09
「あのレベルの瞬歩に朧月か〜。先駆をみた時も思ったんだが、普通はその年でそこまではいかんだろ。いや、大したもんだぜ」
隊長の上から目線の賞賛をアイリスは茫然と聞いていた。
アイリスは最後の隊長の動きが知覚できかった。
あげく、最後はアイリスを傷つけないようなコツンとした一撃だ。
負けた。
認めざるを得ない。
アイリスが賭けに負けた事より、剣の技量で負けた事にショックを受けていると隊長が言った。
「ま、今日の所はチョコレートケーキを買ってきてもらうとして、次はどうする?」
「え? ……次?」
「ああ、なかなか楽しかったからな、一日一回程度ならまた勝負を受けてやってもいいぜ」
「……いいんですか?」
「ああ、俺としては毎日ケーキをおごって貰えるんだ願ったり叶ったりさ」
「………」
「ま、もっとも、今の一戦で実力差を思いしって、諦めるってんなら止めないけどな」
隊長は自分が勝つことを前提に話している。
それが当然だと、アイリスを挑発している。
それを、受け流せるほどアイリスの心は冷めていない。
隊長を睨み付け、
「チョコレートケーキを買ってきます。ケーキを買って来るのは今日が最後なので味わって食べて下さい」
そう言い捨てると、ケーキを買うために歩き出した。
それを見ていたアルトが隣に聞いた。
「……これは詐欺じゃねぇ?」
それにルナは答えた。
「闘いでは、騙された方が負けるのです」
それから一週間、アイリスは毎日、隊長にケーキを買ってくる事になった。
「は……と……」
アイリスは一心不乱に剣を振っていた。
剣の型は『先駆』。だが、気持ちが勝ち過ぎて技が荒くなっている。
技か荒くなっている事はアイリスも自覚しているのだが、その原因である心の荒れは治まらない。
原因ははっきりしている。ここ一週間間隊長に負け続けた事だ。
初日に、ケーキを買ってくるのは今日が最後だ的な見栄を切ったのにこの様だ。
心が嵐の海の如く荒れ狂っていた。
こんな状況では訓練にならないと思いながらも剣を振ることやめられない。
「はああっ……」
やはり、乱れた最後の一閃を繰り出して、動きを止め呼吸を整える。
ここ一週間、負けるたびにひたすら剣を振ってきた。
だが、いまだに隊長を捕らえられない。
全ての攻撃を避けられ、最後にはコツンと軽く叩かれるのだ。
そして、今ではケーキ屋の常連になっているのだ。
ケーキ屋の売り子に、
「毎日、ケーキを買って頂きありがとうございます」
と、満面の笑顔で言われた時のアイリスの心境がわかるだろうか?
心に敗北感がのしかかってくる。
それを振り払う為にアイリスは剣を振るしかない。
「……よし、もう一回……」
『先駆』とは違う型を始めようとした時、横から声を掛けられた。
「まだ、やんの?」
アイリスが振り向くとアルトがいた。
アルトがぶっきらぼうな口調で言ってくる。
「どんだけやった所で、あいつに一撃くらわせるなんて無理だよ」
アイリスはムッとして反論した。
「無理だと思っていると永遠に届かないよ。そりゃ、今は負けているけれど、いつかは勝って見せる」
アイリスの言葉にアルトは微妙な顔をした。
「いや、そこが間違っているつーか……アイリスは負けた様に思わされているけど、実は負けてねーんだよ」
「は? どういう事?」
アルトの言葉はアイリスには全く理解出来なかった。
「隊長の能力値知ってる?」
「……知らないけど」
「あいつの能力値さ、ベクトルレベル99だよ」
「……………え?」
アイリスはポカンとした顔でアルトを見つめた。