屍生島奇譚 道程 車庫
毎回、実車の固有名詞を入れてしまうのですが、止めた方が良いですか?これは私の趣味ですが、妙に機械というものに名前を付けたくなるのです。
礼輔は心を鬼に、それもこの正体不明の病を理由に、幼い命を奪い尽くす殺人鬼に変えなければならなかった。敦厚で子供が好きな礼輔にはあまりに残酷で苦しい選択だった。斧を振り下ろし、一人、また一人と子供の頭を叩き割らなければならない。棘の生えた鎖に心を束縛されるような感覚が礼輔の脳に戸惑いを生む。この様な事をして自分は教師、いや、人間さえも失格してしまうのではないだろうか。もしもこれが明るみになれば自分はどの位の罪を背負うのか。
しかし、今は生きている生徒と佐伯と自分が最優先だった。合理的である事がここまで残酷なのは今日が初めてかもしれない。実際は給食が始まってからまだ一時間しか経っていないが、礼輔にとって、この一時間は地獄への暗転だった。血に塗れた斧を振り回す自分が窓硝子への反射で見えた。もう五人殺したのかと此処で思った。これを後ろで待つ彼等彼女等が見ればどう思うだろう。抑々見られないかもしれない。あまりに怖くて、自分から逃げ出すのではないか。そんな不安が脳裏に過った。
周囲に病魔に侵された子供が見えなくなると、死体を裏側にあるゴミ捨て用のカーゴに放り投げた。自分と斧の血の跡は全く拭えなかったが、それはこの後も付くかもしれないと諦めた。
礼輔は自分の心に傷を負う作業を終えた。そして、佐伯と子供達を迎えて、自分が掃除した道を歩いた。 校舎の裏側の茂みを迂回して、車庫の表口に忍びこむと、先程の軽トラックを起動させる。これ以外にも車はあるのだが、校長や教頭、金沢の物なので、鍵が校長室或いは職員室にある。今鍵を持っているのは先程まで運転していたおんぼろサンバーだけである。汚らしい排気ガスを吹き出して、唸り声の様なエンジン音を出す。
子供達と佐伯を後ろの荷台に乗せて、車庫の表口を開けると、数人の子供達が雪崩れ込む。当然全員が感染者である。
どうするべきか一瞬迷ったが、礼輔は直ぐに消火器を手に取って、相手を怯ませる。一人を投げ飛ばし、消火器を投げつけると、サンバーの運転席に乗り込んで、サイドブレーキを解除し、ギアをシフトした。
「いいか、皆、しっかり掴まっていろ。」
後ろの荷台に乗り込んだ生徒5人と教師1人に呼びかけると、アクセルを強く踏み込み、トラックで前に突進する。凄まじい音を立ててエンジンが回転するのが運転席にも伝わる。人の体を引いた衝撃で後ろに乗せた誰かが落ちたのではないかと不安になったが、この時、後ろ振り向く余裕は物理的にも精神的にも無い。奇病に冒された子供達を轢殺する自分を生存している子供達に見せたくないのが本音だが、それに構っている暇はない。
猛スピードで車庫がある裏庭の通路を抜けて校庭の端にある道に出る。このまま直進すれば校庭だが、感染者が大量に闊歩する地獄絵図を見てハンドルを一気に切り返す。本当に感染スピードが凄まじい。このままだと居住区の方に出るが其処までに若干の峠道の様な所がある。
「皆、大丈夫か?」
礼輔の声に子供達数人と佐伯の声が返答する。一先ず脱出は完了したが、この先どうすればよい物か途方に暮れた。あのペースだともう居住区にもこの病原体が蔓延しているかもしれない。もしそうならこの先どこに行けばよいのか、この子供達を自分と佐伯はどのようにすればよいのか。礼輔は先が真っ暗である事に気付いている。子供達には自分の疲労を見せたくないが、そろそろ顔に出てきてしまう。
礼輔が軽トラックで向かった先はマンションの自室である。一先ず此処以外は病に冒された人間が侵入するかもしれない。ここでずっと籠城する事も出来ないが、どうにか食事と休息はとれそうなので、此処で状況を整理し、もう一度此処からの脱出と生存の方法を考える。軽トラックは部屋から直接乗り込める位置に停車させた。これもこの部屋が襲撃されたことに備えての事である。玄関の鍵を開けるとき奇妙な予感がした。もうこの島は、このマンションの自室は、自分の居場所ではないのかと。今日明日にそうなってしまう時が訪れるのではないか。眩暈が礼輔を襲った。精神も身体も気付けば物凄く疲労していた。
今回もお付き合い頂き有り難う御座いました。人間ドラマと戦闘及び行動の比率がどうも調整し辛く、ここは書くとき悩みました。次回も結構苦しんでいます。