10
アイリスはアルトの言ったベクトルレベル99と言う言葉を何度も反芻していた。
そして10回くらい頭の中で繰り返すして出てきた言葉が、
「いや、無理でしょう?」
と言う言葉だった。
特化型と言う言葉がある。
オーラ、ベクトル、マテリアルのうち1つを極端に育てあげる手法だ。
例えばミリアの能力はマテリアルに偏っていてその豊富なマテリアルを生かして後衛を担当している。
が、マテリアルのみに神の恩恵を振り分ける訳ではない、最低限オーラとベクトルにも恩恵を振り分けている。
何故なら、百の迷宮の中にはオーラがなければ突破できない迷宮、ベクトルがなければ突破できない迷宮、マテリアルがなければ突破できない迷宮が幾つか存在しているのだ。
百門突破者を目指すなら最低限のバランスは必要だ。それが常識だ。
だが、アルトは言う。
「そう思うのも無理はねえけどマジなもんはマジ」
「だって……どうやって?」
「知らねえよ。あいつが百門突破者になったの俺らが産まれる遥か前だぜ」
アルトの話を聞いてもまだ半信半疑だった。
大体、オーラやマテリアルが零でどうやって迷宮の魔物を相手にするというのか?攻撃手段がないじゃないか?
そこまで考えて気がついた。
「え? じゃあ、いっつも決闘の最後にまだまだだな、みたいにコツンと叩かれるんだけど。……あれって?」
「ぶっちゃけ詐欺だよ。あれが仮に全力の一撃でもオーラがなけりゃ痛くも痒くもないさ。それを誤魔化すためにわざと軽く叩いてんだよ。で、いかにもまだまだ未熟者だなぁ、みたいな流れに持っていってんだ」
アルトの説明を聞いてアイリスはワナワナと震えた。
「あの、詐欺師いいいっ!」
そんな声を上げながら、脳内で隊長をボコボコにしていると当の本人が帰って来た。
「よう。アイリ――!」
ブラッキーがしゃべれたのはそこまでだった。 アイリスの斬撃をわりと紙一重でかわす。
「……いきなりどうしたアイリス? さすがに今のは洒落にならんだろ?何度も言ったがーー」
「黙れ詐欺師!」
ブラッキーの話を力ずくで遮ると剣を突き付けた。
「聞きましたよ隊長。隊長はベクトル特化型なんだって」
「あー、ばれたか」
そう言って、頭をかくと、アルトに訊ねた。
「でも、アルトが口を出すのは珍しいな? どういう風の吹きまわしだ?」
「……別に」
「ほー、別に、別にかー」
「……なんだよ?」
「いや、別にー、なんでもないさー」
なんでもないと言っている割にはにへらと笑っている。
「まあ、いいか。で……アイリスはこれまでの決闘で騙されたと怒っている訳か?」
「ええ、とても」
「でもさぁ…俺の勝ちだなって聞いてアイリスが負けを認めた訳だから真っ当な勝負だったろ? そりゃオーラが無いことを隠していたけど…決闘だぜ? 決闘相手に自分の情報をしゃべる馬鹿がいるか?」
「く……それは、そうですが」
「だろ? まあいい勉強になったと思うよ。よかったな」
と、にへらと笑いながら言う隊長に口論は無駄だとアイリスは悟った。氷のような声で言う。
「そうですね。ありがとうございました。つきましては今日の決闘を今から行いましょう。今すぐに!」
対して隊長はどこでも軽かった。
「いやぁ、ごめん。今日は大事な用事ができちゃってさ…」
「なっ!? 逃げる気ですか? 逃げる気なんですね!?」
「いや、ほんとに用事があるんだわ。つーかアイリスも無関係じねーよ。さっきドワールから仕事を頼まれたんだよ」
「ドワール?……陛下から!?」
「そう。つまり……王命だな」
その言葉を聞いて、アイリスとアルトは呆気にとられた。
「うっそぉ……」
「……ほんとかよ」
「ほんと、ほんと。お前らにも働いてもらうからよろしく」
アイリスは隊長の言葉にさっきまでの怒りも忘れるくらいに驚いていた。
アイリスが来てから何もしていなかった王命隊が、それどころかアルトの話によるとここ三年は何もしていなかった王命隊がついに動くと言うのか?
まだ半信半疑で訊ねた。
「一体、どんな任務なんですか?」
「さあ? いまルナが王宮に事情を聞きにいっているから、あいつが帰ってきたら聞いてくれ」
「……普通、隊長が事情を聞きにいくんじゃないですか?」
「ばっかアイリス、お前ね……俺とあいつと、どっちが信用されているのか説明しなきゃわかんねぇ?」
確かに言われるまでもない事だーーとアイリスは思った。
とにもかくにもアイリスが王命隊に来てから一月半。初めて騎士団らしい事が起きようとしていた。
そんな期待に胸を膨らませていると、隣でアルトがめんどくさそうに言った。
「めんどくさいな、そんな仕事断ればよかったのに……」
「そりゃ最初は断ったさ。でも相手は王様だぜ。強く言われると断れなくてさ……」
そんなやる気の欠片もないような会話を交わす二人にアイリスは言った。
「隊長、アルト君……ちょっとはやる気だせ」