少女の家へ
森を出たハルキは先を行くミエルに着いていきタール村に入った。
そこまで栄えている訳ではないが、貧しいわけではない、自然豊かでとても良い雰囲気の村だった。
だが、村に入ろうと入り口に向かうと、そこにいた見張りがこちらを――正確にはミエルを見つけると明らかに動揺した様子で目を逸らした。
その様子に行動に疑問を覚えつつも村に入ると、その疑問はさらに大きくなった。
村にいる人々が全員ミエルを見ると目を逸らして避けるのだ。
その表情には恐怖や畏怖の表情が浮かんでいた。
その表情を向けられているミエルを見ると、一見特に気にしていないように見えるが、その表情の奥には悲しさが浮かんでいるような気がした。
そんな居心地の悪い村を、ハルキとミエルは進んでいくのだった。
「着いた。ここよ」
着いたのはかなり巨大な家、と表現して足りるのかと思えるほどの大きさだった。
細かい所まできちんと手入れがされていて、1つの芸術品と言っても過言ではない程の建物だ。
思わずスケッチブックに手を伸ばしかけたハルキは悪くないはずだ。
そんな見た目なだけあって、ハルキは本当に入ってもいいのかと思ってしまった。
入った瞬間侵入者として打ち首にされそうなのだが。
「お嬢様」
そんなことを考えていると、どこからかそんな声が聞こえてきた。
「あ、やば……」
「お嬢様。勝手に外に行くなと何度言ったら分かるのですか」
そう言ってズカズカと近寄ってくるのに対し、全く足音を鳴らさないという芸当をしているのは、メイド服姿の若い女性だった。
1つに結んだ茶色い髪をたなびかせて、青い眼に力強い視線を込めながら近寄ってくる様は、ある種の恐怖を煽られる気がした。
「だ、だって、ずっと勉強なんてつまらないんだもん。ちょっとくらい外に出たって良いじゃない」
「その言い訳何回目ですか。お嬢様の場合はちょっとではないのです」
ハルキをほったらかして2人で口論を始めてしまった。
ミエルが予想以上に長く外にいてしまったのはハルキのせいでもあるのだから、一応ミエルの援護をした方が良いのだろう。
が、女性の言っていることは全て正論だし、そもそもミエルが外に出たこと自体を怒っているようなので、直接的にはなんの関係もないハルキが何か言ったところで、火に油を注ぐようなものだ。
そう思い口出しできず、そのまま口論は10分程続いた。
結果は言うまでもなかったかもしれないが、ミエルの惨敗であった。
「全く、これからは行動を慎んでください」
「はい……」
ミエルはつい10分前まで凛としていたのに、怒られた末に涙目になってしまったのだが、メイド服の女性は意にも介していなかった。
おそらくこれも日常茶飯事なのだろう。
それはつまり、ミエルは毎回毎回抜け出しているということになるのだが。
「……ところで、そちらの方は?」
ここでメイド服の女性はやっとハルキに気づいたようだった。
こちらを見るその眼には、もう先程の迫力は込められていなかった。
「…………?」
しかし、女性と眼が合った時に全身に何かが走ったような違和感が襲った。
そんなハルキの様子を見て少し眼を見開いている女性に聞こうとしたが、その前にミエルが泣き止んでこちらに来たので、結局聞くことはできなかった。
「あ、そうだ、そのために戻ってきたんだった」
というかミエルにまで忘れられる始末だった。
忘れてしまうほどミエルは怒られるのが怖かったのだろうと思わず苦笑してしまうハルキであった。
「あのね、ハルキって名前なんだけどね、私が森に行ったらいたから連れてきちゃったのよ」
「……申し訳ありませんが、お嬢様の言っていることが全く理解できないので、貴方から説明していただいてもよろしいですか?」
女性がため息をつきながらハルキに言ってきたので、ハルキは同じくため息をつきながら説明をした。
ハルキが森に来てしまったことから、ミエルに連れてこられたところまで、できるだけ簡潔に説明した。
幸い、女性はハルキの説明は理解できたようで、少し難しい顔をしながらハルキを見つめていた。
「異世界人、ですか。確かに黒髪ですが……なにか異世界人の証拠などはありますか?」
「証拠、か……」
なにかあるかと脳内で持ち物を思い浮かべた。
思い浮かべていると、あるものを持っていると思い出したので、ハルキはショルダーバッグからそれを出して女性に渡した。
「これは、なんでしょうか?」
「鉄の板?」
2人はいろんな角度からそれを見ているが、それが何かは分からないようだ。
「あっちの世界では携帯電話と言ってな、遠くの人と会話できるんだ。まあ、さすがに世界を越えては会話できないが」
「遠くと会話する魔法は高等魔法に属するはず。それをこんな小さなまな板でできるというのですか?」
「へえ、異世界は凄い技術があるのね」
2人は驚いた様子で手元の携帯電話を突っついたり振ったりした後、ハルキに携帯電話を返した。
そんな様子を見ながら、ハルキは気になったことを2人に訊ねた。
「なあ、この世界には魔法があるのか?」
すると、2人は先程より更に驚いて、ハルキを見た。
……なんか悪いことを言ってしまっただろうか。
「え?あるもなにも……まさか、貴方の住んでいた世界には魔法が無いというのですか?こんな技術を持っているのに?」
珍しく物凄い勢いで迫ってきた女性の、そのあまりの迫力にハルキは戸惑いながらも頷いた。
すると、女性は険しい顔をして黙りこんでしまったが、すぐに険しい顔から普通の顔に戻ってハルキを見た。
「……どうやら異世界人で間違いないようですね。申し遅れました。私、ダランベール家の養子でありメイドを勤めております、ソフィア・ダランベールと申します。以後お見知りおきを」
「……ハルキ・アズマヤだ。こちらこそよろしく頼む」
その様子に違和感を覚えたハルキであったが、あまり無闇に突っ込んでも仕方がないと判断したのだろう。
特に何か言うことはしなかった。