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「合格点です」
というルナの称賛の言葉を二人は唖然と聞いていた。
ちょっと理解が追い付かなかった。
彼女の右手のナイフに血痕がついていて、彼女の足元に3つ死体が転がっているのだから、彼女が暗殺者を倒したのだろう。
そこまでは理解できる。
たが、戦闘の気配が二人には全く伝わってこなかったし、そもそも、暗殺者は二人しかいなかったのだ。
だというのに何故、彼女の足元に暗殺者が倒れているのか。
その疑問を問いかけようとカトリーナが口を開いた、その瞬間、ルナがカトリーナに向けてナイフを投げた。
それに二人は反応出来なかった。あまりにも意外な行動だから、という事もあるが、それ以上に、彼女のナイフを投げるまでの、予備動作が一切なかった事が最大の理由だった。
ルナの投げたナイフはカトリーナの、すぐ横を通り抜けていった。
そして、
「ぎゃっ!!」
という悲鳴が聞こえ、二人が振り向くと、何もない虚空に、ナイフが静止していた。
そして、しばらくすると、ナイフが静止していた場所が、かげろうの様に揺らめき、黒ずくめの男が表れた。
二人はそれに警戒は……しなかった。
何故ならば、暗殺者の喉にはナイフが突き刺さっており、どう見ても致命傷だったから。
そして男は地面に倒れ動かなくなった。
「えーと…」
「どういう事ですの? 」
二人の困惑にルナが答えた。
「『不可視』の魔法ですね。自分を対象に使用すれば透明人間の出来上がりですね」
淡々となんでもない事のように説明を続ける。
「なかなかに暗殺向きの魔法ですが、意識すれば魔力の波長で探知出来ますし、このクラスの魔法をオーラ、ベクトルと、併用できる者もなかなかいないでしょう。ゆえに囮役の二人が注意を引き付けて、透明化した本命の四人が不意討ちを仕掛ける…。まあ、よほどの強者でも引っ掛かるでしょうね」
そう淡々と説明する彼女にアイリスは茫然とした。
おそらく、自分では防げなかった。
囮の暗殺者すらアイリスにとって強敵だったのだ。その上、後ろから襲われればなすすべなく殺されていただろう。カトリーナを守ることが出来なかったはずだ。結果だけ見れば、こちらは誰も死んではいないが、それは、ルナさんの力であり自分の力ではない。
鄰を見るとカトリーナも悔しそうな顔をしていた。彼女のなかでもアイリスと同じ結論が出ているのだろう。
そうやって、悔しがっている二人にルナが言った。
「では、後始末はわたしがやりますので、3人ともお部屋に戻って下さい」
「後始末? 」
と、アイリスが問いかけると、
「死体の始末です」
と、答えが返ってきた。
なるほど、とアイリスは思った。確かに屋敷の前にいつまでも置いて置くのはイヤだ。王宮の葬儀部署に持って行くのだろう。
「ルナさん私達も手伝いますよ」
そう、アイリスが言うと、
「ええー……」
という声が後ろから聞こえた。
振り向くと、アルトがいやそうな顔をしていた。
「アルト君……なにか不満があるのかな?」
「……めんどくさい」
アイリスはピキッとなった。声に刺々しさが混じる。
「あのねアルト君。常識をわきまえようよ。使った食器は自分で洗う。自分の剣は自分で磨く。作った死体は自分で片付ける。学校で教わったでしょう?」
「……まじかよ?騎士学校でそんなこと習うのかよ?」
アルトが思わずカトリーナを見ると彼女も、何を当たり前のことを、という顔をしていた。
「ええぇ? ……でも、俺が殺した訳じゃねーし」
「だったら、なおのこと死体の始末くらいしようよ。働かない人はご飯食べられないよ」
「ええぇええ?」
と、そこでルナが口を挟んだ。
「この死体は葬儀部署には持っていきませんよ」
「え?」
「森の入口に捨ててきます」
「ええ!? なんでですか!?」
「ベルーの抱える暗殺者集団はかなりの規模らしいですからね。この暗殺者達が帰らないとなると、偵察がくるでしょう。偵察ついでに死体の始末もしてもらいましょう。死体に手紙を持たせて置けばこちらの意思伝わりますしね」
カトリーナが困惑の顔でたずねた。
「どのような手紙ですの」
そうですね…と、少し考えてからルナは言った。
「使えない暗殺者を処分しておいたので、死体の始末をお願いします。また、再度、暗殺者をよこすなら、あらかじめ葬儀屋に頼んでおいて下さい……まあ、そんな所でしょうか」
「……うわぁ」
「……なんで、そんな挑発するようなマネを? 」
「当然、挑発するためですよ、暗殺者という輩はプライドが高いですからね」
その言葉にアルトが気付いた。
「ああ、この縦ロールは餌なのか」
その言葉で二人もルナの意図を悟った。そして、なぜカトリーナが、このいかにも殺して下さいと言わんばかりの森の中に置かれているのかも。
そしてルナはあっさりと認めた。
「ええ、カトリーナ様を守ることが第一ですが、ついでに襲ってくる暗殺者を殺せるだけ殺しておいてくれと陛下から言われています」
凄い事を涼しい顔で言い切った。そして、
「では私は裏の畑から台車を持ってきますので3人は家の中に入って下さい」
そう言い残し、裏の紅茶畑に歩いて行った。
残された、カトリーナがアイリスに聞いた。
「なんで、あんなのが窓際部署の王命隊に? 」
「……さあ? ……分からないわ」
そう答えながら、自分が王命隊の事をなにも知らない事にアイリスは気がついた。