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08

「隊長、決闘を申し込みます」


そう意気込むアイリスに隊長はこう答えた。


「いや、いまから朝食なんだけど……」


「………」


確かに、普段より早く来たかもしれない。


いや、でも。


「私は騎士の誇りを賭けて決闘を挑んでいるんです。食事なんて後にしてください」

「えー……でもなあ……」


団長はルナの方を見た。


そのルナは静かな口調でアイリスに向けて言った。


「決闘するのは構いませんが、食事の後にして下さい」


「いや……でも」


「食事の後にして下さい」


「……はい」


アイリスは大人しく従った。


そのまま、三人が食事に入り、アイリスはリビングで待つことになった。


なんだろう。ルナさんは決して威圧的な態度ではないのだが逆らえない雰囲気がある。それはアイリスだけでなく隊長やアルト君も同じだろう。

不思議に思ったものの本題はそれではない。アイリスは戦意を押し込めながら静かに待った。


そして、決闘の話に戻ったのは朝食が終わり、食後の紅茶を飲み干した後だった。


「で? 何だって?」


隊長の質問にアイリスは、


「ええと……決闘を申し込んでいるんです」


若干、気が抜けながら答えた。


「へえ? 決闘か……」


隊長がちょっと面白そうな顔をした。


アイリスが気合いを入れ直しながら説明する。


「はい。そして私が勝ったら、町にでて働きましょう」


ますます、隊長は面白そうな顔をした。


「そうきたか。それは面白そうだ。それで? 俺が勝ったらどうするんだ?」


「隊長が勝ったら、隊長の好きな行列のできるケーキ屋さんのケーキを買ってきます」


実はこの負けた時の対価はミリアの助言だった。当初はアイリスは貯金を全額賭けてでも、隊長を決闘に引き込むつもりだったが、商人の娘であるミリアから、


「最初から対価を高くしすぎるのは良くないよ。最初は低すぎる対価を提示しといて、最終的にはほどほどの要求で相手に条件を飲ませるのがいいよ」


と、言われた。

正直、そういった駆け引きは好きでも、得意でもないのだが、せっかくのミリアの助言だ。これから上手く駆け引きしてほどほどの所で、決闘の条件を飲ませなければ………。


「乗った」


アイリスの提案に隊長は即座に答えた。


「ええ? 乗るんですか!?」


まだ、何の交渉もしていない。


「? いや、アイリスが持ってきた話だろ」


そうだけど……、そうだけどさぁ……。


戸惑うアイリスに構わず隊長は「じゃ、外でやろうぜ」と言って、出ていった。


アイリスはそんな隊長の態度に、いっそケーキをあげるから働けと言う方が早いんじゃないかと思いながら隊長の後に着いていった。


そして舘の前で二人は向き合った。

アイリスは隊長に小脇に抱えていた木刀の一本を隊長に渡し、残りの一本を構えた。

アイリスの構えは、はたから見ても凛とした姿だ。一方、隊長はみるからにだらしない。

それをルナとアルトはちょっと離れた所から眺めている。


アルトがルナに聞く。

「これ、隊長が負けたら俺も働くの?」

「おそらくは、そうでしょう」


アルトはうげっと言わんばかりの顔をした。


「大体、働くって何をするのさ? 町に出て勝手に犯罪捜査でもするの?」

「そういう行動は逆に第一隊や探知隊の邪魔になるのですが……まあ、あの子はそういう事まで考えてないでしょうね。ひょっとしたら働けと言っていますが、実際何をするのかは考えていないのかもしれませんよ」

