青く澄み渡った空の下 2
「約束が守れないなら、もうおつかいは頼みません。丘に行くのも禁止です」
「そんなっ! ごめんなさい。きちんと約束守るから……!」
大きな瞳に涙が浮かぶ。青年……この教会の神父エルグはやれやれと肩をすくめた。
「わかりました。では、次、時間に遅れたら禁止します。フェムト、君も気をつけてくださいね」
「は、はい……!」
うつむくエクサが舌を出して笑っているのに、どうかエルグが気付きませんようにと祈る。
「さて、すっかり遅くなりましたが、夕飯の支度をしましょう。エクサ、フェムト、手伝ってくださいね」
エルフ達はたいてい菜食主義だが、それでは育ち盛りのエクサの栄養が偏ってしまう。そこでエルグは、エルフの国と人間の国を自由に行き来できるドワーフの商人に頼み、肉や魚、ミルクや香辛料など必要な食材を調達してもらっていた。
その受け渡し場所が、エクサが昼寝していた丘の上である。
「それでエクサ、人間の国の様子はどうでした?」
エルグはスープの味を見ながら、エクサに話しかけた。エクサは豆のさやをはずす手を止めてほっとため息をつく。
「今日もいつもと同じよ。市場にはたくさんひとがいて、学校で小さい子たちが勉強してた。あ、すごくかわいいドレスを着た子がいて……」
丘の上から眺めた光景を思い出すだけで胸がときめいた。本当ならば、エクサも他の子と同じように学校に通い、市場で買い物をし、おしゃれをしたい年頃なのだ。
「……あと、少しだよね」
人間でありながら、エルフの国で暮らすのには理由がある。
エルグは静かにうなずいた。
「はい。君が魔物たちに見つからず、無事に十四歳の誕生日を迎えることができれば、やっと自由です」
エクサも、エルグも、エルフ達も、そして何も知らない人間たちも。
あの日、打ち倒したはずの魔王の魂が残した復活宣言。その日まで、あと二ヶ月ほどだった。
「もし復活しても、またエルグが倒してくれるんでしょ?」
「いえ、もうそれだけの力はありません。それに、もう一度あんな苦労をするのは嫌ですね」
そのために、復活の鍵となるエクサを神域に近いこのエルフの国に隠し、女王とエルグの神通力で魔物たちから護っているのだ。
限界に近い力を使い続けているため、エルグの髪は老人のように白く色が抜けてしまった。
「ですからエクサ、あと二ヶ月はきちんと約束を守って、嘘をついたりしないでくださいね」
「……はぁい」
再び豆をむきながら、想いは遠く人間の国を旅する。
七歳まで過ごした日々の記憶は、残念ながら今はない。