女のヴァイタミン
<01−バツイチ真弥、多摩川の土手で愚痴る>
年甲斐もなく・・・は余計なお世話だよ!!
シルバーのラインが3本入ったショッキングピンクのジャージが、38歳のバツイチ女には似合わないって事ぐらい、私にだって分かっているんだから。
背中にくっついている<ラインストーンの大きなLOVEの文字>が、かなり恥ずかしいっていうのも知ってる。
だから、恥ずかしついでに赤いハイビスカス柄のウォーキングシューズを履いてみたのさ!!
バラエティー番組の罰ゲームみたいな格好で、多摩川のサイクリングロードなんかを歩いていたら、脳天気なヤツだと思われても仕方がないよね。
でもさ、着ている物で人の事を判断しないで欲しいなぁ。
悩みなんて無さそうに見えるかもしれないけれど、心の中はグジャグジャなんだから!
女もね・・38にもなるとさ、色んな問題を抱えているものなのよ。
私、今年38歳だから、あと2年で40・・うわぁ〜40歳っていうと完全におばさんだね!・・2年?・・あと2年でなっちゃうんだぁ〜「完全なおばさん」ってヤツに・・。
違う、違うってば・・そういう事で悩んでいる訳じゃないのよ。
40になるのは嬉しい事ではないけれど、仕方ないもんね。
それじゃぁ、離婚した事を悩んでいるのかって?・・そうとも言えるけれど、ちょっと違うんだなぁ〜。
確かに予定外の離婚だったから、一ヶ月経ってもまだ<驚いたまんまの状態>が続いているのは事実だけどね。
でもね、離婚みたいなもんはさ、する前に悩むものなんじゃないのかなぁ?
離婚届にハンコを付いちゃったらさぁ、もう後は、その状況を受け入れるしか無いもんね。
たかが紙切れ一枚だけど、あなどるなかれ・・えっ?・・離婚の原因は何かって?
それはさぁ・・まぁ・・色々と・・。
旦那に未練は無いのかって?
あぁ、まったく無い・・って言ったら嘘になるかもねぇ・・だってさぁ、好きになって結婚した相手だもん。
それにさぁ、元ダーリンはハンサムだったからねぇ。
じゃぁ、何で別れたのかって?
私から離婚を言い出した訳じゃないのよ・・そう・・向こうから言われたの・・「別れて下さい」って。
私はさぁ向こうの両親と同居して専業主婦やっていたんだけれど、嫁姑の関係だって悪くなかったから、最初は冗談だと思っていたのよ。
最初のウチ聞き流していたら、慰謝料の話とか具体的な話をするもんだから「マジなの?」っていう感じになって。
女でも出来たのかって問いつめたら、「子供が欲しいんだ」って言われちゃってさ・・。
私達・・結婚して十三年になるんだけど、子宝っていうヤツにだけは恵まれなかったのよね。
お医者さんにも相談した事あるんだけど・・原因らしい原因は無いって言われちゃってさぁ。
本格的な不妊治療をするとなると金銭的にも精神的にも大変でしょう?
そのうち何とかなるさ・・と思っていたら、私もこんな歳になっちゃったっていう訳よ。
理由が理由だから、仕方が無いかなぁって・・。
だからって、未練が無い訳じゃないのよ。
それに・・悔しいし、悲しいし、腹も立つわさ。
自分が世界で一番惨めな女に思えてさぁ、切なくて一晩中泣いたりもしたけどね。
でもさ・・なんか・・どうしようもないじゃない。
だからハンコ押して、一歩踏み出してみたっていう訳なのよ。
こういう寂しさや虚しさって・・どうやったら吹っ切れるんだろう。
あ〜ぁ、同じ切ない気持ちでも、新しい恋の悩みとかだったら万々歳なんだけどなぁ〜。
頭の中が整理出来ないから家の中も片づけられなくてね、引っ越しの段ボールだらけのままなのよ。
片付けなくちゃ・・って思って最初の箱を空けてみたら、箱の中からコレが出てきたの・・そう、このジャージとシューズ!
新婚旅行の時にハワイで買ったの・・でも、一度も着るチャンスが無くてさ。
かなり悪趣味だけど、こういうのを着て外に出たら、少しは気が晴れるんじゃないかなぁ・・なんて思ったのよね。
それにさぁ、多摩川の土手って空が大きくパーッと広がって気持ちが良いでしょ?
此処に立つだけで、何かが変わるような気がするんだもん。
私ね、この土手を歩いて学校に通っていたんだぁ・・ほら、金八先生のアレみたいに・・そう、中学まで。
大人になっても、何かあると此処に来ていたんだよね。
水の側って気持ちが休まるって言うじゃない?・・此処に来ると何か落ち着く気がしてさ。
風に吹かれていると、頭の中のモヤモヤしたモノが吹っ飛んで、新しい事にチャレンジする勇気が湧いてくるような気がするから不思議よ!!
でも・・そう言えば、デートで此処に来た事は無かったなぁ。
此処って・・誰かと来るっていうよりも、独り向きの場所なのかもね。
同じ水辺でも、今頃の夏から秋へ季節が変わる時の海はダメよ!!
夏の終わりの海って、何かやり残した事があるような物悲しい雰囲気が漂っているから、逆に落ち込んじゃうの。
海は、波が寄せて返すでしょう?
吹っ切った筈の重たい気持ちが、寄せて返して、又、寄せて・・結局、戻って来ちゃうんだよね。
川は違うのよ・・流れて行くの・・ズンズン流れてドンドン行っちゃうから、見ているだけで何だか前向きな気分になれるのよ。
あっヤダ、向こうから来るの、佐藤さん家のおばちゃんじゃない?
ホラ、待ち構えているよぉ〜・・私の離婚話が聞きたくてウズウズしているんだろうなぁ・・嫌だなぁ〜。
「この町に戻ってきたのに、何で実家のお父さんやお母さんと同居しないのよ?」とか、「新築のマンションを買ったんですって?慰謝料、幾ら貰ったの?」とか「それで、離婚の原因は何だったのかしら?」とか、そんな事が聞きたいんだろうなぁ〜。
私だってさぁ、知り合いにそんな事をしたヤツが居たら聞きたいもんなぁ・・「何でよ?」って。
「真弥ちゃん。お散歩?・・相変わらず元気そうじゃないのぉ、良かったわぁ。色々あったって聞いたから、心配していたのよぉ〜」
*あ〜ら、そうでございますか・・それはどうも。
*午後の3時に、こんな処をウロウロしているからって<暇で元気>とは限らないんですよ〜。
「佐藤さんのおばちゃん、こんにちは。ご無沙汰してますぅ〜」
*こういう時はさぁ、顔で笑って心で泣いて・・だね。
*他人様の目には元気そうに映っているかもしれないけれど、ちっとも元気なんかじゃありませんからぁ〜!!
それにさぁ、説明できるものなら、私だって説明したいよ!
何故、貰った慰謝料を全部はたいてマンション買っちゃったんでしょうか・・?
自分でも理解できないんだからぁ!!
マンション買っちゃったのは良いけれど、慰謝料で払えたのは頭金だけなんだもん。
25で結婚して、向こうの両親と同居して、ずっと専業主婦だったから、今、この瞬間、私は無職のプー太郎。
収入のアテなど御座いません!
「あら、真弥ちゃんてば・・ちょっと・・」
*父さんが保証人になってくれたからローンが組めちゃったけど・・どうするんだよぉ〜・・これからさぁ〜・・。
「ごめんなさいね〜・・ちょっと急いでいるものですから」
*みっともなくって、こんな事・・他人様には言えないよなぁ〜!
本当は、散歩なんかしている場合じゃないんだよねぇ・・ごめんね、おばちゃん。
離婚の事だって、他人様に説明できるほど気持ちの整理がついている訳じゃないのよね・・分かるでしょ?
あ〜ぁ・・嫌な事を思い出したら、足が重くなっちゃったよ。
こういう気分の時は、アイツに愚痴を聞いてもらうしかないかなぁ・・子供の頃からの付き合いだしなぁ・・気心が知れてるっていうか・・よし・・思い切って会いに行くかぁ!!
そうだ!・・アイツの家は酒屋だからね・・パーッと炭酸でも飲むかなぁ〜!・・出戻り娘が酒屋の店先でビールっていう訳にはいかないもんねって・・娘って歳じゃないけどさ。
<02−真弥、酒屋の店先で返り討ちに遭う>
困った時に頼れるアイツとは、幼稚園から高校まで、ずっと一緒だった<幼なじみ>の晋平の事。
私にとっては、掟破りの隠し球!!
前の旦那・・浩一って言うんだけど、彼と出会わなければ晋平と結婚していたと思うのよ。
そんな風に想っていた相手だったからさぁ、私が浩一と結婚した翌年に「和江と一緒になる」と聞かされた時は、ちょっとショックだったね。
自分は、他の男と結婚したクセにね。
逃がした魚は大きいって言うじゃない?
別に晋平の事を獲り損ねた訳じゃないんだけれども、そんな感じだったのよね・・分かるでしょ?
あっ、和江っていうのも<幼なじみ>みたいなもんなのよ。
それどころか中学から大学まで一緒でさぁ・・一番の仲良しだったんだよね。
そういう訳だから、当然<私と晋平の間柄>を知り尽くしている訳よ。
こんな事になるなんて思っていなかったからさぁ、晋平と浩一のどちらを選ぶべきか迷った時も、全部隠さずに和江に相談しちゃったのよねぇ。
そういう経緯があるものだから、和江の事が苦手というか、面と向かって話づらいというか・・そんな感じになっちゃってさぁ。
和江は聞き上手だから、余計な事まで喋っちゃうんだよねぇ・・。
本来ならば、こういう時には和江を相談相手に選ぶべきなんだろうね。
でも、和江は<晋平の隣に居る人>になっちゃったからなぁ。
それにね、晋平だったらキツイ事は言わないと思うのよ。
女同士って、案外ズケズケ言ったりするんだよね・・痛い処に塩を塗り込むみたいにさぁ。
今はキツイのイヤだからなぁ・・。
「ちょっとぉ・・この販売機さぁポンコツだよ。ポンコツ!・・百円玉が出て来ちゃうんですけど〜!!」
*コレが子供の頃からの「合い言葉」なんだけど・・晋平・・出て来てくれるかなぁ?
