嵐の前の 1
生きる理由はただ一つ。死ぬ理由がなかったからだ。
与えられた課題をこなし、生きるのに必要な食事と睡眠をとる。淡々とした毎日だったが苦ではなかった。何も望むことはない。故に絶望もない。
だから、「仲間にならないか」と声をかけられた時には正直驚いた。断る理由もないから、俺は彼女と組むことにした。
燃えるような赤い髪、陽気で豪気な性格、腕が立ち、何より美人な彼女なら、他にも多くの仲間ができただろう。なぜ、俺なのか。
「一番強そうだったから」
彼女は豪快に笑ってそう言った。
死に場所を探し、命を惜しまなかったことが、強さに見えたらしい。皮肉なことだ。
あの時も、皆が傷つき心折れ倒れる中、俺はただ一人嬉々として剣を振り続けた。これで終わる、と。無心な俺に奴は戸惑う。どれほど痛めつけても、甘い言葉をささやいても、俺の剣は止まらなかった。
最後の一撃を与えた時に、少しだけ残念に思った。また平淡な日々が続くのか。
だがそれは、一人の少女によってかき消された。
薄暗い部屋で泣き続ける幼い少女。怖かっただろう、辛かっただろう。それでも彼女は懸命に生きていた。抱き上げた時の温もりを、今も覚えている。小さな手でしがみついてくる、その力強さ。
俺は、初めて誰かのために生きたいと思った。
(……なんで今さら、こんなことを思い出しますかね)
エルグは眠れぬまま、何度めかの寝返りをうつ。いや、もしかしたら浅く眠っていたのかもしれない。転職する前のことを夢に見たのか、憂鬱な記憶がよみがえる。
(死に際みたいで縁起の悪い……)
気を紛らすために水でも飲もうかと起き上がり、ぎょっとした。
枕元に揺れる影……頭からすっぽり毛布をかぶったエクサが、涙目で見下ろしていた。
「わ、どうしたんですか、エクサ」
「か……カミナリが怖くて……」
「カミナリ?」
そういえば、カーテンの向こうがいつもより暗い。穏やかな気候のエルフの国では珍しい。
嫌な予感。
そう思った瞬間、黒い空が明滅し、轟音が窓を揺らすと、エクサはエルグに飛びつくようにしてしがみついた。体勢を崩し、そのままベッドに倒れ込む。
思い出す、温もり。
「エクサ……?」
「……」
毛布が絡まり、両腕の自由が奪われる。馬乗りになったエクサの瞳が、赤い。
「エクサ、しっかりしなさい」
震えるくちびる、頬を伝う涙……甘い香りが近づき、触れる寸前で、止まった。