03
「んで? なにをやったからうちに来ることになったんだ?」
アイリスは城の裏の森を歩きながら、そんな質問をされた。
質問した男はブラッキー=ラルと名のった。20代の黒髪黒目の男だ。気軽にブラッキーでもラルでも好きに呼んでくれと言われたのでアイリスは隊長と呼ぶことにした。
そして、先ほどの事などなかったかの様に気楽にアイリスに話しかけてくる。
「…………」
一方、アイリスは戸惑っていた。
先ほど最悪な出合いかたをしたのだ。その後、謝罪された事と、今日から同じ職場で働く、しかも相手は上官である事が相まってアイリスは矛を収めたのだが、何しろさっきの今だ。どんな接し方をすればよいか計りかねた。
一方、隊長の方は、そんなアイリスの葛藤など気にも止めずに話しかけてくる。
軽い。
しかも、
「それとも、あれか? 話せないほどの悪事をやっちゃった訳か? やるねぇ」
「ちがいます」
具体的な話を聞いてもないのに、適当に話を膨らませる隊長に呆れながらもアイリスは即座に否定した。
このままだと、訳の分からない濡れ衣をかけられそうだと思ったアイリスは正直に事情を話すことにした。
貴族のどら息子といった風体のがらの悪い男たちが、かわいらしいが気の弱そうな少女を囲んで強引に口説いていた事。それを見たアイリスが割って入り口論になった事。口論が白熱してきて、最後には3対1の決闘をする事になった事、そしてその決闘で男達を遠慮容赦なく叩きのめした事。
それらの事情をアイリスが話すと隊長は爆笑した。
「あっはっはははっ。それでうちに飛ばされたんだ。あはは。腹がいてぇ」
腹を抱えて笑う隊長。アイリスが殺意を抱いたとして誰が責められるというのか。アイリスは隊長を睨みながら刺々しく言った。
「なんですか? 私のやった事間違っていますか? 騎士として間違っていますか?」
否定できるものなら否定してみろ、という気持ちで言ったのだが、相手はあっさりと、
「そりゃ、間違ったから飛ばされたんだろ」
と、アイリスの行動を否定したした。
「なっ……!」
正直、そう返されると思っていなかった。
絶句して、そして激昂した。
「だったら見捨てる方が正しかったんですか!? 隊長は同じ状況でか弱い女の子を見捨てるんですか!?」
「ん? いやいや、そこじねーよ。間違ったのはその後の対応。相手が貴族だってわかってたんだろ? だったら口論するのは、上手くねーし決闘仕掛けるのは論外さ。クルルアルトじゃ王族の次に貴族が偉いんだ」
「それはそうですが………だったらどうすれば良かったんですか?」
「そうだなぁー、話に割って入ったあとは、さっさと女の子を逃がして、ひたすら下手にでる……かな」
隊長の示した解決策にアイリスは眉をひそめた。確かにそう行動していたら左遷されなかったかもしれない。だが……。
「納得できないかい? 」
「納得できません」
「若いねー」
そう言って隊長は笑った。それが、まるで子供扱いされているかのようでカチンときた。皮肉を言う。
「じゃあ納得できる隊長は年寄りなんですね」
「まあ、実年齢は70近いしな」
「はぁ!?」
ちょっとした皮肉にとんでもない返事が返ってきた。
アイリスは隊長をまじまじと見つめた。どう見ても20代、ひょっとしたら10代に見える。これが70近いだと……。
愕然とするアイリスにむしろ相手の方が驚いた。
「いや、なんでそんなに驚いてんのさ? 俺、ドワールと幼なじみだよ。知らないの?」
ドワールとは国王陛下の事だ。そして、王命隊の隊長が陛下と幼なじみだと言う事も有名な話だ。
だが、それが目の前の男と同一人物だと誰が思うのだ? アイリスは王命隊の隊長は代替わりしたのだと思っていた。そうではなく、この若い男が本当に70近いというなら……。
アイリスは1つの可能性を思いうかべた。問う。
「隊長は……百門突破者なんですか? 」
「ん? そうだよ」
あっさりと肯定された。信じられない気持ちでアイリスは隊長を見つめた。
この世界には神の恩恵とも神の試練とも呼ばれる現象が存在している。
鍵と門だ。鍵は1番の鍵から100番の鍵まで存在している。
鍵を使用すれば門が現れ、その中は迷宮となっている。
そして迷宮を突破した者はオーラ、ベクトル、マテリアルの内1つを選んでその身に宿すことができる。
そして1番から99番の迷宮を全て突破した者には100番の鍵が渡される。
そして、100番の迷宮を突破した者には不老の力が与えられる。
騎士やハンターなど闘いを生業にする者にとって、どれだけの迷宮を突破したかはとても重要な指標だ。
アイリスが(正確にはアイリス達のパーティーが)騎士学校を主席で卒業したと呼ばれるのも、彼らが在学中に他の誰よりも多くの迷宮を、実に60もの迷宮を突破したからだ。
百門突破者とは百の迷宮を乗り越えた実力者であり、百の恩恵を与えられた、いわば神の寵愛者でもある。
クルルアルトにも二人の突破者がいて、それぞれ7番隊の隊長と親衛の隊長であり、どちらも国の重鎮を務めている。
彼らは武芸者達の目標であり、憧れである。
アイリスもまた他の武芸者と同じく百門突破者に敬意と憧憬の念をもっていた。
だというのに、
だというのに、
「ん? そんなに見つめちゃってどうした? あれか、俺が百門突破者だとしって尊敬を通り越して恋心が生まれちゃったとかそういう流れか? ごめんな、君は可愛いし、その燃える様な赤い髪もとってもチャーミングなんだが、残念ながら俺には他に心に決めた人がいるんだ」
などとほざくこの男が……、この軽い男が……。
辛うじて頭の隅に残っていた理性で「凄いですね、尊敬します」などと、心にもないおべっかを使っているが、内面はしっちゃかめっちゃかだった。
おかしい。これは絶対おかしい。これが百門突破者だなんてなにかが間違っている。なんで、そんな人間が王様のヒモをやっているんだ。なんで……。
と、心のなかで理不尽さを延々と嘆き、しばらくして、どうにかこうにか折り合いをつけた所で、
「ついたぞ」
と、声をかけられた。
見ると、前方に2階建ての木造建築の建物が見えた。
かなり大きさだし周囲の清掃も行き届いている。貴族の別荘だと言われれば信じてしまいそうだ。
そんな、立派な建物を見て、アイリスは言った。
「森の中の所在地って……ほったて小屋じゃなかったんですね…」
「いや、なんでそんなイメージなんだよ……まがりなりにも国王直属の隊の所在地だぞ」
隊長は呆れた表情をしたが、
「ま、いいや、隊のメンバー紹介するから中に入れよ」
そういって中に入っていった。
アイリスはちょっと躊躇したが、ぱしんと両手で頬を叩いて気合いを入れると、隊長の後に続いた。