「は〜い、申し訳ありませんねぇ・・・なんだ、真弥かぁ」
*あっ!?・しまった!・和江だぁ。
「なんだじゃないわよぅ・・ひゃ・百円・・出てきちゃうんだからぁ〜」
*わぁ〜どうしよう・・怒っているみたい。
「あんたの百円だから、根性が曲がっているんじゃないのぉ?・・あたしみたいに素直な性格だと何事も旨く行くんだから・・あっゴメン。そういう意味じゃぁ・・」
*ヒャ〜・・和江ちゃんは、相変わらずキツイのぉ〜。
「あたしは元気だから・・その・・溝口から山本に戻ったから、もうじき1ヶ月になるし・・変にさぁ気を回さないでよぉ!」
*結婚に失敗したくらい、どうってこと無いさ・・っていう顔をしたいけれど、相手が和江じゃぁ無理かぁ〜。
「ふ〜ん、強がり言っちゃって・・で?・・何が飲みたいのさ?」
*バレバレ・・でもさ、そんなぶっきらぼうな言い方しなくてもいいじゃんよぉ。
「ス〜ッとするヤツをお願いします」
*何で私が和江に丁寧な言葉を遣わなくちゃならないのよぉ?
「バ〜カ・・そんな言い方じゃ分からないでしょ!・子供じゃないんだから!・自分でボタン押しなさいよ!」
*エ〜ン、可愛く言ったつもりなのに・・ヒドくない?!
「でもさ・・今更、何だけど・・・あんた達・・うまくいっていたんじゃないの?」
*おっと、いきなりそう来たかぁ〜。
「そ・・そうだけど・・」
「溝口さんとは大恋愛だったんでしょ?・・運命の人だって・・そう言っていたじゃない?」
*確かに、そう言いましたよ・・だって、あの時は、本当に浩一の事を運命の人だって思ったんだもん。
「言ったよ〜」
*運命の人でも、ダメになる事もあるのよ。
「仲良くやっているって言っていたから・・幸せなんだろうって思っていたのに・・」
*本当に仲良かったんだってば・・少なくとも3年前の結婚記念日まではね。
「そ・・そうなんだけどさぁ」
3年前の結婚記念日・・十年目のアニバーサリーだから、二人きりでお祝いしよう・・なんて浩一が嬉しい事を言ってくれたのよね。
久し振りにちょっとお洒落して、慣れないハイヒールなんかも履いちゃって、美容院に行って髪をセットして、ついでにネイルまでしてもらって・・。
時計台の下で待ち合わせ・・なんて、絵に描いたようなロマンチックなデートをしたの。
食事は、予約しておいた夜景の見えるフレンチレストラン。
もちろん窓際の特等席。
ワインとか飲んで、乾杯・・なぁんてグラスを合わせたりして・・。
小さいけれど、ダイヤが十個並んだリングもプレゼントして貰ったのよ。
専業主婦の私には、ドキドキのシンデレラナイトだったっていう訳。
「私もさぁ・・うまくいってる方だと思っていたのよねぇ」
*あの時は、まさか別れる事になるなんて思ってもみなかったもんなぁ。
「何、他人事みたいに言っているのよ!」
*他人事かぁ・・今だって・・信じられない気分なんだから、しょうがないじゃないよぅ。
「だってさぁ・・・」
*やっぱり和江には言えないよなぁ。
「あんた、これからどうすんの?」
*和江は幼なじみだし、お互い何でも知っている間柄だけどさぁ。
「う〜ん・・決めてないよぉ〜」
*それでも・・・私に・・赤ちゃんが出来なかったから別れたなんてさ。
「あたしは、別にどうでも良いんだけどさ・・晋平がね・・心配しちゃっているから・・マジで・・」
*お姑さんに毎日々々、跡継ぎ跡継ぎって言われるようになって・・それで離婚した・・なんて言えないよなぁ。
「ふ〜ん・・そうなんだぁ」
*へ〜ぇ、晋平・・心配してくれているんだぁ・・ちょっとウフフな気分だね。
「本当は晋平に会いに来たんでしょう?・・残念だったわね。今日は子供とサッカーなのよ。でもね、色々と大変なのは分かるけど、その格好は止めた方が良いんじゃない?・・いくら晋平でも、その格好を見たら引いちゃうよ!」
*グサッ!!
「あはは・・そうだね」
*確かに・・仰るとおり・・参りました!
「別にダサイとかっていう訳じゃないけど・・そろそろ、歳ってもんも考えないとね」
*ゲッ・・あ痛たたたぁ〜!!
「あぁ、そろそろ帰らないと・・」
*こんな処に長居は無用だわ・・退却、退却、全軍撤退!!
「えっ・・もう帰るの?・・晋平もうじき帰って来るのに・・」
*いえいえ、よ〜く考えたら、こんな格好で晋平に会いたくないよ。
「うん、又、今度・・ゆっくり・・」
<03−和江、本音をぶちまける>
「ちょっとぉ、真弥ってば・・自分で飲んだ空き缶ぐらい捨てて行きなさいよぅ!!」
まったく、しょうがないんだからぁ。
相変わらず子供って言うか、成長していないっていうかさ。
私達、38歳になったんだからね・・世間様からみたらさ、もうイイ歳なんだからね。
でも・・まぁ、こういうところが真弥らしいって言えば、それまでなんだけれどもね。
無邪気って言うか、天真爛漫っていうか・・脳天気な感じ。
でも、ああいうフワフワした処が男心をくすぐるんだろうなぁ・・。
俺が守ってやらなきゃ・・みたいな錯覚を起こさせるのよね・・危ない危ない。
晋平とは「間が空いちゃったけど、そろそろ二人目でも・・」なんてイイ感じになっているところなんだから、邪魔しないで欲しいのよねぇ。
収まる処に収まっていてくれればイイものを・・。
晋平・・真弥の事になると、ちょっと力が入っちゃうからなぁ。
中学に上がって、最初に話をした相手が真弥だったのよね。
真弥と仲良しになったら、オマケに晋平がくっついてきちゃってさぁ。
真弥と一緒に何処かに行くと、必ず晋平に会う事になって・・。
いつの間にか、晋平が側に居るのが当たり前・・みたいになっちゃって・・。
好きだとか、嫌いだとか言う前に、晋平が一番親しい男友達になっていたのよ。
年頃になって、結婚適齢期・・なんて言われるようになるまでは、真弥は晋平と結婚するものだと思っていた。
だから、晋平とは・・ずっと友達なんだろうなぁって、あきらめていたのよね。
そうしたら、真弥が<理想の結婚相手>とかいうのを見つけちゃって・・。
お相手は、一流大学を卒業したエリートサラリーマン。
頭が良くて、ハンサムで・・おまけにスタイルも抜群のスポーツマン。
真っ黒に日焼けして、笑うと白い歯がキラリンコ。
適度に遊び慣れているから、センスが良くて、優しくて・・言う事ナシの五つ星。
オマケに家柄も一流、ご実家は成城学園の一戸建て。
それも石原裕次郎邸のすぐ近くだもの、真弥じゃなくても舞い上がっちゃうよね。
難を言えば、一人息子だっていう事ぐらい。
だけど、あの時は、跡継ぎの嫁がどんなに大変なものか・・なんて誰も考えていなかったもんなぁ。
結婚というのは・・特に跡取り・・それも一人息子ともなると、当人同士の問題じゃなくなる訳よ。
家と家・・みたいな場合もあるしね。
真弥の場合は、比較的相手方の御両親が理解のある方達だったから、家柄が不釣り合いだとかっていう騒ぎにはならなかったけどね。
別に、真弥の家柄がどうこうって言う訳じゃないのよ。
どちらかと言うと下町に住む、ごく普通のサラリーマン家庭だもの・・ウチと同じ。
だって、成城の豪勢な一戸建てと比べたら、大抵の家はさぁ・・。
で、向こうから出て条件は只一つ<仕事を辞めて家庭に入り、親と同居する事>だったのよね。
そんな処に飛び込んで、向こうの両親と同居する事を決心したんだから、真弥の決意も本物なんだなぁって皆で応援したのに。
でも、結婚に漕ぎ着ける迄は案外大変だったのよねぇ。
そこで迷惑を被ったのは私と晋平。
彼は、きっと「ああ思っているに違いない」・・「こう思っている筈」・・と、見た事も会った事も無い男性の心理分析に付き合わされたんですもの。
夜な夜な呼び出されて、どうしよう、どうしたらイイ?・・と、相談されまくりでね。
で、気が付いたら、以前は真弥の隣に座っていた晋平が席を移動して、真弥の向かい側の場所に私と並んで座るようになったって訳よ。
それから、私の隣にはいつも晋平が居るようになったのよね。
まぁ、私にとっては災い転じて福となす・・みたいなものだったんだけれどもさ。
真弥の結婚が決まって、私と晋平は解放されたような気分になっちゃって、お互いに付き合ってもイイかなぁ・・なんて雰囲気になっちゃったのよね。
そうしたら、今度は晋平のお父さんが倒れちゃって・・。
晋平にはお兄さんが居るんだけど、化学薬品の会社の研究室に勤めているような人だから、酒屋の方は頼むよって押し付けられちゃって。
晋平・・お兄さんには弱いからねぇ。
何だか知らないけれど、お兄さんの言う事に「ノ〜」って言えないのよ。
マザコンとかファザコンじゃなくて、晋平の場合はブラザーコン。
でも、ソレがはずみになって、私達は一気に結婚までなだれ込んじゃったって訳よ。
何か恋愛期間っていうのが、在ったのか無かったのか分からない感じで、友達のまま結婚しちゃったっていう感じ。
やっと子育てが一段落した今になって、私達ってラブラブかも?・・なんていうイイ感じになってきたのにさぁ。
本音を言っちゃうと、真弥が幸せでないと困るのよね。
晋平がフラフラと、落ち着きが無くなるに違いないもの。
身体の方は多少不自由になっちゃったけれど義父さんも今は元気になったし、義母さんは元気一杯で今は婦人会のフラダンスに夢中。
勉強の方はともかく、性格の良いスポーツ万能の息子にも恵まれたし・・。
この歳になって「二人目を作ろっか〜」なんて言える夫婦関係もイイでしょう?
