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追憶の夏  作者: 浅葱
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場面が何度も切り替わります。読みづらくてすいません。

 姉に頼まれた茶と、買ってきた土産を持って行くと、義兄(あに)は文机に向かって何か書いているようだった。

「ただいま……」

 そっと声をかけると、義兄は初めて気付いたように慌ててそれを隠した。私は笑った。

「大丈夫ですよ、見たりしませんから。それより、あまり無理しないでください」

 義兄は申し訳なさそうに苦笑した。

「おかえり。いつ帰ってきたんだ?」

「たった今です」

 土産を渡す。

「つまらないものですが……」

 知らず知らずのうちに但し書きのような科白になってしまった。義兄は嬉しそうに口元に笑みを浮かべた。

「大変だったろう」

「いえ……」

 義兄への土産はいつも書物である。義兄は本が好きだった。それは病弱であまり外に出られなかったということが起因していたのだろう。

「土産話はしてくれないのか?」

「ご心配なく。山ほどありますよ」

 元は東京に住んでいた義兄にはなまり(・・・)がない。私にはそれがひどく義兄に似合っていると感じられた。

 年を追うごとに義兄の肌は白くなり、細くなっているように見える。このままでは消えてしまうのではないかと思えるような儚げな笑みを浮かべて。

 それは着々と、義兄に死が近づいている予兆であったのに――


 *  *


 紙と燐寸、そして線香を持って、小高い丘の上へと向かった。

 そこに先祖代々の墓がある。

 墓標には、叔父の名も記されていた。義兄の名は、ない。義母の名は辛うじて確認できた。

 いざ此処へ来てみると、何の感慨も浮かんではこなかった。

 線香に火をつけて置く。

 手を合わせる気にもなれなくて、私はただそこに立ち尽くした。

 骨は此処になくても、叔父は帰ってきたのだろうか?

 義母に想いを寄せていた叔父。どうして叔父は報われぬと知っていながらも義母を想っていたのだろう。

 そして、義兄がそれを知っていたとしたらどう思ったのだろう。

 この丘から、家が見えた。

 無性に義兄に会いたかった。


 *  *


 義兄の部屋を辞して父を探すと自室にいた。

あれ(・・)の顔を見たか」

「はい」

 父は私に背を向けたままでいた。

「もしかすんとな……あれはもう、冬を越せねかもしれん……」

 目の前が真っ暗になった。


 人が死ぬということがどういうことかはわかっていた。物心ついた頃の義母の死を思い出す。

 けれど目の前で微笑んでいた人が物言わぬ肉の塊になってしまうなど、考えてみたこともなかった。

 それが、私にとって大切ともいえる人ならば尚更――


 *  *


 義兄の墓は、本当に墓地の外れにあった。

 血が繋がっていないからと、先祖代々の墓に入れるのを反対した者がいたそうだ。

 うっそうと茂る木々が、そこから見えるはずの景色を妨げていた。

 どうして亡き人にこんなひどい仕打ちができるのだろう。どうして安らかに眠らせてくれないのだろうか。


 あの人は、こんな(ところ)にたった一人で――


 余分に持ってきていた線香に火を付け、先ほどのようにそこへ置いた。そして、義兄が読みたくても読めなかった本も。

「ただ今戻りました……遅れて、すいません」

 ああこんなことなら、どうしてもっと早く帰ってこなかったのだ。この人はずっと一人きりであったのに。

 けれど。

 認めたくなかったのだ。冷たい大人たちの中で、たった一人私の面倒を看てくれていた優しい義兄の死を。

 私は――

 ガサッ

 不意に草を掻き分けるような音がして、顔を上げた。

 そこには。

「義兄さ……っ!?」

 うっそうと茂る木々の間で、義兄がはんなりと笑んでいた。

 それはしかし、ほんの一瞬のことで。

 頬を温いものが伝って、私にはそれが何なのかわかりすぎるほどわかっていたけれど、どうすることも。


 *  *


 三日程滞在して、東京へ戻った。

 最後に義兄に挨拶に行くと、ほんの少し悲しそうな表情をされた。

「また、来年も来ますから」

(貴方が生きていたならば)

 義兄は悲し気な笑みを浮かべた。

「そうだな……」

 その呟きは言外に、もう会えないということを示唆しているようで。

 戸外まで両親と叔父が見送ってくれた。

「もう、これで最後になるやもしれねから」

 叔父はそう言って、蕎麦を持たせてくれた。

「帰ったらすぐ食うんだぞ」

「はい、叔父さんもお元気で」

 そうしてそれが、予感はあれど叔父と義兄を見る最後とは知らずに。

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