表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/28

嵐の前の 1

 生きる理由はただ一つ。死ぬ理由がなかったからだ。

 与えられた課題をこなし、生きるのに必要な食事と睡眠をとる。淡々とした毎日だったが苦ではなかった。何も望むことはない。故に絶望もない。

 だから、「仲間にならないか」と声をかけられた時には正直驚いた。断る理由もないから、俺は彼女と組むことにした。

 燃えるような赤い髪、陽気で豪気な性格、腕が立ち、何より美人な彼女なら、他にも多くの仲間ができただろう。なぜ、俺なのか。

 「一番強そうだったから」

 彼女は豪快に笑ってそう言った。

 死に場所を探し、命を惜しまなかったことが、強さに見えたらしい。皮肉なことだ。

 あの時も、皆が傷つき心折れ倒れる中、俺はただ一人嬉々として剣を振り続けた。これで終わる、と。無心な俺に奴は戸惑う。どれほど痛めつけても、甘い言葉をささやいても、俺の剣は止まらなかった。

 最後の一撃を与えた時に、少しだけ残念に思った。また平淡な日々が続くのか。

 だがそれは、一人の少女によってかき消された。

 薄暗い部屋で泣き続ける幼い少女。怖かっただろう、辛かっただろう。それでも彼女は懸命に生きていた。抱き上げた時の温もりを、今も覚えている。小さな手でしがみついてくる、その力強さ。

 俺は、初めて誰かのために生きたいと思った。

 (……なんで今さら、こんなことを思い出しますかね)

 エルグは眠れぬまま、何度めかの寝返りをうつ。いや、もしかしたら浅く眠っていたのかもしれない。転職する前のことを夢に見たのか、憂鬱な記憶がよみがえる。

 (死に際みたいで縁起の悪い……)

 気を紛らすために水でも飲もうかと起き上がり、ぎょっとした。

 枕元に揺れる影……頭からすっぽり毛布をかぶったエクサが、涙目で見下ろしていた。

 「わ、どうしたんですか、エクサ」

 「か……カミナリが怖くて……」

 「カミナリ?」

 そういえば、カーテンの向こうがいつもより暗い。穏やかな気候のエルフの国では珍しい。

 嫌な予感。

 そう思った瞬間、黒い空が明滅し、轟音が窓を揺らすと、エクサはエルグに飛びつくようにしてしがみついた。体勢を崩し、そのままベッドに倒れ込む。

 思い出す、温もり。

 「エクサ……?」

 「……」

 毛布が絡まり、両腕の自由が奪われる。馬乗りになったエクサの瞳が、赤い。

 「エクサ、しっかりしなさい」

 震えるくちびる、頬を伝う涙……甘い香りが近づき、触れる寸前で、止まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