そういうの全部・・失いたくないものよねぇ。
喧嘩はしても、すぐに仲直り出来るような家族関係を作ってきたのは、私の「努力のたまもの」なんだもの。
でも、元はと言えば、それもこれも真弥のお陰・・みたいなものだけれどもね。
だからさぁ・・真弥にも幸せになって欲しいって・・心の底から思うのも本心なんだぁ。
こないだ真弥のお母さんに会ったら「子供が出来なかったから、仕方ないのよねぇ」なんて言っていたけれど、離婚の原因はその事だったのかな?
もし、そうだとしたら切ないなぁ。
でも、跡継ぎの一人息子に嫁いだ宿命みたいなものだからねぇ。
そこの処だけが誤算だったわね。
でもさ、原因が真弥に在るとは限らないじゃない。
浩一さんに問題が有るかもしれないんだから。
でもさぁ・・子供が出来なくたって幸せな結婚生活を送っている人もいるのにねぇ。
あ〜ぁ、私がこれだけ気に掛けているんだから、晋平はかなり心配している・・という事だわね。
そう思うと、ちょっと微妙な気分だなぁ。
頼りない感じの、危うい感じの真弥ちゃんが、晋平の目の前をフラフラしているんだものなぁ。
ちょっと心配だよね。
晋平は優しいヤツだから、放っておけなくなるに決まっているもん。
それにさぁ・・私が<こういう事>を心配しなくちゃいけない・・っていうのが何だか嫌よね。
そうだ!!こういう時は先手を打つに限るさ。
真弥の事が心配だから、様子を見てきてよ・・とか言って、晋平にビールでも持って行かせるの!!
勿論、一人じゃ行かせないわよ・・ちび助も一緒。
どうかしら?良い考えじゃない?
子はカスガイって言うじゃない・・アレ、こういう時に使うんじゃなかったっけ?・・カスガイって・・何だっけ?
あっ、もうこんな時間だ!!そろそろ帰ってくるんじゃないかしら。
<04−晋平、掟破りの隠し球・・撃沈!>
新築のマンションと言ったって、そんなに豪華な訳じゃない。
この歳になって、生まれて初めての一人暮らし。
こんな事になるんだったら、学校を卒業した時に体験しておけば良かったよ・・なんてね。
家具といったってソファーとテーブルとベッドだけ。
テレビ兼パソコンが1台・・これはインターネットで料理のレシピを見る為に使っていたヤツ。
あとは段ボール箱の山。
「歯ブラシが1本・・タオル掛けにタオルが一枚・・」
私の結婚生活って、何だったんだろう・・?
浩一と出会わなかったら、晋平と結婚していたかもしれない・・という話は、晋平と和江の息子が小学3年生になるのだから、もうとっくに時効の筈。
それなのに私達は、まだ、その事を気にしている。
もう十年・・いや・・十五年も昔の事なのに。
晋平とは、幼稚園の時に隣の席になったのが最初だった。
「上から読んでも下から読んでも・・おまえ、海苔屋かぁ?・・オレ、酒屋のシンペイ!」
海苔屋!?・・悪気は無いって分かっていたけど、出せる限りの大声張り上げて、涙ポロポロこぼしながら泣いてやったの。
晋平・・バカだから真に受けちゃって、オロオロしてさ。
「ヤダ〜、今でも目に浮かんじゃうよぉ〜」
あの時から、晋平は私の事を守らなくちゃいけないって・・・そう、思いこんじゃったみたいなんだよねぇ。
バカなんだから。
小学校も中学も・・高校まで、ず〜っと一緒だったんだから、一緒に居るのが当たり前になって・・。
だから大学受験の時に女子大を受けるって言ったら大騒ぎになっちゃってさ。
結局、私と和江は同じ大学に行く事になったけれど、晋平も一緒という訳にはいかなくてさぁ。
*ピンポ〜ン。
「は〜い」
誰だろう?今頃。
「よおっ」
うわっ、晋平じゃん!
「何?どうしたの?」
え〜何で?・・どうしよう・・あっ、私ってば、まだ着替えてないし。
「さっき店の方に来たんだって?・・かみさ・・和江がさぁ・・真弥が落ち込んでるから、コレでも持っていってやれってさ」
ビールを持って来てくれたのは嬉しいけど・・今、<かみさん>って言おうとしたよねぇ?
「ふ〜ん・・・上がって行く?」
浩一は、他の人に私の事を何て言っていたんだろう?
「ん・・あ・・いや・・そのぅ」
浩一は<かみさん>とは言わなかっただろうなぁ。
「お父さん・・」
何だ?・・今の声は・・。
「えっ、何?・・」
何だ、晋平君はコブ付きで来たのかぁ〜・・和江のヤツめ、全てお見通しという訳だな。
「オイ坊主・・こっち来て、おば・・あっ・・お姉ちゃんに挨拶しろよ!」
何なのよ、まったく!!どうせ、私は<おばちゃん>だわよ・・フン!
「おばちゃんでいいのよぉ」
あ〜ムカつく!!
「おい、コンニチワは?・・ちゃんと言えるだろう?」
晋平ってば・・そんな、いかにも父親だっていう顔しないでよ。
「こんにちは」
ヤダ〜・・こういう時って、どうしたらイイの〜?・・わかんないよ〜。
「はい、こんにちは・・・」
「でもさぁ・・もう暗いからコンバンワじゃないの?・・お父さん?」
「あぁ本当・・そうね、コンバンワだわね」
「和江がさ・・・連れてけって言うから」
「あっそうなんだ」
「で?・・おまえ・・これからどうすんだよ?・・仕事とか、みつかったのかよ?」
「ううん」
今は、そんな事を話す気分じゃないよ・・それにさ・、そういう話は玄関の立ち話でする話じゃないじゃん。
「ううんってさぁ・・ちゃんと考えているのかよ?」
「心配?」
「あたりまえだろう・・そりゃ、心配に決まってるじゃん・・それに、なんで実家に帰らなかったんだよ?」
晋平ってば・・心配してくれているんだぁ・・ちょっと嬉しくって、胸がキュ〜ン!
「だって・・」
「だってじゃねえよ・・このマンションの頭金・・貰った慰謝料を全部はたいちゃったんだろ?」
「そ〜だけど・・」
誰が喋ったんだろう?・・父さん?・・母さん?・・まったくもう〜。
「ローンどうすんだよ・・実家だったら家賃かからないのにさぁ〜」
「そういう問題じゃないのよ」
「どういう問題なんだよ!生活費を稼ぐメドも立っていないっつうのに」
「絵里にね・・絵里に・・2人目が出来たからさぁ」
「だから?・・嫁に行った妹に2人目の赤ん坊が出来たから、それで実家に戻れませんって・・どういう事だよ?」
「だから・・もう・・子供のいる奴には分かんない事なの!!」
女心が分からないデリカシーの無いヤツめ!これ以上言ったら、又、泣いちゃうぞ〜。
「えっ、ごめん・・俺・・そんなつもりじゃ・・」
分かってる・・晋平が謝ることじゃないよね・・でも、今は触れて欲しくないんだよね・・この問題にはさ。
「お父さん・・」
「何だよ?」
「漫画始まっちゃうよぉ」
「えっ、あっ、そっか・・え〜と、俺、帰る。それからコレ、和江からだから・・じゃあな、がんばれよ。ちゃんと仕事・・探せよな・・それから・・どうでもイイけど・・その格好はちょっとな・・じゃぁ」
「じゃあってさぁ・・はぁ〜!?」
本当に帰っちゃうのかよぉ〜?
「和江がビール持って行けってか?・・その格好はちょっとなってか?」
そんな事は、言われなくたって分かってるわよ。
ビールくらいさぁ・・俺からだって言ったってイイじゃん!!
も〜晋平のバカ!!
<05−真弥、アテが外れて夕飯がピンチ>
「仕事かぁ〜・そうなんですけどねぇ」
そうそう、とりあえずの大問題は、私が無職のプー太郎だっていう事よ。
こうなってみると、結婚した時は勝ち組になった気になっていたけれど、京子みたいにキャリア・ウーマンでいる方が最終的には強いよなぁ〜。
「あ〜ぁ、こういう時に京子みたいにタバコでもスパァ〜って出来たらなぁ」
京子っていうのは、同期入社でライバルだったヤツ。
同期の男の子達に混じって、くわえ煙草で残業とかもガンガンやっちゃって・・女子大出のお嬢さんなんか目じゃないわって感じの嫌な女でさぁ。
だけど、私みたいに真似事でふかしていたのとは違うのよね・・タバコも仕事も。
「チェッ、京子は今もバリバリ仕事しちゃっているんだろうなぁ・・」
世間や会社全体が禁煙の方向に動いているっていうのにお構いなし。
「私、結婚する気無いですから。だから、子供は絶対生まないし!」
なんて、妙にはっきりと皆の前で宣言しちゃってさ。
私も子供・・生まなかったんだから、止めなくても良かったのかな?
「あぁ〜タバコ止めなきゃ良かったかなぁ」
いや、そんな事は無いよね。
健康の事を考えたらさ、やっぱりね。
それにさぁ、タバコなんか吸ってたら、せっかくの新品マンションがあっという間に黄ばんじゃうじゃない?
たとえ2LDKでもさ、私にとってはお城なんだから、キレイな方がイイもんね。
「あ〜ぁ、それでもさぁ、京子のバイタリティーのかけらでも私にあったらなぁ」
京子だったら、こんな時でも気持ちを切り替えてシャキシャキしているに違いない。
「良いアイディアがポッポッと浮かんで、パッパッと行動しちゃっているんだろうなぁ〜」
アイツはさぁ、仕事は出来るんだよねぇ。
男に媚びを売るようなマネはしないし、サバサバしていてさ・・。
悪いヤツじゃないんだけど、一緒に居ると自分の影が薄くなる気がするから近づきたくなくて。
あれっ?・・これって妬みかしらん。
ヤバ〜イ・・本当に嫌なヤツは私の方なのかも〜。
でもさ、こんなに禁煙運動が盛んになっちゃったら、京子みたいなヤツは絶滅危惧種っていうわけだよねぇ。
どうしているんだろう?
生き残れているのかなぁ?
電話してみようかなぁ?
「でも、やっぱり、離婚したって言いにくいよなぁ。それにさぁ、何で離婚したの?原因は何?って聞かれるに決まっているしなぁ」
あっ夕焼・・明日も晴れかぁ・・明日は明日の風が吹く・・だよね。
あれっ、もうこんな時間・・そろそろ実家の方に晩飯を食べに行くとしますか。
今夜のメニューは何だろう?