「いや、さすがにそれはないだろ。だったら、ただのバカじゃん」

「まあ、何にせよ決闘の結末次第ですけどね。……始まりますよ」


ルナの言葉と同時に決闘が始まった。


「いきます」


その言葉と共にアイリスは飛び出した。

縦に真一文字の袈裟斬り。

ブラッキーはそれを右に避けた。

アイリスか追う。

ベクトルを最大限使い、回り込んでの横一文字。 だが、それもかわされた。

それからも連撃を繰り返したがことごとく空をきる。

12回目の斬撃がかわされた時、一度アイリスは距離を取った。


警戒するアイリスに対してブラッキーはにへらと笑っている。楽しんでいるのだ。


正直な所、アイリスは内心で驚いていた。自分の剣がこうまであっさりと避けられた記憶はない。

だが、予測していた事でもあった。普段、どれだけ、遊び歩いていても隊長は百門突破なのだ。60門しか突破していないアイリスとはオーラ、ベクトル共にかなりの差がある。

実際、過去に何回か隊長に殴りかかった時があるが、毎回綺麗にかわされた。


この決闘に載ったのも勝てる自信があるからだ。


ちなみにクルルアルトでは、こういった決闘ではマテリアルは使わない事がルールだ。


アイリスは考える。

私の能力はオーラ、ベクトル、マテリアルそれぞれ20ずつのバランス型。

隊長の能力は未知数だけれど仮にバランス型だとして33オール。

オーラもベクトルも10以上の開きがある。

10以上離れていると普通に戦ってもダメージを与えられないし、動きについていけない。

普通ならまず勝てない勝負だ。

だが、それでもアイリスには勝算があった。


それは騎士学生時代、黄金世代とまで言われたアイリス達の世代の中でも剣技においてアイリスの右に出るものはいなかった。その自負から来るものだ。


「どうした? もうおしまいか?」


隊長はにへらとアイリスに笑いかけて来た。

アイリスはそれに、


「……いきます」


そう宣言して、動き出した。


先程と同じ真正面からの袈裟斬り。だが、速度が違う。


「うお!?」


隊長が驚いて声をあげた。


またも、避けられるが構わず追撃する。

それは先程と同じ展開だが明らかにアイリスの速度が違っていた。


二人の闘いを見物していたルナが素直な賞賛を口にした。

「あの練度の『瞬歩』を使えるとは……やりますね」


それを聞いたアルトは驚いた。ルナが素直に褒めることは少ないのだ。珍しいと思いながら訊ねた。


「なんか、すっげえ速いんだけど、アレどうなってんの?」


「アルトはオーラやベクトルに関しては素人でしたね…。あれば『瞬歩』と言う技です。分類的にはベクトルスキルなのですがオーラも併用しなければならない高等技術ですよ」


そう前置きして、具体的な説明を始めた。


「そもそも神様は人にオーラ、ベクトル、マテリアルと言う恩恵をくれましたが、その使い方までは教えてくれませんでした。使い道を誤って破滅した人間のなんと多いことでしょうね」


ルナは淡々と皮肉な事を言った。


「特に、ベクトルは同じベクトルレベルでも個人差がでる事が長年の謎だったのですが百年ほど前に解き明かされました。ベクトルと言う力は周囲の空間に作用して加速する力であると思われていたのですが、同時に減速にも作用して自身を守る力でもあるのです」

「そうなの?」

「そうなのです。要は同じ力が真逆の方向に向いているだけなんですけどね。同じ力故に、訓練次第でいまアイリスがやっている様に、減速に回す力を加速に回すことも出来ます。ただその分、減速の力が弱まる訳ですから肉体に対する負担が増えます。具体的には今のアイリスの速度は普通なら自身の足首の筋肉がネジ切れます。」


「うげぇ……」


アルトは具体的にその光景を想像してしまい顔をしかめた。


「そうならない為にオーラを関節部分に集中させることで、自身の肉体強度を上げているのですよ」


ルナの説明を聞いてアルトは正直な感想を口にした。


「ベクトルってめんどくさい力だな…」

「そんな事はありませんよ。自身の精神に作用するが故に千差万別のマテリアルに比べればずっと単純です。……それより、決着がつきそうですよ」


アイリスが『瞬歩』を使い隊長を追い詰めていた。絶え間無い連撃で逃げ道を限定していく。

そして、勝負に出た。アイリスは右に飛んだ。しかしアイリスの体は左に流れていく。

ベクトルスキル『朧月』

自身の進行方向と真逆にベクトルの力を向けることで相手を惑わせる技で、主に対人戦に使われる。


『朧月』を使い隊長の背後を取ったアイリスはこれまで自身の体を守る為に使っていたオーラを剣に集中させた。


オーラスキル『剛剣』


アイリスの一ヶ所に集中したオーラは隊長のオーラを貫くと確信した。


しかし、


隊長の姿が突如かききえた。


「えっ」


と、思った次の瞬間にはコツンとした衝撃が頭に響いた。何の痛みもない……痛みはないが。


隣を見るとにへらとした表情で隊長が立っていた。

隊長が言う。


「これで、俺の勝ちだな? なかなかに楽しかったぜ」

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