屍生島奇譚 侵入 基地②
タイトルは統一させようと毎回考えるのですが、かえって不自然かも知れないですね。次回作ではもう少し工夫したいなと考えています。
時刻は午後4時を迎えた。全員を信号灯の発射スイッチのある机の周りに集めた。
「皆、準備出来たみたいだな。」
礼輔が声を掛けると各々は消耗しきった声で応えた。
「此処でもう一回食事を取ろうか。」
見張りが辺りに人影が確認できないという事を報告したことを受けての判断だった。
「取り出してきた非常食を分配してくれ。一応助けを呼んだけど、もしもの事を考えて、少し残しておいてね。」
礼輔は非常食に何かが混入してないか、また感染者が噛んだ後が無いかを細かくチャックした。感染者は単純なゾンビと違って、知能や理性が残っている。自分の仲間を増殖させるために多少手の込んだことをしていてもおかしくないという事だ。礼輔はその分敏感で冷静になっていた。あのウイルスかも解らないような奇妙な病気に体を冒されることだけはどうしても避けなければならなかった。
「よし、大丈夫そうだな。頂きます。」
このような時も食事は体に優しかった。特に度重なる逃避行や戦闘で消耗しきっていた彼らにとっては癒しでもあった。
「皆、きちんと食べろよ。」
考えれば礼輔の家の食事は少なすぎた。防災倉庫の食品はカロリーが高めだが、それが今は助かっている。ただ、幸いなのは非常用のグッズをいくらか持ってこれたことだ。自己中心的だと思いつつも、着替えも用意してきた。この島はもう壊滅だと、礼輔は何となく予測していた。今の所未感染なのは自分たちだけではないか。薄々気付いていた。
礼輔はこの後の行動の概要を生徒に対して大雑把に説明した。
「食べながらでいいからよく聞いてくれ。この後此処を出ていく。そして先の軽トラックに乗って港の東側の大きな停泊所の方に行く。其処でさっき無線で連絡した人達と合流する。此処に来た時と同じように俺にちゃんとついてこいよ。軽トラックの中のガソリンははっきり言って自信が無い。ただ、それほどの距離でもないから切れたらまたそこから歩きになるな。」
詳細な作戦を立てる事は難しかったが、無線では15分で南停泊所に救援が来るのだから、其処まで厳しくはない。
出発の直前、生徒の一人がトイレに行くと言った。トイレは先程点検して感染者が居なかったので、礼輔はこれを許可した。しかし、これが思いもよらない事態を招く。それが判明したのは数分後に防災基地内に響き渡った悲鳴で分かった。礼輔は焦った。先程まで誰も居なかったトイレで何が起きたというのだ。
「いいか、お前ら待っていろ。」
礼輔は生徒たちに指示すると、直ぐにトイレのドアを開き、中の状態を確認した。
「どうした?」
礼輔はしまったと思った。しかし、全ては後の祭りであった。上の方に取り付けられていて、普通に入っただけでは見えにくい換気用の窓がこの建物の裏側の通路と繋がっていたのだ。其処から感染者が3人侵入してきている。そして、先程の生徒は見るも無残な姿に変わり果てている。感染者のうちの一人が大型の刃物を持っていたらしく、それで喉元を引き裂いたのだろう。辺りには白いトイレの壁を深紅に染め上げる鮮血が巻き散っている。
「てめぇ...」
礼輔は怒り狂った。猟銃を構えて安全レバーを引き、二体同時に脳天を打ち抜いた。しかし、肝心の刃物男の方が生き残っている。
「まだなっていないようだな。此処に隠れていれば安全とでも思ったか。」
不気味な声と覚束ない日本語でその化物と化した人間は喋る。気持ち悪い事この上なかった。真っ赤に充血した目と血と吐瀉物に汚れた顔で此方に近付く。大きな刃物を持って此方に近付いてくるのを上手くカウンターすると、礼輔はすぐに感染者の胸に強烈なパンチを入れ、刃物を奪い取り、体を二回切り裂いた。
怯んだ隙を逃さず、更に追撃を加え、相手の喉笛に横向きの一文字を入れた。綺麗に赤い線が入り、完全に息絶えた。
礼輔は既に息絶えた生徒の死に顔を見つめた。悔しさに下唇をきつく噛むと自分の血が流れ出た。
「先生...」
「皆、女子トイレの方も確認してきてくれ。同じ構造の窓があるだろう。」
「解りました...」
礼輔は男子トイレ側の窓を閉め、静かにトイレを後にした。時計の針を見ると予定の時刻が近付いている。
「皆、もう行くぞ。」
礼輔は悲しみを見せる事も死体を晒す事もしなかった。これ以上生徒を亡くすわけにはいかない。自分の不注意で一人亡くなったことは残念だが、此処で涙や不満を漏らせば、今生きている生徒に不安がらせてしまう。なんとしても残った子供は帰さなければならない。それを胸に誓うと、礼輔と子供達は基地の外へ踏み出した。
三人称と一人称はどちらの方が人気が高いのでしょう。私はあまり読書をしないので、詳しい事は分からないのですが。
今回もお付き合い頂き有り難う御座いました。