♪♪♪♪♪♪
「あっ電話。もしもし」
「お姉ちゃん、今夜も来るのぉ?」
*ちょっとぉ、あたしが行ったら迷惑みたいな言い方じゃない?
「何でよ?」
「母さんが聞けっていうから」
*ヤダ、どういう事よ?
「はぁ、何で?」
「お姉ちゃんが来ないんだったらね、外で食べようかって言っているんだけど」
*なんかさぁ、そういう言い方って、まるで私が邪魔者みたいな感じなんですけど・・。
「2丁目の交差点にさぁ、新しいお店が出来たじゃない?」
*新しいお店に行くんだったら、皆で行けばイイじゃないよぉ〜。
「ふ〜ん、だから?」
*何で、お姉ちゃんが来ないんだったら・・なのさ?
「オープン記念のチラシが入っていてさぁ・・割引の人数がね・・そのぉ」
*なるほどね、そういう事ですか。
「あっ、それバァバにしてもらいなさい・・バァバもちゃんと見ていてよぉ・・ゴメンゴメン・・で、どうする?」
*ちょっと、母さんの事「バァバ」って呼ばないでよ!!
「あっそうそう、今夜・・友達と約束してるから私は行かないわよ!」
*ヤダ〜、母さんってば笑ってるよ・・ムカツク!!
「そうなの?・・なんだぁ・・じゃあ母さんにそう言っておく。又電話するね」
ちょっと絵里、そんなにホッとしたような声を出さなくたってイイじゃないよぅ。
母さんもさぁ、バァバなんて呼ばれているのに、そんなに嬉しそうに笑ったりしないでよね!!
ちゃんと聞こえているんだからぁ〜。
「何なのよ、まったくもぅ〜」
昔は、私が母さんの自慢の娘だった。
学校の成績もまぁまぁだったし、ちゃんとした大学に進んで名の知れた会社に就職もしたのよね。
テレビCMで有名な会社のエリートサラリーマンの浩一と結婚もしたから、「あら、イイ処にお勤めじゃない。うらやましいわぁ〜」なんて言われてチヤホヤされて。
母さんだって、私の事は「どこに出しても恥ずかしくない娘だ」って言っていたのにさ。
絵里は勉強が大嫌いだったし、ヤンチャな連中と付き合っていたから、母さんの頭痛の種だった。
父さんだって「勘当してやる」って言うくらい怒った事・・何度もあったじゃない。
父さんも、母さんも、絵里の結婚には猛反対だったのに・・。
それが、子供が生まれたら全部チャラ。
二人とも、孫が命になっちゃって。
今じゃ絵里が自慢の娘。
フーテン野郎だって言っていたのに、いつの間にか自慢の婿になっちゃってさ。
知らない間に私は「みそっかす」ですか?
ムカツクけど、人生なんて案外そんなもんかもしれないよねぇ。
絵里のところは次男と次女のカップルだから、旦那の実家に入る必要は無いのよ。
だけど、自分達だけじゃ家を持てないのは明白だもんね。
父さんも母さんも・・孫と同居出来たら嬉しいし。
どっちも同居したいオーラ満々なのよね。
だから、あの家には、私の入る余地は無いって事なのよね。
別に実家に戻れると思って離婚した訳じゃ無いけどさぁ、自分の居場所が無いんだぁって気が付いた時は、やっぱりショックだったのよねぇ。
それもあったから、このマンション・・ポ〜ンと買っちゃったのかもしれない。
母さん達は知らないと思うけれど、私がこの部屋を選んだのは家が見えるからなんだよ。
夕焼けの空が見たくて選んだ訳じゃないんだから。
<6-絵里、妹にだって思惑があるのさ>
友達と約束してるから・・」なぁんて強がっちゃってさぁ・・やせ我慢、見え見えなんだから。
お姉ちゃんのそういう処・・可愛く無いっつうのよ。
一緒に行きたいなら「行きたい!」って言えばイイのよ。
離婚の事だってそう。
別れたく無いんだったら、浩一さんにそう言えば良かったのにさ。
未練タラタラでウジウジしちゃっているクセに・・。
少しぐらいみっともなくたって、泣きつきゃよかったのよ。
浩一さんがマザコンだとしても、何とか出来たかもしれないのにさぁ〜
格好付けてる場合じゃねぇっていうの。
元々、離婚を言い出したのは、浩一さん本人じゃなくて、あのクソ婆なんだしさぁ。
浩一さんが浮気したとか、お姉ちゃんに男の影が・・なんていう訳じゃ無いんだもん。
まぁ、お姉ちゃんは、男の影じゃなくて<幼なじみ>の影なら引きずっているけどね。
二人の気持ちが離れちゃって、もう一緒に暮らしてはいけない・・って訳じゃなかったんだから。
お姉ちゃんの結納の日、父さんが冗談半分に「返品は無しですよ」と言ったのを、あのクソ婆は覚えていたのよね。
よっぽど気に障ったんだね。
結婚して何年になる?・・ずっと根に持っていたんだもん。
私の出産の御祝いを持ってきた時に「子供が出来ない・・というのは真弥さんは不良品だった・・という事かしら?」なんて言いやがってさぁ。
そういう言い方をされちゃったら、温厚な父さんだってカチンと来るわさ。
「真弥は、たとえ幾つになろうとも私共の可愛い娘である事に変わりは御座いません。いつでもお返し下さい!」なんて啖呵を切っちゃったんだよねぇ〜。
そんな事があったから、父さんも母さんも、お姉ちゃんの離婚の件に関しては何も言え無くなっちゃってさぁ・・あっ、この話は、お姉ちゃんには内緒だからね。
お姉ちゃんに知れたら、父さん、どうなっちゃう事か・・。
今だって相当責任を感じていてさぁ・・だいぶ毛が抜けちゃったんだから。
それにさぁ、子供が出来ないのなんて、お姉ちゃんだけが悪いっていう訳じゃないと思うんだけどなぁ。
浩一さんの方に問題があるかもしれないじゃない?
あの二人・・そういう検査とかしたのかなぁ。
まぁ、確かにバブルOLの悪しき習性から抜け出せなかった・・という点では、お姉ちゃんが悪かった部分もあるんだけどね〜。
夏休みは沖縄、サイパン、グアム、ハワイ、バリ島・・と、南の島で遊びまくり。
冬は冬で、北海道でパウダースノウのスキー三昧・・なんてやってたんだもん。
お盆と正月、家に居た事無かったもんね。
親戚が集まる時に限って家を留守にする嫁なんて、居ても居なくても同じです!!・・なんて、言われても仕方無いかもね。
でもね、お姉ちゃんは一人で行った訳じゃないんだから・・アナタの息子さんも一緒だったんですよ。
そうは言っても、息子は息子だからなぁ。
嫁は、どんなに頑張ったって嫁だからねぇ。
ウチだって、ダーリンが悪いのは全部アタシのせいになっちゃうもん。
姑に言いたいよ。
愚れてヤンチャしていたのは、私に出会う前の<アナタの息子さん>なんですよ〜。
先生を殴って、学校を途中で辞める事になっちゃったのも<アナタの息子さん>だし、定職に就かずに盛り場をうろついていたのも<アナタの息子さん>ですから〜。
アタシと一緒になってからは、真面目に働いてるんだからさ・・ちょっとは認めてくれてもイイじゃん。
なのに会う度にブツブツ言ってさぁ・・絶対に一緒に住んでやらないからね!!
ウチのダーリンは次男なんだけど、ヤバイのよ。
義兄の嫁さん・・ダーリンの兄貴の嫁・・3人姉妹のバリバリ長女なの。
おまけに妹達は2人とも結婚して海外・・カナダとイギリスだって。
向こうの人と結婚しているから、帰って来ない訳なのよ。
長女だし、義姉としては自分の実家の両親の面倒を見たい訳。
義兄はダーリンと違って気の弱い人だから、義姉の言いなりだからね。
それに、誰も、好んで嫁姑の間には入りたくないもの。
という訳でさぁ、アタシ達に両親の面倒をヨロシク頼む・・だって!!
もちろん舅も姑も、子供達の間で<こんな話>が出ているなんて知らないと思うよ。
ダーリンはさぁ「お姉さんが戻って来たのなら、ちょうどイイじゃん」なんて呑気な事を言っているけど、冗談じゃないわよ。
だって、お姉ちゃんはマンションを買って一人で暮らしていく訳だから、私が父さんや母さんの面倒を見なくちゃならないんだもん・・なんて、本気でそう思いたいなぁ。
実はね、父さんってば、お姉ちゃんの離婚には責任を感じていたものだから、後先の事も考えないでホイホイと保証人になっちゃった訳なのよ。
でもさぁ、お姉ちゃんは、ずっと専業主婦だった人だからねぇ。
仕事の当てなんか有るわけ無いもんね。
だから、あそこの家賃払って自立・・なんて無理無理。
あ〜・・その内に何だかんだ理由をくっつけて、この家に転がり込んで来るんだろうなぁ。
そうなったらさぁ、アタシが父さんと母さんの面倒を見る必要が無くなっちゃうんだよね。
義姉や義兄の思う壺じゃん!!
それって悔しくない?
良いタイミングで二人目を授かった訳だから、このチャンスは最大限に生かさなくちゃね!!
アタシは、この出産を機会に、この家に居座ってやるんだからぁ〜!!
ダーリンも、子供が可愛いから言うことを聞いてくれるに決まってるもん。
今だって「一人じゃ寂しい」って、ほとんど此処で同居状態だからね。
お姉ちゃんには申し訳ないけれど、一人で頑張って貰うしか無いのよ。
こんな事になるんだったら、玉の輿なんか狙わないで、晋平さんと結婚しておけば良かったのにさ。
一流大学を卒業したエリートサラリーマンかぁ・・。
頭が良くて、ハンサムで・・おまけにスタイルも抜群のスポーツマンで、真っ黒に日焼けして、笑うと白い歯がキラリ。
適度に遊び慣れていて、センスも良くて、優しくて、ご実家は成城学園の一戸建て・・なんて、言う事ナシの五つ星。
そんな好条件だって吹き飛ばしちゃうのが<姑の存在>だっていう事。
晋平さんのお母さんみたいな人だったらさぁ、お姉ちゃんだって何とかなったんじゃないのかなぁって思うんだけどねぇ。
下町のおばちゃんはさぁ、ちょっと口が悪いかもしれないけど、後腐れがないからなぁ・・。
今更、そんな事を言ってもしょうがないけど、相手が晋平さんの家だったら、父さんも母さんも付き合い安かったんじゃないのかな?
