参(最終話)
東京に戻ると、時折空襲があった。
もちろんそんな中で満足に勉強ができるはずもなく、なんの為に高等学校へ行ったのかわからなくなってしまった。
食べ物も満足になく、それでもまだその頃はいい方だった。
その年の冬、義兄の死亡通知が届いた。
私は、ああやはりなと思いそれを受け取っただけで、実家へは戻らなかった。
きっと確認するのが恐かったのだろう。
先輩が赤紙を受け取ったことで、妹さんの世話を頼まれることになった。
絶対に手を出すんじゃないぞと私にしつこく言い含めて、先輩は戦争に行った。
空襲は日毎に激しくなり、十九年に入るとさすがに命の危険を感じたので妹さんを連れ、一旦郊外に移り住んだ。
そして昭和二十年八月十五日、戦争が終わった。
* *
「ただいま……」
「おかえりなさいませ」
家へ戻ると、妻が姉の手伝いをしていた。私の姿を認めると出迎える言葉の他はただやんわりと微笑むだけで、何も聞こうとはしなかった。
よくできた妻だと思う。いくら長男とはいえ、戦争で志願しなかった私はやはり軟弱者だろう。そう思うと、ひどく妻に申し訳なかった。
ふと、母が見慣れない黒塗りの箱を持って私を手招きした。
「何ですか?」
「いや……お前が帰ってきたら渡そうと思ってな……」
ひどく気まずそうな物言いをされる。もしかして誰かの遺品だろうか。
「開けても?」
母は困ったように頷いた。
箱の中には、沢山の手紙と思しき紙が入っていた。几帳面に畳まれたそれらは義兄を彷彿とさせる。
「失礼します」
紙を手に取り、そっと広げてみると。
「これは……」
それは、義兄が私に宛てて書いた手紙だった。
私は驚いて片端から手に取って広げてみた。
それも、これも。
それらは、全て私に宛てた手紙であったのだ。
「そんな……私は……」
義兄から手紙を貰ったことなど一度としてなかった。けれどそれは確かに、私がこの家を出た年から書かれていた。
繰り返し、繰り返し。
義兄はどんな思いで私の帰省を待っていたのか。
届かなかった想い、届かなかった手紙。なんて叔父と義兄は似通っていたことか。
くやしかった。そしてそれ以上に哀しかった。
義兄を忘れていたわけではない。ただここが、この家が私にとって忌避すべきもののように思われて。
どうして、どうして私たちはこんなにも不器用だったのか。
また頬を生温いものが伝った。そしてそれを拭ってくれたのは、まぎれもなく生きている私の妻だった。
今はただ、この温もりだけが頼りだった。
”もうすぐ梅雨が明けるよ。
今年も暑くなるだろうか”
やっと、貴方に逢いに来ました―
了
是非行間を(恒例)
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