屍生島奇譚 突撃 漁港
このような無線はすぐに通じない。これも定番の一つですよね。いざというときこれを使うのは非常に難しいです。私もこのような目にあったことは無いので想像で描いています。
礼輔が駆けつけると、佐伯が先まで握っていた斧を振り回して、周辺の感染者を撃退している。感染者は赤色の紋様を不気味に浮かび上がらせて生徒が乗っているトラックの荷台にゆっくり接近している。生徒が危ないと思った礼輔は拳銃を構えて、トラックに乗り込もうとする数人を迷いも無く打ち殺す。生徒にトラックから離れるなと命じ、更に数人の感染者を銃殺する。乾いた音が数回鳴り響く。しかし、直ぐに弾丸は切れてしまった。替え玉を素早く装填し、此方に向かってきている感染者に銃を構える。佐伯が戦っている方はまだ片付いていないようだった。佐伯が斧を振ると感染者はそれを避けて生徒の方に向かおうとする。知能が残っているのか、それとも斧にはかなわない事を察する本能かは解らないが、動きは非常に俊敏で且つ合理的だ。
礼輔は警棒に持ち替えて急いでそちらに向かう。
「佐伯君、そこまで徹底しなくてもいいから、粗方片付いたのを見計らって荷台に乗ってくれ、敵は此処の島民全員と考えた方が良いかもしれない。もう警官もやられていた。」
感染者の攻撃をするりと躱すと佐伯は相手の頭に斧の刀身を振り下ろし、両断した。礼輔も続けて相手の腹部や頭部を渾身の力で蹴り飛ばし、警棒で殴る。攻撃の雨が止んだ一瞬を見逃さなかった二人は直ぐに軽トラックに乗り込んだ。しかし、運転席に乗り込もうとする感染者がもうドアの近くまで寄って来ていた。
「どけぇ。」
今まで出したことも無いような声を出し、礼輔はそれを力強く殴り飛ばす。感染者は礼輔に気付いて上手く攻撃を躱すと、血塗れの口を大きく開いて、唾を吐き飛ばしてきた。これを吸えば感染すると礼輔は思った。反射的に攻撃を避けると、猟銃の安全レバーを解除し、感染者の体を打ち抜いた。人間の体をした化物の肉片が爆散する。思ったよりも威力が高い。
「葉山君、早く、次の群れが近付いてきたら、まずい。」
「解っている。」
礼輔は乱暴に答えると、悲鳴を上げる軽トラックのエンジンを強引に加速させる。もう今にも壊れそうな音を出しているが、いま労わるべきは車のエンジンではなく、自分達の身体だ。トラックでさらに数体を轢殺した礼輔は漁港の方向へと急いだ。前に聞いた佐伯の家も其処に近い筈だ。カーブも減速すること無く曲がるので、途中生徒が遠心力に放り出されそうになるが、佐伯が必死で押さえていた。
漁港の停船所の付近に着くと車が進めない地形があった。少し前に関係者通路を曲がっておけば漁港の中まで車で進めることが出来たが、焦っている上に此処に来て一か月の礼輔にその発想は無かった。漁港の桟橋の段差で全員に降りるよう指示し、軽トラックを直ぐに発射できる地点に停めておく。
佐伯は此処で実家の方面に向かうと言った。死なないようにと繰り返し言うと、佐伯は無言で微笑んでサムアップを出した。礼輔は笑い返さなかった。正確には笑い返せなかった。
「さっきは皆を守ってくれて有難う。」
そう声を掛けると、
「葉山君、俺も一応教師だぞ。そして君もな。頑張れ...」
と帰ってきた。心なしか顔が青白いが、彼は笑顔を顔に湛えている。
「必ず生きて戻って来いよ。」
礼輔は小声で言うと、猟銃の一本を渡す。佐伯は生徒にじゃあな、皆と一声かけると手を振りながら走り出した。
礼輔は生徒の方を振り返ると、血に塗れた顔を左手で拭い、こう言った。
「もうここに戻る事は無いかもしれない。でも皆には生きて帰る義務がある。俺には生きて返す義務がある。必ず守ってやるから、絶対に俺から離れるな。」
「葉山先生、もう家には帰れないの?」
この生徒の質問にどう答えればいいのか礼輔は咄嗟に言葉が浮かばなかった。
「ああ、そうなるだろうな。けど、安心しろ。家は命さえあれば何回だって作り直せる。ただ、命は一度無くせばもう取り戻せない。それを考える事すらできなくなる。だから、俺にとってはお前らの家やこの島よりお前ら自身の命の方が遥かに重い。」
礼輔は行くぞと合図を出すと、漁港の奥の方にある防災基地に走った。動けなそうになっている子供は礼輔が背負った。彼自身も其処まで体力のある方ではないのでこの作業は辛かったが、辛さを感じる暇さえ与えないほど脳も体も激しく機動していた。
少し、一話一話が長いですか?もう少し短い方が良いとも考えるのですが。
何はともあれ今回もお付き合い頂き有り難う御座いました。