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04

「王命隊の副隊長を勤める、ルナ=メイベルです。よろしくお願いします。」


と、メイド服を着た女性が丁寧な口調で言った。


「アルト=ボクテス……隊員やってる」


と、パジャマを着た少年がぶっきらぼうに言った。


アイリスはメイド服は百歩譲るとして、パジャマはないだろうと思いながら自分も名乗った。


「アイリス=コルトです……よろしくお願いします」


そして今日から同僚となる二人を観察する。


ルナはとにかく地味な第一印象しかない。栗色のロングヘアー…ぐらいしか特徴が思いつかない。注意深く見ると前髪で顔の半分は隠れているが、かなり整った容姿をしているように思えなくもないし。厚手のエプロンドレスを押し上げる2つの脹らみにしたってアイリスなんぞよりもよっぽどあるように思えるのだが、見事なまでに注意を引かない。ここまでくると意図的なんじないかと勘ぐってしまうほどのめだたなさだ。


アルトと名乗った少年は年の頃16か17といった所でアイリスと同じ年ぐらいだろう。金色碧眼の美少年なのだが、やる気の死滅したようなだらけた表情とパジャマが全てを台無しにしている。いつだって元気一杯のアイリスとは対極にある少年だ


そんな風に二人を観察していると隊長が言った。


「じゃあ、これから、アイリス君に王命隊の仕事を説明しなければならない訳だが、俺は今から用事があって出かけなくてはならない」

「はい?」

「よって、後の事は副隊長のルナに任せた」


任されたルナは、その言葉に若干呆れながらも、


「わかりました。いってらっしゃい」


と、素直に答えた。


そして、隊長は「うむ」と頷くと、出入り口に歩いていく。


そんな隊長を見て、パジャマが言う。


「じゃあ、俺も部屋に戻って寝直していい?」

「アルトはまだ仕事があるので残りなさい………ああ、隊長。私の分はモンブランをお願いします」


その言葉に隊長は振り返り、グッと親指をたて笑った。そしてそのまま出ていく。


そんなあれこれをぼけっと見ていたアイリスは、はっ、と我に返ると叫んだ。


「ええっ!? つまり隊長はケーキを買いにいったんですか!?」


「そうですよ」


「なんでなんですか!?」


「王都でも人気のケーキ屋さんですからね……今から行って並ばないと買えないのですよ」


「そうじゃなくて!」


「わかっています。今日、初めてやってきた自分をほったらかして、ケーキを優先するのか? と言いたいのでしょうが、隊長はケーキを優先しますよ」


「……それでいいんですか?」


「あまり、良くはないのですが……。ああゆう人ですし、貴女をここまで連れてきただけでも上出来でしょう」


その言葉にアイリスはガクッと力が抜けた。さっきから王命隊の事を知れば知るほどアイリスの中の評価が下がっていく。そして、そんな王命隊が今日からアイリスの職場なのだ。


気落ちするアイリスにルナが話しかけてきた。


「では、アイリス」


「……はい、副隊長」


「…副隊長と呼ばれるのは仰々しくて好きに慣れないのです。名前で呼んでくれませんか」


「えっと…ルナ……さん」


「はい、それでお願いします。……それでは、隊長に代わり、私が王命隊の仕事を説明したい所なのですが、私も副隊長としての仕事が忙しいのです」


「はあ……副隊長の仕事ですか?」


「ええ、食事の用意に洗濯、掃除に裏にある紅茶畑の手入れなどですね」


「……はぁ」


そりゃ騎士団だって人の集まりだから、食事や掃除をする人は必要だが……、それは副隊長のやる仕事なのだろうか? そして紅茶畑の手入れは間違いなく騎士団の仕事じゃない。


と、アイリスは思ったのだがなんせ初日だ。口には出さなかった。


ルナが続ける。


「なので、仕事の説明はアルトに任せます」


「はぁ?」


その言葉にアルトが反応した。


「なんで俺がそんなこと……」


そう、愚痴ったがルナは取り合わなかった。


「これは副隊長としての命令です」

「………」

「では、後はお願いします」

そう言ってルナも部屋から出ていった。


残された二人は、しばらく無言だった。アルトは単純に面倒くさいなと思っていたし、アイリスもちょっと前まで第一線で働いていたのに、今では窓際部署でやる気のなさそうなパジャマ男から仕事を教わるギャップを受け入れるのは、少なくない葛藤を生んだ。


無言の沈黙の中にも様々な葛藤はあったが、いつまでもこうしている訳にもいかない。


「じゃあ、説明するけどいい?」


「ええ」


「つっても、王命隊の仕事なんてあってないようなもんだけどな」


そう前置きしてから、話始めた。


「まず第一に王様の命令を聞くこと。そして第二に王命の命令があった時に素早く動けるよう準備しておくこと…。それだけ注意しとけば後は自由だよ。楽なもんだろ」


楽なもんだろという言葉はパジャマ男が言うとものすごい説得力があった。


無論、仕事がしたい人間のアイリスには喜べなかったが。


そして、恐ろしい事にそれだけの説明で王命隊の仕事の説明は終わってしまったらしい。「あと、なんか質問ある?」とアルトが聞いてきた。


アイリスはとりあえず疑問に思った事を聞いて見た。


「じゃあ、普段君はどんな仕事をしている訳?」

「食うことと、寝ることと、遊ぶこと……かな」


真顔でアルトはそう答えた。アイリスはアルトをニートだと認識した。


「えーと、ニート君……じゃなくてアルト君。王命隊は剣の稽古とか魔法の研鑽とかそう言う事ははしないの」


「そういうのは個人の自由だよ」


つまり、少なくともこのパジャマニートはやってないのだろう。


「だったら……王命! 王命はどんなものがあるのかな?」


「さあ? 俺がここに来て三年になるけど王命なんて一度もないよ」


「…………」


アイリスはもう尋ねる気力もなかった。


話が終わるとアルトは「じゃあ俺は寝るから」そう言って二階の個室に戻っていった。


独り残されたアイリスはこれからの事を想像して絶望した。


それがアイリスが王命隊にやってきた初日の出来事だ。


それから一ヶ月、本当に王命隊には何の仕事もなかった。

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