屍生島奇譚 避難 校内②
戦闘が多いゲームや探索が多いミステリとの告示を避けるために概要と流れを三人称形式で書いたのですが、かえって緊迫感が薄れたかもしれませんね。ちょっと後悔していますが、次回に生かすとしましょう。
赤色の斑点が浮かび上がった死んだはずの生徒がゆっくりと起き上がる。死んだかのように動か鳴った先ほどとは打って変わって虚ろな顔で動き始める。
「おかしい。」
「葉山君、皆、離れるんだ。」
佐伯の焦りと動揺が自分の体にも伝わる。佐伯も今までに例のないこの事態に慌てているのだろう。その時、更に驚くべきことが起きた。
「吉川、おい、どうした?」
少し距離を保ちながらも佐伯はその生徒に話しかける。応答は無かった。喉に異物が詰まっていて、発声出来ないのだろう。
「皆、吉川から離れておけ。」
佐伯は何とか取り戻した冷静さ、いや、不安を掻き消す勇気を振り絞ってこう叫ぶ。吉川は虚ろな目でゆっくりと佐伯と礼輔に向かって歩き始める。ホラーゲームに出てくるゾンビの様に見えたが、実際はもっとしっかりとした足取りだ。ただ、それが普通の生者と違うのは明らかだった。他の生徒も彼から離れていく。
その時、吉川は自分の唇を掴み、大量に吐き出した。汚らしく液体と固体の混合物が吐かれる。ぶちまけられたそれが発する異臭に礼輔は思わず鼻を摘まんだ。そして、吉川は顔を上げる。完全に充血して、目を真っ赤に染めている。口の辺りは汚らしく汚れていたが、それを拭う動作は見られない。肌に浮かび上がった赤い斑点が顔の辺りにも表れて、腫れ、膨れていく。その形相は人間の外皮を纏った人外を思わせた。
「止まれ!吉川。」
佐伯の声も聴かずに吉川は歩き続ける。異様な光景に誰もが目を見開く。死者の蘇生などホラーゲームや下手なSFだけの話に決まっている。では今目の前に居るそれは何だ?そんな疑問が頭の中で起こる。礼輔はもう冷静で居られなかった。元々焦ってはいたが、それを制御する人間的な箍が外れ、恐怖と混乱のあまりに逃げ出した。咄嗟に佐伯の手を掴む。目の前の異変を起こしたの生徒に単純で本能的な恐ろしさを感じた。身体が勝手に動くどころか、脳までもその感情に支配されそうになった。
「葉山君、何故逃げる?」
佐伯は焦りながらもまだ踏み止まろうと必死で己の中で制御を利かせている。
「佐伯君、君はあれを見て冷静で居られるのか?あれは化物だぞ。人が生き返った、そんなの俺も信じたくないけど、あれが正気の人間であるとも思えない。逃げるぞ。」
そして佐伯の冷静さも崩壊させる事態がこのあと起きる。
先程まで苦しそうに喉を掻き毟っていた生徒の一人が動きを停止させ、覆っていた顔から手を外す。その顔には不気味な程に濃く浮かび上がる芥子の紋様と赤く充血させた目。血で濡れた口を拭うと、此方を睨めつける。悪魔的な双眸に思わず二人は震え上がる。
「あ、相沢...」
佐伯がその生徒の名前を呼ぶ。しかし、吉川同様返事も反応も無い。それどころか、此方に向かって走り始めた。同じタイミングで吉川も佐伯と礼輔を目掛けて走り始めた。
「ヤバい、速く。」
何が速くなのか発言した礼輔もよく解らなかった。ただ、自分の中に眠る危機察知能力がそう叫び、そう叫べと命じたのだ。佐伯は二人が襲い来るのを見てやっと逃げる気になったらしい。
「あ、ああ。」
しかし、そのタイミングがあまりに遅かった。吉川に背中を掴まれ、動きを止められる。其処に突進してきた相沢が殴りかかる。これはボクシングなどで行われる人間の理知的な殴り方ではない。もっと怪物染みた無計画に相手を殺す事を考えた殴り方だ。佐伯は体重のある吉川を思い切り投げ飛ばし、相沢に渾身のキックを繰り出す。相沢の口からは緋色の液体と唾液が噴き出す。身体が怯んだのか、一瞬動きが止まるが、直ぐに佐伯に殴り返そうと再び走り始める。
「止めろ、来るな!」
そう叫ぶと、佐伯は同じキックを繰り出す。今度は上手く相手の弱点にヒットしなかったのか怯む事無くやってきた。それを上手く躱すと、近くまでやってきていた吉川を遠くに殴り飛ばす。
「逃げるぞ。」
先程まで踏み止まろうとしていた自分を忘れ、佐伯は礼輔について来いという意味の合図を出した。礼輔は直ぐに佐伯の後に続く。佐伯は思い切りジャンプすると、二回の雨樋を掴み、上り棒の様にそれを伝って登っていく。これ程まで器用で素早い動きが、喫煙者である佐伯に出来るとは、礼輔にとっては意外だった。 渾身の脚力を振り絞ると、雨樋に手を掛けて懸垂の要領で上に上る。先に上がっていた佐伯が手を差し出す。その手を握るとベランダに一気に引き上げられた。
「凄い力だな。」
思わず、賞賛すると、佐伯は若干息の切れた声で
「火事場の馬鹿力って奴だな。それよりまだやる事がある。急ぐぞ。」
とだけ答えた。
雨樋の汚れが着いた手を払うと二人はベランダから理科室に入り込む。幸い先程の理科の授業で窓を開放しておいたのが役に立った。当然自分達が入った後は二重に鍵を掛けたが。理科室にある道具を把握していた礼輔は先程の暴徒化した生徒たちと戦う事を予想して、戦闘に使えそうなものを用意する。一方佐伯は普段はあまり此処に出入りしないので、礼輔に自分のすべきことを聞いた。
「じゃあ、其処に引き出しが幾つかあるんだけど、何か武器になる物が入っていない?」
そう曖昧に答えると、礼輔は自分のポケットの中を探り、準備室の鍵を開ける。準備室と理科室は繋がっているので、二人の声は届き合う状態であった。
佐伯は消火器と物理の実験で使われるハンマーと鋏を取り出し、礼輔は薬品庫の暗証番号を入力し、使える薬品を探した。しかし、目ぼしい物は無かった。此処が設備が不十分なのもあるが、何せ小学校なので、硫酸やリン酸を置くことは出来ない。塩酸が一番強い薬品だったが、此れでは相手の動きを封じるほどの攻撃をすることが出来ない。しかし、閉まってある包丁と此処にも設置されている消火器は役に立ちそうだった。もっと大きな刃物は裏の倉庫か、図工技術室の倉庫にあるだろう。これ以上強い薬品がある事を期待して養護教諭を兼任する佐伯に保健室の事を聞いたが、芳しい答えは無かった。第一そこに辿り着くまでが大変である。もしかしたら他の感染者も人間を次々に襲う怪物に成り果ててしまったかもしれないのだ。しかし、この時礼輔の中で答えは決まっていた。
「必ず、救って見せる。」
今回もお付き合い頂き有り難う御座いました。