まぁ、とにかくお姉ちゃんには一踏ん張りも二踏ん張りしてもらわないとね。
アタシの人生設計が狂ってきちゃう訳だもの。
でも、どうしても、本当にどうしてもダメな時にはさ、考えないでもないけどね・・。
あっもうこんな時間!!
「ちょっとぉ・・父さん・・支度出来てるのぉ?・・母さん、祐介に靴下履かせてくれたぁ?」
<07−真弥、志保に振られてトホホ>
「そうだ! 志保ちゃんを誘ってみよぉ〜っと!!」
志保っていうのは、女子大時代の同級生。
大きな会社の役員秘書をやっていた才媛で、もちろん美人。
スタイルも抜群で男の子達に大人気だったけど、ファザコンっていうのかな?・・おじ様好きだったのよね。
色々あったけど、去年上司だった役員のロマンスグレイと結婚してね・・今はセレブな重役婦人って訳。
重役っていったって、でっぷりオヤジじゃないわよ〜。
志保ちゃんの旦那は、お洒落だし、グルメでワイン通なんだから。
でもさ、その旦那様は接待や付き合いで毎晩忙しいんだってぇ。
一人分じゃ夕飯を作る気がしないってさぁ、志保は毎晩外食三昧。
ちょっと前は「独りで外食するのはつまらないから付き合ってよ〜」なんて電話をよく掛けて来ていたのよね。
でも、私も結婚していたから、夜出掛けるっていうのが難しくてね・・でも、今ならさぁ。
♪♪♪♪♪♪
「あっ、もしもし、志保?・・真弥だけど」
ガシャガシャガチャ〜ン
「真弥?・・あ〜ちょっと待ってぇ」
「どうしたの〜大丈夫?」
*えっ。まさか夕飯の支度をしているのかな!?
「お待たせ・・・」
「ごめん、忙しい時に掛けちゃったかな?」
「新米主婦なものだから、手際が悪くって」
*え〜、やっぱりご飯作ってるのぉ?
「そ・そうだよね・・ご飯の支度する時間だったよね。ごめん」
*台所なんて使った事無いから、いつもピカピカなのよって威張っていたのに。
「それがね、ウチの主人、こないだの健康診断でメタボで引っかかっちゃったのよ。」
「メタボ・・?」
*メタボって・・最近よく聞くアレですか?
「そうなのよ。生活習慣病。血糖値も血圧もコレステロール値も高いの。私達の年齢だとピンと来ないかもしれないけれど、主人は来年55だから・・」
「55?」
「そうよ。55歳。でもね、重役としては若手なんだからぁ。まだまだヒヨッコなのよ」
*55歳でヒヨッコかぁ・・私は38だから・・まだ、お豆だって事ですか?
「それで、何かしら?」
「えっ、あぁ、久し振りに志保と一緒にご飯でも食べよっかなぁ・・なんて思っちゃったんだけど・・無理みたいだね」
「あ〜ん残念!!・・そういう訳だから、この一ヶ月、カロリーを計算して鍋と格闘の毎日なのよぉ〜」
「そうなんだぁ〜」
「週末のレストラン巡りも×!!ワイン飲みながらフレンチなんて、夢のまた夢になっちゃったのぉ」
*メタボになっちゃうと、旦那様のグルメ自慢もワインの講釈も虚しいって訳ね。
「なんかさ〜・・立場が逆転しちゃったね」
「えっ?」
「前はさぁ、志保が電話をくれる度に、私が断っていたのにさ」
「ホントだわね」
「人が離婚して、これから志保ちゃんと遊べるぞって思ったらコレだもんね」
「そうなのよ〜、ごめんなさいね」
「まったくもう!」
「でもね、前は、私が真弥に電話する度に、まったくもう!って、思っていたのよ」
「そっか〜」
「主人と結婚する前も、色々と相談したい事が沢山有ったのに、真弥ったらちっとも聞いてくれなくて・・」
*そうだよなぁ・・志保ちゃんの旦那には、前の奥さんとの間に26歳の娘が居たんだものなぁ。
「平日の夜はダメ。土日も浩一さんが休みで家に居るから無理って言われ続けて来たんですもの」
「おっしゃる通り」
「私ね、ずっとチェッて思っていたのよ」
「あはは・・今度は、あたしがチェッて思う番だね」
「でもね、昼間なら平気よ。真弥・・まだ仕事決めていないんでしょう?」
「うん、決めてない」
「じゃあ、今度ランチでも一緒にどうかしら?・・その時に、たっぷり話を聞いてあげる。離婚の事、浩一さんの事、お姑さんの事・・ぜ〜んぶ!」
「本当に?」
「絶対に本当よ!神様に誓って約束するわ」
「あははは、絶対だからね。忙しい時にゴメンね〜」
「ううん。こちらこそ御免なさいね。大変だと思うけれども頑張ってね。じゃぁ」
がっかりした・・というのが本音だけれど、どこかでホッとした。
志保は、自分自身も結婚前に大変な想いをしてきたから、私の離婚の理由とかネチネチとしつこく聞いて来ないんだよね。
だから、気持ちにバリヤを張る必要が無いの。
悩みがあるのね?でも無理に話さなくてもいいのよ・・言いたくなったらはなしてね・・聴いてあげるから・・みたいな距離感で付き合ってくれる友達の存在が妙にありがたく思えるなぁ〜。
やっぱ重役夫人の風格っていうかさぁ、余裕なのかな?
ふ〜ん、でも、メタボかぁ〜。
やっぱり、旦那さんには長生きしてもらいたいんだろうなぁ。
前に、冗談で「私の彼はフォワグラになるつもりみたい」なんて言った事・・あったもんなぁ。
55歳だからって、人生80年時代なんだもの・・まだまだ先は長いしね。
それにしてもさぁ〜、26歳のお嬢さんが京子みたいなバリバリのキャリアウーマンでなくて良かったよ。
旦那さん・・お嬢さんの結婚を機に再出発に踏み切ったんだって言っていたからね。
京子みたいなヤツだったら、志保ちゃんの女の幸せは無かった訳もんねぇ。
という訳で、志保にも振られちゃった訳かぁ〜・・しょうがないなぁ・・何か作るしか無いかぁ〜。
お姑さんとキッチンを共有していた時には、一人で自由に使えるキッチンに憧れていたのよね。
好きな時に、好きな物を、自分だけの為に作りたいって思っていたのにさ。
朝ですよ〜・・お昼ですよ〜夕飯・・何にしましょうか?・・なんて毎日は飽き飽きだって思ってた。
初めての一人暮らし・・さぞ楽しかろうって、サバサバした気持ちで離婚したけれど、一人でご飯を作って、一人で食べるのってさ・・何かつまらないんだよね。
「コレ、しょっぱいわね」とか「ちょっと焦がし過ぎじゃない」って言ってくれる人がいないと張り合いが無いっていうか・・物足りないっていうか・・チェッ、姑の小言を懐かしがるようじゃ世も末だねぇ。
「なんかさぁ・・当てがはずれちゃったよなぁ・・・」
♪♪♪♪♪♪
あっ、電話だ!志保ちゃん、思い直してくれちゃったのかしらん!
「は〜い、もしも〜し!」
<08−志保、キッチンで奮闘中>
あ〜ん、勝手なんだからぁもぅ!!
ほらぁ〜、焦げちゃったじゃないのよぉ。
まったく真弥ったら最悪のタイミングで電話してくるんだからぁ〜。
どうしましょう・・うわぁ〜真っ黒。
そうそう・・真弥ってば離婚しちゃったのよね。
それで電話してきたのかなぁ・・話を聞いてあげた方がヨカッタかしら?
でもさぁ、今はそれどころじゃないんだもの。
詳しい事を聞いていないから何とも言えないけれど、離婚の原因・・何だったのかしらねぇ?
ちょっと興味シンシン。
だって、真弥が浮気する筈なんか無いしさぁ・・あっ、でも、妙に親しい幼なじみ君がいたけど・・まさかね。
じゃあ・・ダンナの方が・・?
優しそうな旦那様だったけれども、ちょっとハンサム過ぎたからねぇ。
ほら、過ぎたるは及ばざるがごとしって言うじゃない?
イイ男と結婚するのも考えものよね。
少なくとも私のタイプじゃないけど、若い娘なんかにはモテそうなタイプだったもんなぁ。
離婚の原因・・やっぱり彼の女性問題だったのかしら?
もし、そうだったら真弥・・可哀想だわねぇ。
だって、すっごく厳しい姑さんに一生懸命使えていたんですもの。
あっ・・もしかしたら、嫁姑問題がこじれちゃったのかしら?
一緒にお芝居を観に行ったりしているのよ・・なんて言っていたけれどもねぇ。
あ〜、やっぱり結婚生活って難しいわね。
外から見ていたら、夫婦の本当の姿なんてわからないもの。
ウチの旦那様・・実は私の元上司だったのよ。
だから、結婚した時は色々言われちゃったのよねぇ。
前の奥さんとは仲が悪かったクセに、回りからは「理想の夫婦」みたいに思われていたから余計にね。
本当は、大分以前から不仲だったんだけれど、娘の結婚式迄は仮面を被っていましょう・・という関係だったのよ。
バリバリの仮面夫婦だったんだけど、回りは皆、騙されちゃってね。
私の同期だけでも3組も仲人をしてもらっているのよ。
お陰で、その3組の夫婦から、私は悪者扱いされちゃっているんだからぁ。
私は、理想の夫婦を壊した悪い泥棒猫なんですってさ!!
