02
アイリスが上官から左遷を命じられた次の日、彼女は侍従部署を訪れた。受付のお姉さんに声をかけた。
「すいません」
「はい。なんでしょう」
明るく返事を返してくれるお姉さん。だが今のアイリスにはつらい明るさだった。
出来るだけ、感情を出さずにアイリスは尋ねた。
「王命隊に行きたいのですが、場所が分からないんです」
「王命隊? 王命隊にどんなご用が?」
「……今日から王命隊に配属する事になりました」
「ええっ!? それは……その……頑張れは、いいことだってありますよ」
お姉さんは優しく慰めてくれたが、よりいっそう気持ちが沈んだ。
そもそも、何故、侍従部署で王命隊の所在を尋ねているかというと、アイリスが王命隊の所在地を知らなかったからだ。
仕方なく、昨日までの上官に聞きにいったのだが、上官もまた王命隊の場所を知らなかった。そして、嘲笑、軽蔑、同情、その他様々な反応を見せる昨日までの同僚たち中にも、王命隊の所在を知る者はいなかった。
王都を守る第1隊で王命隊の名前を知らない者などいないが、その所在を知る者も一人もいなかった。
名前だけの王命隊とは、数多ある王命隊のあだ名の1つなのだがよく言ったものだと思う。
そしてアイリスは侍従部署にやってきた。
侍従部署は王宮の清掃と備品の補充を担っている。
その仕事の性質上、城の隅々まで知り尽くしている。分からない事があったら侍従部署へ行けと言う言葉まである。
たとえ、王命隊がどれ程の窓際、もとい壁際にあろうとも侍従部署なら把握しているはずだ。
だと言うのに、
「申し訳ありません。王命隊の所在は分からないんですよ」
などと言う答えが返ってきた。
「ええっ? どうしてですか?」
「そもそもお城の中に王命隊の所在地がないんですよ」
「………」
アイリスは絶句した。
名ばかりとはいえ、仮にも国王直属の部隊の所在地が城の中にない。壁際部署どころか壁の外だった。そんな事がありえていいものなのか?
不条理だ。そう思いながら再度お姉さんに聞いた。
「じゃあ、王命隊はどこにあるんですか?」
「……お城の裏にある森の中です」
「えええっ!?」
意味が分からない。城の裏側はただの森だ。決して、果樹園の栽培をしている訳でも、薬草の栽培をしている訳でもない。貴重な物など何もない。一応城の近くであるが、故に王家の直轄地となっており猟師すら近寄らない。そんな何もない場所に所在を構えて何になるというのか?
「なんでそんな場所に?」
「さあ? 隊長さん、変わった方ですから」
アイリスの疑問にそんな答えが返ってきた。
そして、お姉さんも森のどこに所在地があるのか知らないのだと言う。
つまり、アイリスはだだっ広い森の中を探さなくてはならない訳だ。
アイリスは力なくうつむいた。泣きそうな気持ちだ。
だが泣きしない。瞳に力を入れ、涙があふれそうになるのを堪えた。
昨日、家に帰ってから大泣きして、自分の進退について考えた。騎士団を去る事も考え、出た答えが諦めない事だった。
騎士として弱きを守る。
それが自分が目指す道だと思い定め歩いてきたのだ。それを、この程度の逆境で諦めてたまるものか。
そして、再び顔を上げたとき、アイリスの顔には弱さは残っていなかった。
「色々と教えてくれて有難うございました。これから森の中を探してみようと思います」
受付の女性は、その力づよい表情をみて驚いた。そして、逆境に負けまいとするアイリスに先ほどとは違い、同情ではなく激励の意味を込め同じ言葉を言った。
「頑張って下さい。頑張れはいいことだってありますよ」
「はい」
アイリスは素直に激励の言葉を受け取った。
と、その時だ。一人の男が侍従部署に入ってきた。そして受付のお姉さんに声をかけた。
「よ、久し振り」
「あっ、隊長さん!?」
彼女は驚いた。そして男に言う。
「珍しいですね。なんという都合の良いタイミングで現れるんですか。ちょうど用事があったんですよ」
「何、用事? 俺に? それとも王命隊に?」
王命隊と言う言葉にアイリスは反応した。二人の方を見るとお姉さんがアイリスに向けてウインクした。この男が王命隊の隊長だというアイリスに対する合図だろう。
彼女はアイリスに合図を送ると再び隊長さんに話しかけた。
「まあ、それは後回しにして隊長さんの用事をお聞きましょう。本日はどのようなご用件で? 備品の補充だったら副隊長さんが来ますよね?」
「ああ、ちがう……実は人を探しているんだ。いずれここにくんだろ」
「人探し…ですか?」
「そう人探し。今日から新しいやつが、うちに来ることになってな。でも王命隊の場所なんか普通は知らんだろ。だから迎えにいって来いってルナがな…。まったく隊長使いの荒い副隊長だと思わね?」
「ふふ、彼女らしいですね」
そんな二人の会話を聞いて男が自分を探しにきたのだとアイリスは理解した。そして自分が探している新人だと伝えようとしたが、男の、
「それにしても、俺が言うのも何なんだが、王命隊に送られてくるなんざ、よっぽどの馬鹿だよな」
という言葉で、ピシリとアイリスは固まった。
「あの、た…隊長さん、ちょっと……」
「よっぽど使えないやつなのか、性格がわりーのか、それとも要領がわりーのか運がないのか……どれだと思う?」
「知りません! それよりもちょっと……」
「まあ、どうであれ暇潰しにはなるんだかな、サシャもやるだろ。毎回恒例の新人ギャンブル」
「ちょっ……それは……!」
「新人が1ヶ月以上もつかどうか? 負けた側の掛け金を勝った側のやつらで山分け、ちなみに俺は1ヶ月持たない方に賭けた」
「もう、隊長さん、隣! 隣!」
「隣?」
そこで男が隣を見ると刺し殺す様な視線で自分を見つめる少女、つまりアイリスと目があった。
その眼光の鋭さに気圧されながらも男は尋ねた。
「お…おう……どうした?」
「はじめて、今日から王命隊に配属されるアイリス=コルトです」
「お………おぅ………よろしくな」
男はしまったと言う顔をしたが、もう遅い。
絶対に1ヶ月は辞めない。
アイリスは内心でそう呟きながらも、表向きは朗らかな笑顔で挨拶した。
「これからよろしくお願いします」