいろな動物たちが僕のことを助けてくれるんだけど、あれってぜんぶ、君の仕業?」


 手に持ったコーヒーの表面が揺れた。アレッタはテーブルにカップをそっと置く。


「ごめんなさい。迷惑だったかしら」


「いや、そんなことはないよ。むしろ、珍しい植物とかたくさん採れて、とてもありがたかった。そっか、やっぱり君のおかげだったんだね」


 ありがとう、と真正面から言われる。


 冒険者であるテトのなにか手助けができないかと考え、閃いたのが、動物たちを使うことだった。森を知り尽くした彼らは、魔物の位置や薬草の自生場所を正確に把握している。うまく指示を出せれば、きっとテトのサポートをしてくれると思ったのだ。


 コーヒーが残り半分以下になったところで、今度はアレッタが質問をする。


「あのヤグウェイっていう半獣人の彼も、冒険者なの?」


「そうだよ。僕より一年先輩」


「ずいぶんとあなたのことを信頼しているみたいだったわ。付き合いは長いのかしら」


「かれこれ十年ぐらいになるかなあ」


 ということは、冒険者になる前からの知り合いだということだ。へえ、と感心するアレッタを、テトはまるで心の奥底を見透かそうとするかのようにじっと見つめた。


「ど、どうしたの」


「なんでだろう。君の口からほかの男の話をされると、すごくもやもやする」


 持っていたカップを落としそうになった。落下は防げたが、心の動揺はなくならない。


「あんまりわたしをからかわないでくれる?」そう言うのが精いっぱいだった。


「僕は、正直な気持ちを言っただけなんだけどな」


 同世代の貴族の子息たちとはまるで違うテトの雰囲気に、アレッタは呑み込まれそうになる。ソルガナンと婚約していたころは、これほど相手の言動に一喜一憂することはなかった。不安に思う一方、心地いいと感じる自分がいることに、アレッタは気づかないふりをした。

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