君が闇に堕ちるなら 1
何もない荒野に乾いた風が吹く。赤い空、黒いいかづち、嘆きの雨がぽつりぽつりと降りはじめても、少女は身じろぎ一つせずに佇んでいた。
次第に雨は激しくなり、やわらかな金髪が濡れ、頬にはり付く。
そこにあるのは孤独と絶望。
少女はそれらを抱きしめ、心地よさげにほほ笑んだ。
「……エクサから出ていけ」
土くれの一つが動き、ひとの形を成す。傷つき、息も絶え絶えのエルグだ。
『ホウ……マダ刃向カウカ』
少女の顔で、悪の化身が高く笑う。その声だけで、弱いものは気がおかしくなるだろう。
だが、エルグはぐっと瞳に力を込めて睨みつけた。
「俺の、しぶとさは……おまえが、一番よく知っているだろう」
『笑止。剣ヲ捨テタオマエニ何ガデキル?』
守ってくれる剣士も、エルフの仲間たちもいない。諦めてしまえば楽になるものを。
それでもエルグは魔法陣を描き、破邪の術を唱える。魔王のたった一息でかき消されても、何度も、何度も。
魔王にとっては都合のいい退屈しのぎ。死なない程度に苦痛を与えては、顔をしかめるエルグを見て楽しんだ。
「エクサ……戻ってこい……!」
『無駄ダ。オマエノ声ハ届カヌ』
完全に朱に染まった瞳は虚ろに、もはやその奥の心の声を聞くこともできない。
「……ちくしょう、なんのために俺は……」
エルグは歯がみし、おもむろに十字架を地に叩きつけた。封印の玉が割れ、本来の姿を取り戻す。かつて魔法剣士だった頃に愛用していた、斬魔の聖剣だ。
魔王は動揺する。エルグを襲ういかづちの威力が増した。それさえも剣でいなし、間合いを詰める。なんという気迫。
「エクサ、聞こえるか……?」
返事は、ない。
エルグは大きく剣を振りかぶり、つぶやいた。
「君が闇に堕ちるなら、こんな世界はいらない」
そして剣を逆手に持ち替え、そのまま自身の胸に突き立てた。
「いやあああああああっ!」
心が張り裂けるほどの悲鳴が荒野に響き渡る。
『ククク……マサカ自ラ命ヲ断ツトハ……!』
魔王は歓喜にうち震えた。唯一の脅威が消えたのだ。
「うそよ、エルグ……そんな……!」
エクサの身体が大きくはねた。あふれ出す光が全てを白く染める。
「ああ、お願い、誰か……神様、お願い、エルグを助けて!」
禍々しい空が裂け、焼けた大地に緑が戻り、倒れた人間とエルフ達がゆっくりと起き上がった。
「いったい何が……」
まるで夢でも見ていたのか。彼らは信じられないと目をこする。
「エクサ!」
抱きしめる力強い腕。