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「くそが!」


「なめやがって!」


ゴルドの町外れにある館で一人の男が冷めた目で声をあらげる男たちを眺めていた。

そんな男に一人が詰めよってきた。

「お頭! 俺に命じて下さい。一人残らず殺してやります!」


「まあ、まて…」


男は若干煩わしく思いながらも、そう言って血気はやる部下をたしなめた。

近頃、男はお頭と呼ばれる。本名を使うことは久しく途絶えていた。


暗殺者集団『黒い風』を率いる、この男はかつてクルルアルトの騎士だった。騎士学校を優秀な成績で卒業して、騎士団でも即戦力として活躍した。


最初のころは……の話しだが。 剣の腕や魔力の扱いは優秀だったのだが、規則に従うとか、集団で行動するといったものに馴染めなかったのだ。

いわゆる一匹狼と言うやつだ。

軍という物が集団で行動するものである以上、そんな一匹狼はやがて煙たがれ、遠ざけられ、そして最後には羊のむれとはやっていけないと、自ら騎士団を去った。


そんなはぐれものを受け入れたのが、裏の世界だった。


暴力と血が蔓延る世界では騎士団で鍛え上げた実力が大いに役に立ち、規則も法律もなく、あるのは依頼とそれにたいする報酬だけ、という自由さが男を裏の世界に留め続けた。


長くその世界で泳いでいる内に、名が売れ、助力を請われ、勢力争いに巻き込まれ、そして勝ちのこり、気が付いたら暗殺者たちの集団の頭と言う、一つの勢力のリーダーになっていた。


その頃からだ。男の心中に澱んだ感情が溜まっていったのは。

組織の枠を嫌い自由を求めて裏の世界に入ったのに、今、また組織の枠に捕らわれている。

抜け出そうにも、最早、男に表側の居場所はなく、かといって、裏側でまた一匹狼になっても、他の勢力から排除される結末しか残されていない。このまま、進むしかないだ。


そんな憂鬱を抱えた男に、ある日、ベルーという男が会いに来た。


胡散臭い男だった。そもそも男が暗殺者達の首領である事をしる者はごく限られているのだ。だと言うのに、セールスの勧誘の様な気安さで、男に会いに来た。


そして、男に向かって、

「私はこれからゴルドの町の領主となる。そして、力を蓄え、最後にはこの国の王座を奪う。お前たちは、私の下で、王座を奪う為に力を貸してほしい」


などと、とちくるったセリフをはいた。


普通ならまず相手にしない。それどころか、いっそのこと始末するぐらいだか、男はそうしなかった。……いや、出来なかった。


ベルーという男が怖かったからだ。


一見すると底の浅い成金野郎、自分の見栄えの悪さを、豪華な装飾で補おうとして盛大に失敗している様な男だ。話していても浅ましさが目につくし、報酬が良いことも、気前が良いと言うよりも成金特有の金でどうとでもなる感が出ていて不快だ。挙げ句の果てには、自分の部下として黒い風を名乗れと言われた時には、「ふざけんなよ、ミーハー野郎が、なますぎりにされてえのか」そう叫ぼうとしたが出来なかった。


この国の裏側を、流血と暴力の世界を歩いてきた男が、まるで夜の闇を恐れる幼子の様に怯えていた。


結局、男はベルーの配下となりベルーにとって邪魔者を次々と消していった。


ベルーに従ったのは自分だけではない。ベルーと顔を合わせた者は軒並み恐怖に震え、ベルーに服従していった。


そして先日、本当にゴルドの町を奪ってしまった。男も手を貸したがだからと言ってクルルアルトの玄関口とも言える町を本当に支配出来るとは思っていなかった。


ゴルドの町がベルーの支配下になっても、男の仕事は終わらなかった。今はベルーの支配を強固なものとする為に、邪魔者を消しているし、その次は王国を獲る為に働かされるだろう。

それに、一匹狼ゆえの不満は抱えている。が、同時に奇妙な充実感も抱えていた。


騎士団を逐われた自分が、裏側の世界を歩いてきた自分が、この国を簒奪する一端を担う。


それは、奇妙な情熱を男に抱かせた。

男だけではない。男の部下も同様だった。

ありていにいえば、日陰者のねたみつらみだろう。日の当たらない場所で生きてきた彼らにも大事を成し遂げたいという思いはあるのだ。


そして、男の今の仕事はカトリーナ=レッドローズの暗殺だ。

今はベルーが……正確にはベルーの手駒の7つのガキが暫定的に領主の座についているが、対抗馬としてカトリーナの名前が上がった。対抗馬なんてもういないと思っていたが(なんせ男と部下は優秀だった)前領主の祖父のいとこのなんとやらを国が用意した。


