別に異世界でも構わない
「……どこだここ」
春樹が目を開けるとそこは学校の屋上で見た風景とは明らかに異なっていた。
周りは青い木が生い茂っており、あちこちに赤色の蔦が血管のように絡まっていた。
そのなかでも一番大きい大樹は空を覆い尽くして空が全く見えない。
聞こえてくるのは、葉の擦れ合う音と、今までに聞いたことのないような動物の叫び声。
今までに自分が見てきた木々の光景とは大きく異なっていた。
「……ふむ」
普通はこんな非現実的な場所に放り出されたら、発狂してしまいかねないのだが、春樹は別にいつもと変わらない様子で周りの状況確認をした。
ここはさっきまでいた屋上とは全く別の場所であることは間違いないだろう。
自分の周りを見渡すと足下には寝る前に屋上に投げ出していたスケッチブックと鉛筆。それから、絵を描くために必要な物が入っている自分のショルダーバッグが落ちていた。
拾い上げて見た限りだと、損傷は特に無い。
だが、自分の足下にばらまかれた自分の所有物の配置には見覚えがあった。
屋上に置いておいた位置と全く同じなのだ。
スケッチブックと鉛筆は先程まで使っていたから自分の近くに。
ショルダーバッグは絵を描くのに少し邪魔になるから自分とは遠くに。
この配置はまるで、屋上にいた自分がそのままここに来たかのようだった。
仮にそうだとしてなぜ自分は寝ていたはずなのにこんな場所にいるのか。
自分で来たというのは論外だ。
春樹は寝ていたというのもあるが、そもそもここがどこなのかすら分からないのだ。
しかも、見渡す限りは森ばかりで、人工物は全く見当たらない。
そんな場所に歩いて来られる訳がない。
夢だという考えもあるが、こんなリアルな夢はそうそう見れるものではないため、没。
誘拐もまずないだろう。
自分で言うのもなんだが、こんな明らかに近所ではない場所まで連れてこられたのに全く起きないということはさすがにあり得ない。
あり得そうな可能性を消していって、最後に残ったのは一番非現実的で、なおかつ一番あり得そうな可能性だった。
自分は全く動いていない。
なのに自分と自分の荷物は知らない場所にいた。
歩いて来られるような場所ではない。
となれば、
(……転移してきた異世界、とかな)
ふと思いついたそんな可能性はなんだか心にしっくりときた。
「……まあ、いいか別に。なんでも」
そこまで考えたが、春樹は思考をバッサリ切った。
別に困らないのだ。知らない場所でも異世界でも。
もう自分はあの世界に思い入れなんてないのだから。
生きる価値などもうほとんど無かったのだから。
逆にそれは好都合だ。
今までに見たことのないようなものを見て、描くことが出来るのだから。
「……それは、最高だな」
春樹は、珍しく少し笑っていた。