黄昏の王国
人々は疲弊していた。
魔王が復活宣言した日よりまもなく七年。日に日に魔物たちは力を増し、群れを成してくり返し人間の街を襲う。はじめのうちは自警団で応戦できたが、次第に国王の正規軍でさえ負けが続くようになった。
人々はいつ自分たちが襲われるかと怯え、物流は滞り、食料や物資が不足すると奪い合い、ついには元凶である姫と勇者を憎むようになった。
「そもそも姫様が力なんか持って生まれるから……!」
「勇者が魔王を仕留め損なったから!」
「国民がこれほど苦しんでいるのに、いったいどこに隠れているんだ!」
祈りをなくした教会は荒れ、人々の心はますます暗くなる。
「……勇者たちの居場所なら知っている」
ある日、城下にふらりと現れた少年が言った。
外套のフードを目深にかぶり、わずかに覗く肌は浅黒い。異国のその少年は、てのひらに乗せた水晶を天高く掲げた。
日の光を集め映し出された光景に、彼らは怒りを隠せない。
人目を忍んで聖堂で祈る王と王妃、祭壇に捧げられた数々の品……国民が飢えているというのに、干し肉や乳製品、贅沢な菓子まである。衣装箱には絹のドレスにプラチナの首飾り、年頃の姫にちょうど良さそうだ。
祈りを終えた王と王妃が退室すると、暗闇の中に現れる光の輪。その輪をくぐって数名の女性が現れた。
みな一様に緑がかった銀髪、尖った耳、言い伝えのエルフ族と酷似している。
彼女たちは捧げ物を確認し、全て輪の中に運び込んだ。
「……勇者たちは我が女王をたぶらかし、エルフの国を拠点に魔王軍を集めようとしている」
少年はおもむろにフードをはずした。短い銀髪から、尖った耳が覗く。
「オレは人間とエルフの混血だ。どちらも守りたい。オレと一緒に勇者と姫を倒し、魔王復活を阻止してくれないか」
人々はうなずく。この怒りを、ようやく晴らすことができるのだ。
国王軍など必要ない。国民を顧みぬ王族などもはや敬うに値せず。
彼らは少年の言葉に従い、手に手に武器を取ってエルフの国を目指した。
「ふふ。人間って、本当に弱いわね」
勢揃いした魔物の軍団を引き連れ、妖猫は楽しげに笑う。
エルフの女王の結界も、これほどの邪気を当てれば崩れるのも時間の問題。
押し寄せるのが魔王軍ではなく、人間だと知った時に、彼らはどんな顔をするのだろう。
「魔王様が姫の方だったのは驚いたけど、きっと姫の魔力を奪って、勇者の身体を乗っ取るに違いないわ!」
愛らしい姫と唯一の希望である勇者を失った時、人間たちに本当の絶望が訪れるだろう。それは彼女たち魔族にとって至福の瞬間。
「魔王様、がんばったヘクトをほめてくださいね!」
はしゃぐ妖猫を見つめる少年の瞳がかすかに揺れる。