私達・・彼の離婚が成立するまでは、本当に仕事上だけの付き合いだったのに。
ふん・・ニャオ〜ンだ。
私が結婚した時、「幸せになれっ!!」って言ってくれたのは真弥だけだったのよ。
その真弥が離婚しちゃうなんて・・ちょっと複雑。
上司だった時の旦那様はね、若くして重役に抜擢されたバリバリの切れ者だったから<クールな人>という印象だったの。
配属された時は、イヤだったのよね。
自分に対して厳しい分、周囲の人にも厳しいって有名だったんですもの。
秘書課の人間も、耐えられなくて何人も辞めたって・・。
メソメソなんてしようものなら「だから女はダメだって言われてしまうんだよ。それでも良いのかい?」なんて嫌みっぽく言うの。
私は負けず嫌いな性格だったから、何クソって頑張っちゃったのよね。
何年か経って、気が付いたら秘書室長になっていたの。
ある時、急に取引先のパーティーに出る事になってね。
男性は女性同伴で出席するような正式なパーティー。
服装は、もちろんタキシード。
どうしても奥様が出席したくないって駄々を捏ねていたモノだから、彼・・本当は困っていたんですって。
私は、そんな事は何も知らないから、ただもう舞い上がっちゃって。
フォーマルなパーティーなんて初めてだったから少し不安だったけれど、ドキドキして震えている私を彼がスマートにエスコートしてくれたのよね。
優しい一面を見せられて、意外とダンディーで紳士なんだぁって思ったら、もうメロメロ。
仕事は出来るし、よく見るとハンサムと言えない事も無いし、英語やフランス語もバッチリだし・・。
ジェスチャーを交えたウィットに富んだ会話や、自然と身に付いた完璧なマナー。
美術や文学、音楽にも精通している男なんて完璧!!
急に同世代の男達が頼り無く思えるようになっちゃったの。
それから間もなく娘さんが結婚したものだから、それを機会に彼・・奥様と別れたのよ。
グルメ通だから、お洒落なお店なんか沢山知っているし、ワインやカクテルにも詳しくて・・。
最初はグループで食事を楽しんでいたんだけれども、気が付いたら二人になっていたの。
でも、深まったのは愛だけじゃなかったのよ。
知らない間に脂肪が蓄積されちゃって・・今じゃメタボですものね。
私も昔は重役付きの秘書なんかしていたから、ビシッとブランドのスーツで決めて、常に髪もセットして、爪だってピカピカだったのよ。
でも、最初のうちだけ・・キレイにしていられたのなんて・・。
此処は、二人で住むには無駄に広いから、掃除だけでも大変なのよ。
メタボのお陰で、土日ぐらいは二人で美味しいレストランで・・なんて夢も破れちゃったし・・。
妙に舌が肥えている分、味にうるさいダンナの為に料理をする羽目になっちゃうし・・。
カロリーの関係で、バターや生クリームとかをふんだんに使う訳にはいかないから難しいのよね。
素材の良さを味わうっていう事は、手抜きは許されないっていう事なのよ。
もう、爪なんか伸ばしていられないわ。
それに、スーツでキッチンに立つ訳にもいかないでしょ?
ハイヒールが当たり前だった私が、サンダル履いてペタペタ歩いているのよ・・信じられる?
そういう訳だから、誰かに会う事になったら、3日前から準備しないと無理なのよね。
美容院に行って髪をセットして、爪も磨いて貰わないと・・。
35歳になった時は、仕事一筋だったから結婚というものをバカにしていたの。
だって、主婦なんて、お気楽に見えたんですもの。
でも、実際にやってみると案外難しいのわ〜。
秘書の仕事にはOFFが有るけれど、主婦業は常にON状態なんですもの。
これに子供がいたりしたらもう<お手上げ>。
ママって大変だと思う・・尊敬しちゃうわ。
あっ・・もしかしたら、真弥の離婚の原因・・子供の事かしら?
子供・・欲しい欲しいって言っていたもの。
でも、コレばっかりは、授かり物ですものねぇ。
やっぱり、今度、ちゃんと話を聞いてあげた方が良いわね。
あっ大変大変・・もう、こんな時間・・急がなくちゃ。
<09−京子の突然の襲来にタジタジだったけど・・>
「あ〜ら・・は〜い、もしも〜し〜って・・離婚したって割には、随分と元気そうな声だしてるじゃないのよぉ?」
*ゲッ、京子!?
「えっ、あの〜・・え〜そんな事は・・」
*うわぁ〜、ヤッバ〜、言葉が出て来ないよ〜。
「もしもし、真弥?・・アタシよ、京子・・分かってる?・・誰かと間違えただろう?」」
「あぁ、京子ちゃん?・・わ・わかってるです‥ハイ」
*あ〜ん、バレバレかもぉ〜。
「京子ちゃん?・・なんで<ちゃん>付けなのさ。気味が悪いぞ。おぬし、誰かの電話を待っている処だったな?」
「ううん、そんな事無い。全然平気」
*落ち着け・・落ち着け・・。
「ふ〜ん」
「ホントにホント・・大丈夫だから・・誰かの電話なんて待ってないから・・」
*あ〜ん・・なんで、こんなに動揺しなくちゃいけないのよぉ〜。
「まぁいいけどさ・・アンタ・・仕事、どうしたかなぁと思ってさ」
「ん?・・仕事?」
*仕事って・・どういう事よ?
「そうよ。離婚しちゃったんだもんね。仕事しなくちゃならないでしょう?」」
「あ・・あぁ」
* そういう事か‥。
「一人で生きていく事にしたんでしょ?」
「まぁ・・そう・・なんだけどさぁ」
*そんなにハッキリ言わなくってもイイじゃんよぉ!
「あ〜、やっぱりねぇ〜」
*やっぱりって・・やっぱりって・・何よ!
「仕事、決まっていないんだ!」
*グッ、図星でござる。
「そう・・決まっていないどころかさぁ・・どうしたらいいのかも分からないしないし、全然ダメなんだぁ〜」
「え〜っ、何だソレ?・・何を呑気な事、行っているのさ」
「まったく駄目なのよねぇ。仕事だけじゃなくてさぁ、生活そのものが無理って感じなの」
*あれっ?・・アタシったら何で京子に弱音なんか吐いちゃっているのよ?
「あははは・・どうしたのよ?真弥らしくないなぁ。そんな弱音吐いちゃって、どうする?」
「今のアタシに優しい言葉なんか掛けないでよね・・寂しくなっちゃっうもん」
*ちょっと、アタシ・・何を言っているのよぉ?
「ふ〜ん・・旦那が恋しくなったか?」
「浩一?・・ううん。浩一の事なんか全然恋しくなんかないよ」
「じゃぁ、何が寂しいのさ?」
「姑の小言がね・・ちょっと懐かしくなっちゃっていた処なの!」
「え〜・・だってさぁ、アンタ、あんなクソババアって言っていたじゃないよぅ」
「そんな事言ったっけ?」
「毎日毎日、文句やら嫌みを言われ続けて、私、もぅ限界だわ・・って」
「そんな事言ったっけ?・・でもね、あれはあれで刺激になってたっていうか、何て言うかさぁ」
「刺激ねぇ・・変なの〜」
「あれはアレで、私にとっての居場所の証しみたいなものだったから・・」
「居場所・・ねぇ」
「そう・・今はね・・ドコにも所属していないっていう感じなの。だから、誰も小言すら言ってくれない」
「だからってさぁ、お姑さんの小言が懐かしいなんて・・」
「あれっ・・変かなぁ?」
「変だよ!変・・あははは・・」
シュボッ!
「あ〜っ、今、ライター、シュボッってやったなぁ?・・まだ煙草吸ってるんだぁ」
「聞こえちゃった?・・今ね、火を点けたとこ」
「京子・・まだ会社でしょう?・・会社・・禁煙じゃないの?」
「だって、今は私一人なんだもん」
「ズハ〜・・なんて旨そうに煙を吐かないでよね。私も吸いたくなっちゃうじゃない。あ〜あ、止めなきゃ良かったなぁ」
「ちょっとアンタ!・・煙草なんてさぁ、吸わないで済むんだったら、吸わない方が良いのよ」
「今は吸いたい気分なのぉ!」
「私なんかさ・・止めたい・・止めたいって思っているのに止められなくて困っているんだからね!」
「いいよ・・京子は止めなくっても」
「私の健康には興味なんか無いってか?・・そう言えば、真弥は何でタバコ止めたのさ?」
「元気な赤ちゃんを産む為で〜す」
「おっと〜」
「元気な赤ちゃんを産む為にさぁタバコを止めたんだけど・・赤ちゃん・・出来無かったんだよねぇ〜」
「アレレレレ〜、嫌な事を思い出させちゃったかなぁ?」
「ううん・・平気」
*なんで京子なんかにペラペラ喋っちゃっているのよ〜?
「聴いてあげてもイイけど・・」
「長くなるから・・」
*アタシ・・どうしちゃったのさ?
「あと2時間は後輩、戻って来ないし・・どうせ、それまで帰れないからさ」
「そうなんだぁ・・どっしよっかなぁ」
*おいアタシ・・何を喋るつもりですかぁ〜?
「言っちゃえ、言っちゃえ!・・吐き出して、スッキリしちゃえ!」
「言っちゃおっかぁ」
「おぅ・・聞いてやる!・・泣きたかったら・・泣いちゃってもイイよ」
*そんな事言ったら、本当に泣いちゃうぞぉ〜。
「大した事じゃないんだけどさ・・」
「あのさ〜、その<大した事じゃない事>が胸につっかえているんじゃないの?」
「そう」
「<大した事>が気になって、グチャグチャ悩んでいるんでしょ?」
「京子ちゃん、鋭いねぇ・・」
「あたぼうよぅ!」
「さっきさぁ・・高校時代の同級生・・ほら志保・・京子も何回か会った事あるよねぇ?」
「志保って・・最近結婚したっていう人?」
「そうそう」
「アンタが<何も、私の離婚が決まって落ち込んでる時に結婚しなくたっていいじゃないよぅ>って言ってた彼女でしょう?」
「あれ・・アタシ、そんな事言ったっけ?」
「言ってた言ってた・・お酒飲んで・・グデグデになって」
「え〜?」
「赤坂の居酒屋で・・<結婚式の帰りなのぉ〜>ってさ、呼び出されたんだからね〜」
「あ〜、言ったかも」
「アンタ言っていたわよね・・<傷口に塩を擦り込むみたいに幸せを見せつけられたぁ>って、慰めてくれって大騒ぎ・・大変だったんだからね・・で、その彼女がどうしたのさ?」
* そっか〜、あの時・・側に居てくれたのは京子だったんだぁ〜。
「ちょっと〜・・真弥・・聞いてるの?」
<10−京子、恋の予感に本音をポロリ・・>
別にさぁ、本当は真弥の事なんて、どうでもいい筈なのよ。
だけどさ、なんか、放っておけないていうかさぁ・・アタシが力になれるんだったら、ちょっと手を貸してやってもいいかな・・なんて思っちゃうんだよなぁ。
真弥とはどんな関係なのかって?・・会社で同期だったっていうだけだよ。
アイツが会社辞めちゃってからは、一年に一度か二度ぐらい会うか会わないか・・みたいな関係だもん。
腐れ縁というか何というか、付かず離れずの不思議な関係が続いていたのよねぇ〜。
別にさぁ、社内で特別仲が良かったっていう訳でもないんだよなぁ。
アタシと違って真弥は女子大出のノンビリ娘だったからね。
共学の大学に通っていたからって、皆が皆、私みたいにガツガツしているとは限らないけどさ。
私は、小さい頃から負けず嫌いだったから、張り合ったり、競争するのが好きなのよ。
グラフとか付けられると燃えちゃうタイプなんだ。
真弥は、アタシとは全然正反対・・夏休みには南の島、冬はスキー・・なんて遊びの事しか考えていない・・みたいなヤツだったからね。
表向きはノンビリ顔をしていて、実は影で頑張っちゃっていたり、他人の足を引っ張ったりするような連中が多い中で、真弥だけが正真正銘のノンビリ屋さんだったのよ。
そう・・例えて言うと<釣りバカの浜ちゃん>みたいな・・。
アイツは上司にどう思われるか・・なんて事、考えた事なんか無いんじゃないのかなぁ?
