それはヒミツ 3
しかしエクサの動きが止まったのはほんの一瞬、その大きな瞳から止め処なく涙がこぼれた。
「いや……エルグを忘れるなんて……っ!」
彼の暗示よりも強い、恋心。
「おかしいと思ってたの。いつも同じ夢を見て、でも朝になると忘れて……ねえ、全部、本当のことなの? 魔王が私を狙ってるんじゃなくて、私の中に……」
「お願いです。もう少しだけ、忘れていてください」
エルグはきつくエクサを抱きしめた。胸にしがみつき、泣きじゃくるエクサの髪を何度もなでてやる。
「ねえ、エルグ。どうして私を守ってくれるの? 私を殺せば、魔王も消えるんじゃないの?」
見上げる瞳に吸い込まれそうになる。まだ子供だと思っていたのに、なんと美しく魅惑的なのだろう。エルグは息を呑み、目をそらそうとして思い直した。目に力を込める。
「君を殺しても魔王は消えません。あれは、人間の邪念の集まり。実体を得るために、力を欲しているだけです」
「じゃあ、復活してから、倒すの……?」
「いいえ、復活させません。そのまま、消滅させるのです」
そんなことが可能かどうかはわからない。だが、それが最良の方法だと思うから、信じて成し遂げるしかないのだ。
「生きてていいなら……お願い、記憶を消さないで」
鼻先をくすぐるやわらかい金髪、甘い香り、腕の中が、熱い。
強い意志が、折れそうになる。
「……フェムト! いつまで寝ている! さっさと来い!」
邪念を振り払うように怒鳴ると、隣室から激しい音がした。
ベッドから転げ落ちたのか、エルフの少年フェムトが腰のあたりをさすりながら駆け込んでくる。
「な、ど、どうしたんで……」
「力を貸せ」
寝ぼけ眼のフェムトの頭を鷲掴みにし、自身も目を閉じた。
「あ……」
短い悲鳴をあげて、フェムトは崩れ落ちる。大魔法を使ったばかりだというのに、容赦ない。
エルグはくちびるが触れそうなほど顔を近付け、エクサの瞳の奥に語りかけた。
「これは夢だ。目覚めたら忘れる」
可愛らしいくちびるが何かいいかけたが、声になる前に意識を失った。
エルグはほっと安堵の息をもらし、無防備に体重を預けるエクサを抱き上げる。
「……おまえ、そんなに惚れてるのか」
「キスするのかと思ったぞ」
戦友とエルフの女王、そして戦士たちは、ほんのり顔を赤らめて囃し立てた。まったく、この切羽詰まった状況で緊張感のない。
エルグはもう一度目を閉じ集中し、そして振り向きざまに彼女たちを睨みつけた。
「忘れろ」
「……」
静かになったのを確認し、エクサを寝かせるために隣室に移動した。