25
迷宮を抜けるとそこには死体の山があった。文字どうり黒ずくめの死体が積んである。それも何十人も。
「「・・・・・・」」
二人は声もなく立ち尽くした。背後で役目を終えた門がゆらりと消えたのもまるっきり気づかなかった。
「お帰り、早かったな」
先に迷宮を出ていたアルトからそんな声をかけられた。本来ならスタンドプレーを怒らなくてはならないのだが、そんな事は頭の中から抜け落ちていた。
「これを・・一人で・・ルナさんが・・・?」
「だと思うぜ」
かすれたアイリスの声に、いたって適当にアルトが返した。
「一体何者ですの?あの女」
そう問うカトリーナの声もやはりかすれていた。
「さあ、おれも良くしらね・・・ただまあ、間違いなく化物だと思うよ」
と、その時だ。館の中から、
「お帰りなさい」
と言う声と共にルナがやって来た。
「た、ただいま戻りました。ルナさん」
アイリスが若干どもりながら返事を返した。
「どうやら、無傷で帰って来たようですね。何よりです。湯浴みもお夕飯も出来ていますので、まずは湯浴みからどうぞ」
「あ、ありがとうございます・・・ところで、あの暗殺者たちは全部ルナさんが?」
「はい」
「全員ですか、一人も漏らさず?」
「はい」
「・・・・」
あっさり肯定されて二人は二の句が継げなくなった。どうやってそれを成し得たのか具体的な話を聞きたい所だが、二人のこれまで数十の神の試練を突破し、騎士団の一員として相応の修羅場を潜り抜けてきた勘がそれは危険だと告げていた。
簡潔に言うと二人はびびっていた。
二人は視線だけで藪に手を出さぬように示し合わせ、大人しく湯浴みに向かおうとした所で、アルトが余計な口を挟んできた。
「ラスボスに必殺コンビネーションかますんじゃな・・・」
最後まで言えなかった。アイリスの掌底がアルトの横隔膜を揺らし、カトリーナの鞭の様にしなるバックブローが顎の先をかすめアルトの脳を揺らした。
一瞬でアルトの意識が飛んだ。
「あれ?アルト君ふらふらして、どうしたの?迷宮から帰ってきて疲れが出ちゃったのかな?」
とてもわざとらしい口調でアイリスが聞いた。
「そうですわね、疲れているのでしょう。アイリス。彼をベットまで運んであげましょうか? 」
カトリーナが白々しく追従した。
「湯浴みとお夕飯はどうする」
「湯浴みは道案内だけで戦いには加わってないのですからいらないのでは? お夕飯は後で持っていってあげればいいでしょう」
「よし。それでいこう」
方針が決まると二人はアルトを抱えて家の中に入っていった。
そんな一部始終を見ていたルナだが、何も言わなかった。勿論アルトの言いかけたラスボスというのが自分の事だと気がついていたし、ボディーブローやバックブローにも気がついていたが、取るには足りない事だ。今、大事な事は、
「どうやら、刻印の魔法以上は使わなかった様ですね」
それが一番大事な事だった。三人の態度やアルトの体内魔力の量から、そう結論づけたルナは安堵の息を漏らした。そして、隣の山を見て、
「さすがに、これ以上死体が増えると葬儀部署の皆さんにも迷惑でしょうしね・・」
物騒極まりない事を呟いた。
そして、死体の山をなんとなしに眺めながら思考を広げた。
ベルーの恐怖政治とも言える支配を支えた、暗殺者達は全滅した。
ゴルドの街の時期領主も無事確保した。
おおよそ、ベルーの目論見は潰えたと言ってもいいだろう。もし自分だったなら、速やかに撤退する。ベルーと言う男はどうするだろうか? と考えて苦笑した。そもそも、すでに終わってると言う可能性もあるのだ。なぜならーーー。
「さて、隊長はどうするのでしょうか? あの人の事ですから、何もせずに食べ歩きだけして帰ってくると言う事もあるのですけど・・・」