でもね、決して仕事が出来ないっていう訳じゃないのよね。
仕事に目覚めていたら、案外バリバリのキャリアウーマンになっていたんじゃないかなぁ。
肩肘張らない・・と言うか何と言うか、いつも自然体のクセに、妙に感がイイのよねぇ・・頭が柔軟だから臨機応変に物事に対処出来るという事なのかなぁ・・。
要領がイイ・・っていうのとは、ちょっと違うのよね。
嫌みが無いのよ〜・・全然・・まったく。
天性の<仕事センス>を持ち合わせているのに、目覚めて居なかった・・みたいな感じなんだよね。
真弥は自分の事を<腰掛けOL>だったって言っているけど、本当の<腰掛けOL>っていう感じの連中とは違うと思うよ。
アイツが本気出して仕事をしていたら、アタシの一番のライバルになっていたかもね。
本音を言うとさぁ、真弥が結婚した時にチョットだけホッとしたんだよね。
でもね、妬けたのも事実だし、クッソ〜って思ったのも事実。
だってさぁ、絵に描いたようなハンサム・ボーイとゴールインしちゃうんだもん。
それも<適齢期>ドンピシャでだよ〜。
何かさぁ、取り残されたような感じがして、負けた!って思ったんだよね。
だけど、直前まで、幼なじみの酒屋の息子と付き合っているとばっかり思っていたから「何だよ〜」っていう感じもしていたんだけどね。
そう言えば、真弥の結婚式の二次会だったなぁ・・「私は一生結婚なんかしませ〜ん!」なんてさぁ宣言しちゃったのよね〜。
そうしたらさぁ、白い歯が溢れるような笑顔を浮かべた新郎君に「僕なら、アナタを放っては置かない・・」とか何とか言われちゃってさぁ、情けなくもアタシ・・グダグダになっちゃったんだっけ。
でも、やっぱりあの笑顔はクセモノだったんだな〜。
サンダーバードの人形かGIジョー・・って、例えが古過ぎるって?・・とにかく、作り物みたいなハンサム・ボーイなんていうのには、何処か難が有るっていう事よ。
他人の面倒を見ている暇が有るのかって?・・ちょっと待ってよ、そりゃアタシだって悩みの一つや二つ・・三つ、四つ・・山ほど抱えていますよ。
本当は、人の面倒なんて見ている場合じゃないかもしれないよ・・何て言ったって私は完全無欠の<おひとり様>候補なんだもん。
内緒だけど、本当は、真弥が離婚するって聞いた時、チョットだけ、ほんの一瞬だけど「ヘッヘッヘ〜」って思っちゃったのよね〜。
だから、少しだけ後ろめたくてさ。
それも有るから・・真弥みたいなノンビリ屋さんが<おひとり様>候補になったと知ったらさぁ、思わず手を差し伸べてやりたくなっちゃう訳よ。
策略を巡らすとかっていう事の出来ない性分のヤツだからね・・ちょっとバカ正直で、人が良くって、憎めないくらい。
今回の離婚の時も、旦那の悪口やお姑さんの悪口は、口にしなかったもんね。
そりゃ〜「この野郎」とか「バカ野郎」とか「クソ婆」ぐらいの事は言っていたけど、具体的に何をされた・・とか、何て言われたのかは胸に仕舞っちゃっているの。
だから、離婚の本当の原因は分からず仕舞いなんだよね。
子供が出来なくて悩んでいる・・とは、聞いていたけどさぁ・・その事が原因なのかなぁ?
そういう事だったら、アタシなんか出る幕無いよね・・って、彼氏居ない歴○○年の私には、そもそも離婚について語る資格は無いってか・・。
確かに仰るとおりでござんすよ〜だ!!
私が真弥に言いたいのはさ、一人で生きていくって・・簡単じゃ無いんだよ・・って事なのよ。
真弥の事だから、たぶん仕事の事とか何も考えていないだろうなぁ・・って、思ったのよ・・そうしたら、ホラ、案の定、やっぱりだもんね。
女がね、30過ぎて、40になろうって時に、資格も何も無しに何が出来るんだって事。
データしか読まない連中が増えているじゃない?・・人を見る目なんて持っていないんだよね。
ダレが、今まで専業主婦をやってきた真弥の、ドコに<仕事センス>を見いだして貰えるかって事なのよ。
そんなのさぁ、絶対無理に決まっているもん。
200%あり得ないからね。
でも・・私は知っている訳だ・・真弥には能力があるんだっていう事をさ。
武士の情け・・見て見ぬ振りは出来ぬ〜・・という事なんだよねぇ〜。
かといって、今更、ウチの会社に引っ張り上げる訳にもいかないしさぁ・・本当の所は、ついさっきまで困り果てていたんだよねぇ。
それが、天の助け?!・・神様っているもんだねぇ〜。
ずっと・・ずっとずっと昔に付き合っていた男から電話があったのさ。
「家業を継ぐ事になったから、仕事を手伝ってくれないか?」だって・・。
カレ・・今は独身らしいのよねぇ。
でも、「一緒になって、俺を支えてくれないか?」とは、言わなかったから、ちょっと微妙なんだけどね。
だけど、私の仕事の能力は認めてくれていたみたいだから、ちょっとだけ嬉しい・・かな。
だけど、アタシは今の仕事を辞められないし・・って、辞める気なんか全然無いし・・。
パッと会社を辞めて飛びついちゃうのも、何だか「便利な女」みたいだし・・。
でもさぁ、カレとはチョット繋がりを残しておきたいじゃない?・・わかるでしょう?
一石二鳥って、こういう事を言うのよね!!
何を考えているのかって?・・決まっているじゃない・・私の代わりに真弥に働いてもらうのよ!
真弥だって、仕事が見つかればホイホイでしょう?・・グッド・タイミング。
<11−京子、可愛いトコ・・あるじゃん!!>
「ちょっと・・もしもし?」
「うん、ちゃんと聞いてる。あのさ・・いつも・・ありがとね」
「えっ、何よ・・突然・・」
「アタシさぁ・・京子は恐い人だって・・ずっと思っていたけど・・肝心な時に側にいてくれたの・・京子だけなんだよね〜」
*アレ?・・意外と素直に言えちゃったよ〜。
「わっ、何々・・ビックリするような殊勝な事を言わないでよ」
「だってさぁ、本当なんだもん。さっきね、志保に<一緒にご飯食べよう>って電話したのよ」
「それで?」
「志保ったら、ご飯の支度しててさ・・前はね・・私が結婚してた時は・・私に断られてばっかりで内心チェッて思っていたから、今度は真弥がそう思う番よ・・なんて言われちゃったんだぁ」
「新妻だもん、仕方ないじゃん・・それで寂しくなったの?」
「寂しいっていうか・・その・・立場が逆転しちゃった事に、慣れていないというか・・」
「志保には、帰りを待つ相手が居るのに、アタシには誰も居ない・・なんて思ったんでしょう?」
「ちょっと〜」
*京子、ヤバイよ、図星じゃん。
「あのね、私なんかさぁ・・・もう十五年くらい思いっぱなしだよ」
「えっ?」
「大学卒業して、就職して・・仕事に慣れたかなぁって思ったら、親も会社も世間までもが寄って集って、結婚・・結婚って人の事をせっつく訳よ」
「そういえば私も言われた気がするよ・・だから結婚しちゃったような気もする〜」
「そうだったの?」
「そういう事だったのよねぇ・・今になって考えてみるとさぁ・・」
「25才の頃ってさ・・結婚っていう言葉の響きがプレッシャーになるのよね」
「私は、それに負けたのさ」
「私も負ければ良かったのかしらん?・・そうすれば、何て言うか、誰かが隣に居る生活を送れていたかもしれないわねぇ・・そう言えば、アンタは知り合ってすぐの電撃結婚だったよねぇ・・ちょっと可愛い幼なじみ君が居たのにさぁ」
「だってぇ・・浩一とは初対面の時にさぁ、パチパチッて火花が散ったんだもん」
「ふ〜ん」
*ヤバイヤバイ・・そろそろ話題を変えないと・・。
「それよりさぁ、京子は何で結婚しなかったのよ?」
「ん?・・そっちに話が行くか」
「だって・・ずっと付き合っていた人が居たじゃない?」
「あ〜あ、加藤君の事?」
「そうそう・・うわぁ〜懐かしい〜加藤君・・そうだよ、加藤君加藤君」
「彼ねぇ・・アンタの結婚式のちょっと前にさぁ・・ロスに転勤になったのよ」
「え〜っ・・あの加藤君がロスに?」
*知らなかったなぁ〜。
「そうよ・・あの加藤君がロス」
「京子、一緒に行っちゃえば良かったのに」
「そうなんだけどさ・・」
「何で一緒に行かなかったの?」
「仕事がさ・・・」
「仕事ぉ?」
「だって・・仕事がさぁ、丁度、面白くなってきたところだったんだもん」
「もしかしたら、今でも後悔している?」
「まあね」
「追っかけて行けば良かったのに・・」
「2ヶ月くらいウジウジしてたけど、アタシだって、そうしようと思ったのよ。そうしたら、彼・・向こうで結婚しちゃったって葉書が来てね」
「あっちで結婚しちゃったんだぁ〜」
「そうなのよ・・金髪の可愛娘ちゃんと運命の出会いがあったんだとさ」
「そうだったんだ〜。」
*京子も案外色々あったんだぁ。
「釣り落とした魚は大きいって言うモンね」
「あぁ」
「でも、釣り落とした魚よりも、お姑さんの小言が懐かしいなんて聞いた事ないよ」
「別にさぁ・・懐かしいっていう訳じゃないのよ。それに、アタシは浩一を釣り落とした訳じゃないもん。一度釣ったけど、逃がしてやっただけだもん」
「えっ?」
「釣り落とした魚の場合は実際の大きさがわからないから惜しい気がするけど、私の場合は浩一の実体を見ちゃったからね」
「元の旦那の実体ねぇ・・意味深なお言葉ですこと」
「だってさぁ・・子供が出来ないから離婚しなさいっていう母親にだよ・・あっさりと従っちゃって、可愛い恋女房を捨てるような男だったのよ浩一は・・そんなヤツと楽しい老後を送る・・なんて事、出来ると思う?」
「そっか〜」
「お姑さんは、どうしても跡継ぎが欲しいから、浩一に若くて健康なお嫁さんを・・と、頑張っているんだから」
「えっ、何だソレ?」
「来週、お見合いなんだってさぁ〜」
「ウッソ〜・・そりゃキツイわ」
「だからさ・・ちょっとだけだけど、うんとキツイ嫁が来ちゃって、家中引っかき回してくれたらいいなぁ・・なんて思っちゃうのよね〜」
* チョットチョット・・アタシ・・何でこんなに本音で語っちゃっているのよ〜?
