屍生島奇譚 脱出 裏庭
いつもは書けるときと書けない時がリアルの影響で不定のため、この形の投稿の方が向いているのかもしれません。今後もこの形を取ろうかと検討しています。
「待て、何をする積りだ?」
突然理科室から出て行こうとする礼輔を佐伯は呼び止めた。
「することは一つしかない、まだ感染していない生徒を全力で救う。」
礼輔には何も解らなかった。死者が蘇生して他者を攻撃する理由、そのシステムも動機も、想像すらつかない。だが、今自分がすべきことは何一つ先が見えないこの状況の中でも明確だった。
「さっき避難させたって言った場所は?」
佐伯は答えるまでに数秒かかった。此処で彼が何を考えていたのかは礼輔には解らない。もしかしたら礼輔に行動を諦めて欲しかったのかもしれない。
「俺も行く。一応、教師だしな。」
佐伯は未感染者は移動しているという可能性を示唆したが、礼輔は先ずは其処で確かめるのが先決だと言った。
「なら、先に向かうべきは裏側の倉庫だな。一旦は其処に避難させた。でも、どうやって行く?」
もしかしたら、他の感染者にも赤い模様が現れ始めているかもしれない。そうなれば発狂した怪人と成り果てた生徒及び関係者と戦う事は不可避である。佐伯は此処は単純に最短ルートを選ぼうと言ったが、礼輔は慎重だった。戦う事は少しでも避けた方が良いと、一階と二階の間の踊り場からそこの真下にある倉庫の屋根に飛び移る方法を考案した。怪我するほどの高さでもなければ、踏み外すほど遠くも無い。そして一階にいる感染者に見つかる可能性が極めて低い。これは妙案ではないだろうかと佐伯に紹介すると、彼も頷いた。
倉庫に辿り着くのに苦労することは無かった。二人が若い事もあるが、階段の踊り場で誰にも見つからなかったことが幸いした。器用に屋根から飛び降りると、倉庫の中に数人の生徒が蹲っているのが見えた。
「先生、何か、外、騒がしくない?」
小4の彼女は外で起きている事など知る由もない。
「大丈夫だ。ただ、少しまずい事になったのも本当だ。逃げよう、良いね?」
佐伯は落ち着いた調子を取り繕ってそう答えてあげた。
「葉山先生、何か隠しているでしょ。俺さっき先生が逃げようって言っていたの聞いたよ。」
察しが良い子供だと感心している場合ではなかった。事実を伝えるべきか礼輔と佐伯は迷った。子供とは言え、状況が飲み込めるくらいにはなっているだろう小4が2人、小6が3人と年上が多めの未感染者の構成からすれば、少なくとも半数以上は簡単な状況説明で自分の置かれている危機的状況が理解できるだろう。これでは不必要にパニックを招くかもしれない。
「伝えよう、葉山君、もうこれ以上誤魔化せない。それに長期戦になることは必須だと思う。」
「う...うん。」
礼輔は頷くしかなかった。穏やかな口調と真剣な顔で先程までの事情を説明する佐伯を礼輔は初めて先生らしいと感じた。彼等彼女等は嘘みたいな一連の事象を黙って聞いていた。最後に佐伯と礼輔はこれから自分達が未感染者をつれて逃げようとしている事を告げた。すると、生徒達の表情が変わった。顔が激しく歪んでいるのが解る。悲しいのだろうか、それとも怖いのだろうか。そのどちらでも泣きたいのと叫びたいのを必死で我慢している事に変わりは無かった。心を締め付けられるように礼輔は形の無い痛みを感じた。なけなしの友達を喪失することをこの島の子供たちは体験しなければならなかった。それは礼輔自身も同じだった。先程まで共に笑い合っていた全てが目の前で失われていく。そして自我を喪失し、狂暴化したそれらが自分達を襲う。失われた笑顔も日常も凡てもう元には戻らなかった。それは教師としても島民としても辛い事だった。
涙を必死で我慢した跡が顔に残っている生徒たちを礼輔と佐伯は倉庫から連れ出して、移動を始めた。次に向かうべき場所は裏庭の倉庫である。置いてある車を使えば居住区や漁港に行けるかもしれない。此処は裏庭に隣接した倉庫だが、西側にある為、東側に行くのに少し時間が掛かる。裏庭には感染者と思しき人影が数体確認できた。今は発見されずに済んだが、此処を進むときにばれずに行くのは無理そうである。此処は戦闘になることを覚悟しなければならない。佐伯に子供たちの保護を頼むと、礼輔は先程の倉庫から取り出してきた大きな斧を持って忍び寄る。感染者であることは明確であった。もう真っ赤な発疹が顔を覆っている。不気味に充血した目が此方に向く。
「クク...ふぅ。あああっああ」
よく解らない呻きで舌を廻す子供の異形に心は怯み切っていた。しかし、体はもう後に引かなかった。
「先生、殺して、先生も仲間にする。仲間にして...」
「!!!」
喋る事が出来るとは驚きだった。はっきりと先生を殺すとこの少年は言った。やはりこの感染症で発狂した人間は単純なゾンビではないらしい。これを何と名付けていいかは解らないが、意志が奪われた状態で何が精神を統一しているのだろうか。いや、実際は統一ではなく、この感染症に支配されているのかもしれない。しかし、明白なのは未感染者を襲撃するそれらの怪物、人間であった彼等と礼輔は未感染者を守るために戦い、そして殺さければならないということである。
走って襲ってくる赤い斑点に蝕まれた子供に礼輔は斧を振りかざす。風を切るように縦に頭を打つ、というよりも両断された。守られることも無く頭は切断され、諸々の液体が混合した何かが噴き出した。更に悪い事には、他の感染者の子供達もこの音に気付いてしまった。このまま礼輔が後ろに引けば、後ろに待機している子供達に発狂したクラスメートを見せてしまう事になる。そしてそれを殺そうとする自分の姿も見せてしまう。それはあまりにも酷な事だ。礼輔は此処で全員と戦わなければならない状況にまで追い込まれた。
今回もお付き合い頂き有り難う御座いました。他愛も無い雑談ですが、学校の作りって各校によって結構違いますよね。私はそれが面白いと思います。