前領主とほぼ他人であるカトリーナを無理に使ってまでベルーを領主の地位から遠ざけようと国が画策しているなら、それだけベルーの事を危険視している証拠だ。だが同時に現段階では武力行使を考えてない証拠でもある。


今、ベルーはゴルドの町の実質的領主と言う立場を利用して、密かに戦力を集めている。


そしてそれを邪魔される訳にはいかない。何の恨みもないがカトリーナ嬢には死んでもらわないといけないのだ。


そして、部下たちに殺すよう命じたのたが、いま完膚なきまでに返り討ちに合い、挙げ句腸の煮えかえるような手紙までついてきた。


いま手下たちは怒り狂っている。暗殺者という奴等は総じてプライドが高い。こうまで自分達をこけにされて黙って引き下がる奴はいない。

分かりやすく、殺してやると叫んでいる奴等もいるし、離れた場所で静かに眺めている奴等も内心では絶対に穏やかじゃないだろう。かくいう男にしても同様だ。騒ぎこそしないがこのままでは済まさないと決めている。

だが同時に男の勘が、不審なものをこの手紙から見いだしていた。いったい誰がこの手紙を書いたのか。そして誰が部下たちを殺したのかだ。

少なくともカトリーナ=レッドローズではないだろう。

男は仕事に手を抜かない。彼女が騎士学校を次席で卒業した優秀な騎士であること、その戦闘スタイル等をあらかじめ調べ、その上で確実に殺せる人選を選んだのだ。

カトリーナ嬢ではない。では誰か?

アイリス=コルト?

騎士学校、首席卒業者で王命隊に飛ばされた元エリート。

それも違う。彼女が王命隊に飛ばされた事件はかなりの事件だったゆえに容易く知ることができた。そしてその上で確実に殺せる人選を選んだのだ。

そもそも、彼女達のような正統派の騎士は、こんな手紙を死体に持たせるなんて発想はないだろう。


だとするなら他の王命隊のメンバーの仕業だろうか?

……王命隊。

男が騎士学校時代のころから燦然と輝く伝説の役たたず部隊。

近頃では、他の騎士団からの左遷場所として、ごみ捨て場として扱われている。

そんな所に凄腕の暗殺者6人を返り討ちにしてのける人材がいるのだろうか?

そして、そんな人材がいるとして何の為にこんな手紙を出したのだろうか?

文面を見る限り、あらかさまな挑発だ。もう一度かかってこいと手紙の主はいっている訳だ。

だが、こちらの規模も実力も分からないはずだ。

考えてなしのお調子者が書いたのならば、せせら笑いながら報いを受けさせるだけだが……。

だが、こちらがどんな実力を備えていても返り討ちにできるという自信があるというなら…どうするか?


男は長い間考え、そして答を出した。


男の決断を待っていた部下たちに低い声で言った。


「もう一度、カトリーナ嬢を殺しにいく……黒い風の全員でだ。いまここにいないメンバーにも招集をかけろ」


周囲の部下たちは驚きの声を上げた。流石に全員を動員すると思ってなかったのだ。


「オイゲン達が返り討ちに会ったんだ。かなりできる奴がいるんだろうさ。だが、舐められっぱなしのままじゃあ済ませねぇ。王命隊の奴等を皆殺しにする。死体の始末もやってやろうじゃねーか…奴等のな」


部下たちは男の一見坦々とした口調のなかに底冷えをするものを感じて反論はしなかった。


「二時間で準備しろ、準備が出来しだい王都に向かう」


そして最後にニヤリと笑って言った。

「クルルアルトの黒い風の恐怖を刻みこんでやろうじゃねーか」

「おおおおぉっ!!」


男の言葉に部下たちは意気込み部屋を出ていった。

最後に独り残された男は酒に口をつけながらまだ見ぬ敵に言った。

「どんな奴だが知らねえが、挑発に乗ってやろうじゃねーか。ま、50人以上の暗殺者をどう相手にするのか、見物ではあるな」


そう言って、低く笑った。

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― 新着の感想 ―
抜け出そうにも、最早、男に表側の居場所はなく、かといって、裏側でまた一匹狼になっても、他の勢力から排除される結末しか残されていない。このまま、進むしかないだ。 進むしかないのだ。 ですかね。
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