「あははは、そりゃイイね〜・・ところでさ、あっちの家の事よりもさぁ、こっちの・・アンタの生活のメドはどうなのよ?」
「本当はね・・これからの事・・晋平に相談しようかなぁって思っていたけど・・やっぱ、ちょっと無理みたいな感じなんだよね」
「ふ〜ん・・それじゃぁ、ますますグッド・タイミングってことかぁ」
「えっ、何よ〜・・どういう意味?・・グッド・タイミングって?」
「あのね、例の加藤君が電話を・・久し振りにくれて・・家の仕事を継ぐ事になったって・・カレ、今は独身なの・・そう、だいぶ前に別れたんですって・・例の金髪美女とは・・それでね、手伝ってくれって言われたけど、アタシは無理だし・・」
「ちょっとちょっと・・京子、落ち着いてよ」
「あっ、ゴメン」
*ヒャ〜、京子ってば、加藤君に未練があるんだぁ・・うひょひょ〜鉄の女でも可愛いトコあるじゃん。
「加藤君が、家の仕事を継ぐ事になって、京子に手伝ってくれって言ってきた訳だ。でも、京子は今の会社を辞められない・・そういう事でしょう?」
「そう・・簡潔に言うと、そういう事」
「それで?・・加藤君は、今、独身だから・・」
「それは・・残念ながら無い。ヨリを戻そう・・とは言われなかった」
「そうなんだ・・」
「でも・・真弥さえ良かったら、私の代わりにカレの仕事・・手伝ってあげて欲しいんだけどさぁ・・」
<12−真弥、羽ばたきま〜す!!>
鉄の女だと思っていた京子女史の可愛い一面にはビックリしたけど、やっぱり女友達って良いよなぁって、しみじみ思っちゃったよ。
それより、何より、お悩み解消、万々歳・・山本真弥、38歳、バツイチ状態で仕事ゲットだぜ!!
えっ?・・どんな仕事かって?
それがさぁ、加藤君の実家って葬儀屋さんだったのよ・・だから、私は葬儀社の社員になるって訳。
少しぐらい人生の痛みを知っている人間の方が、この仕事には向いているかもしれない・・という京子のコメントには少しばかり抵抗があるけどね。
暗い仕事だっていうイメージはあるけど、案外やりがいのある仕事かも知れないね。
今まで、ノホホ〜ンと生きてきたから、人生の始末の仕方・・なんて考えた事なんて無かったけど、誰にでも必ず来るんだもんなぁ。
先に逝ってしまった大切な人をどう送るか・・なんてさぁ考えた事なんか無いもんね。
そう考えると、私でイイのかな?って・・ちょっと心配にもなっちゃうんだけど・・。
私ごときの人生経験なんてさぁ屁みたいなモンだから、何の役にも立たないかもしれないよね〜。
でもさ、こんな私でも何かお手伝いが出来る事があるんじゃないかなぁ・・と、思いたい。
何の資格も持っていないからバリバリの仕事なんか出来る訳が無いし、今更、若い子と張り合える訳も無いし、本当にどうしよ〜って悩んでいたんだもん。
天の助けだと思って頑張ってみるしかないよね。
取りあえず、詳しい事は会って話そうっていう事になったから、今夜の夕食・・独りぼっちじゃなくなったんだ〜。
コレもラッキー!!
予定外の離婚だったから、一ヶ月経ってもまだ<驚いたまんまの状態>から抜け出せずにいるせいか、一人で御飯を食べるのがメチャクチャ寂しいんだよね。
自分一人が悲劇のヒロインみたいになるのは・・なんか・・悔しいから、強がって、平気ぶっているけど・・本当は寂しくて、辛くて、悔しくて、虚しくて・・泣いちゃいそうなんだから。
和江の事も、志保の事も、晋平の事も・・それに、絵里やお母さんの事・・冷たいとか勝手だとかって文句を言ったけど、本当はかまって欲しくてたまらなかったのさ。
でも、あっちにもあっちの事情があるんだよね・・反省、反省。
今度は、和江と晋平・・二人一緒に会うようにしようっと・・。
じゃないとさぁ、なんか妙な気遣いをしちゃうもんね。
志保も色々大変みたいだから、ゆっくり話を聞いてあげなくちゃ・・。
一度、志保の手料理でもご馳走になりに行くかな・・。
そういう時の手みやげは、お菓子でもいいのかなぁ?・・その辺も、聞いておかなくちゃね。
それに・・絵里。
将来の事とか・・家族のこれからについて・・あの子なりに色々考えているみたいだから、一度、ちゃんと話合ってみなくちゃね。
心配を掛けるだけ掛けておいてごめんなさい・・って、皆にあやまらなくちゃね。
でも・・すっごく意外!!ただ恐いヤツって思っていた京子の電話でこんな気持ちになったんだもん・・ビックリよ!!・・感謝、感謝だね!!
でも、一番謝らなくちゃいけない相手は、もしかしたら浩一なのかもね。
本当はさぁ・・離婚の話が出た時・・アタシが浩一に泣いてすがる・・くらいの事をしていたら事態は変わっていたかもしれないって思うんだぁ。
アタシ・・妙に冷静ぶっていたからね。
端から見たら<夫婦円満>に映っていたかもしれないけれど、本当はずっと前から気持ちの奧の方が冷めていたのかもしれない。
ドキドキとか、ワクワクとか全然無くなっちゃっていたもんなぁ。
休みの日にゴルフに行ってくれると、逆にホッとしたりしてさぁ・・。
浩一から離婚を切り出された時も、「あぁ、そうですか」なんて平然と答えちゃったんだもの・・可愛く無いよね。
アタシがあんな風だったから、浩一だって、引くに引けなくなっちゃったんだと思う。
今まで、私は悪くないモン・・って、思っていたけれど、違ったみたいだね。
少なくとも、結婚している間は<寂しさ>を感じないで生きていられたんだから、その事だけでも、浩一との生活には意味があったのかもしれないし・・。
そこんとこだけは、ちょっとだけ・・感謝しておくかな。
それでもさぁ・・新しく来る嫁が若くてピチピチだと思うと、ちょっと妬けるぜ!
お姑さんとも仲良くしちゃうのかな?・・クッソ〜!!・・畜生〜!!
でもさ・・どっちがイビられるのかな?
まっ、そんな事は私の心配する事じゃないけどね。
浩一が旦那じゃなくなった事は、そんなに悲しくはないんだけど・・あんなハンサムが、別の誰かの旦那になっちゃうのかと思うとムカツクんだよなぁ・・変でしょう?
別れた事が悲しいんじゃなくて、浩一が私を引き留めてくれなかった事が悲しいんだよね。
女心の身勝手な言い分ですが、分かってもらえるかしら・・?
おっと〜、そんな事より何を着て行くべ?
どの箱に、何が入っているのやら・・。
あ〜・・こんな事なら整理整頓しておけばヨカッタよ〜。
黒を着ていくと、葬儀屋を意識して・・みたいに思われちゃうかなぁ?
グリーンのジャケットはアイロンかけないとダメだし・・。
いっその事、このジャージで行っちゃう?・・なんて、アホな事は考えちゃダメだよね。
そうだよ・・もしかしたら、加藤君も来るかもしれないんだから・・バカだと思われちゃヤバいもんね。
あれれ・・もし、加藤君が来たら、京子と加藤君・・何年振りになるんだろう?
加藤君・・変貌していないと良いんだけど・・ホラ、男の人ってさぁ・・頭の毛が薄くなっちゃったりすると別人になっちゃうからね。
クラス会なんかやると、男の子の変貌振りにビックリさせられちゃうケースの方が多いからさぁ・・。
若い頃、可愛かった男子ほど落差に唖然とさせられちゃうんだよなぁ。
女の方がさぁ、割に順当に年を重ねていくのよねぇ〜。
たぶん今頃、京子・・ドキドキワクワクだろうなぁ。
がっかりしない事になるといいんだけど・・。
案外京子みたいなタイプは、加藤君がハゲオヤジになっていても大丈夫かもね。
でも、外見より中身重視・・なんて言っていたって、恋愛は仕事と違うからなぁ・・。
あ〜ん・・他人の恋路って、無責任に見ていられるから楽しいかも〜。
久し振りにウキウキしてきちゃったぁ!!
京子が友達でいてくれてヨカッタよ。
私も、女友達の<アリガタミ>っていうのが身に沁みるような歳になったっていう事かな?
でもさ・・アタシの人生、まだまだ続いて行く訳だから・・フレ〜フレ〜・ア・タ・シ!!
ガンバレ、ガンバレ、ア・タ・シ!!
よっしゃ〜・・それじゃあ、行ってきま〜す!!
ちょっとした言葉で、人は元気になったり落ち込んだり・・。でも、誰かと話すって、とても大切な事だと思うのです