これは繰り返すパターン
「やあ」
「こんにちは」
二人の会話はそれだけだった。というよりそれだけで十分だった。
お互いに「相手が来ている」とわかっただけでよかったのだ。だから挨拶だけ交わして離れていった。
およそ世界が滅んでから、新しい世界を作るのは人間の義務となっていた。
二人は自分なりの世界を創造して回る。どんなものでもいい。ゲップをこの世の何よりも愛でる人々の世界を作ってもいいし、お茶が麻薬みたいな扱いを受けている世界でもいい。
くだけた世界を作っては、くだけた神様に奉納する。
そうすることで失われたものを少しずつ取り戻してもらうのだ。
なにぶん七人しか残らなかったものだから、今の神様は信仰による力をほとんど失ってしまっている。それでは人類の宿願を果たしてもらうことはできない。いくら新しい星を作って幾人ものアダムとイブを放流することができても、過去に戻ることは神様にしかできないらしいのである。
× × ×
コジオはセクラテ共和国の技術士官だった。
セクラテは三つ子星系の地域大国で、他のアディル・スバルに対して盛んに合邦を唱えていた。三か国が合邦すれば他の星系にもまさる列強になるだろうと考えていたのだ。
だが、人口比からしてセクラテが二国を支配する形になるのは目に見えていたので、アディル・スバル連合はこれを数十年にわたって断ってきた。
だから何度も戦争になったわけだが、そのたびに他の星系からアディル・スバル連合のところへ援軍がかけつけたので、いつのまにかセクラテはボロボロになっていた。
もはや、まともな艦隊を揃えることすら難しくなっていたセクラテが、禁忌の兵器に次々と手を出したのはそのためだった。
その中には植民星を得るための『テラフォーミング装置および星ごと洗脳するマシーン』もあった。
「いよいよもって、我らの悲願を成し遂げるための準備が整ったのである!」
「連合のブタどもは自らの手で死を迎えるのだ!」
彼らが最後に作り上げたのが『マインドクラッシャー』だった。
これは全宇宙に普及していた次元同期ネットワークシステムを介して、人々の精神をハッキングし、それぞれなりに自殺をさせるというものである。
セクラテはマインドクラッシャーをアディル・スバルに向けて稼働させた。住民さえいなくなってしまえば二つの星を接収できると考えたのだ。
ところが、どういうわけか手続き上のミスでネットワークにつながっていた全星系に選択範囲が広がってしまっており――セクラテを含めた全ての市民は自ら望まぬ死を選ばされた。
今残る七人は、いわば石壁にぶつかったら、たまたま壁を抜けられたレベルの奇跡によって生き残った人々である。
そんなわけでコジオは他の七人から嫌われていた……セクラテ人だというだけで。
× × ×
カグアは教会の聖職者だった。
コジオから『テラフォーミング装置および星ごと洗脳するマシーン』を受け取った六人のうちの一人でもあり、他の人々に「信仰の不足」を伝えた者でもあった。
とにかく多種多様な世界を作り出して、少しでも神を充足させないと元には戻せない。
今に伝えられる人類史は凄惨な人種間闘争を乗り越えるために「多様性を求める神」を生み出したとしている。それが存在するかはどうあれ、カグアはくだけた神の意志を伝えることをためらわなかった。
他の六人と同じく彼女も新しい世界を作り出した。
彼女の世界には特色があり、人間の形にこだわらなかった。だからアメーバだったりマンダラみたいだったり……他の六人が尋ねてくると「気持ち悪い」とよく言われた。
なぜあえて変な形にしたのかといえば、もちろん多様性を求めているからである。
だから洗脳マシーンで「みんな違ってみんないい」と人々に伝えることを彼女は忘れなかった。けれども他の六人が作り上げた世界はそうではなかったため、時として星をまたいだ争いが起きることもあった。
それはそれで神が楽しんでくれるだろうから、と彼女は放っておいた。
× × ×
マシフにとって新しい世界を作るのは快感だった。
なにせ自分がモテモテになる社会を生み出してもいいのである。街には美女があふれ、自分が訪れるといくらでもいい思いをさせてくれる。
しかし、世界を三つ作った頃には飽きてしまった。
彼は元々しがないライターだった。ゴシップ誌に載せるための有名人の痴態ばかり書き散らしていた。昔から新しいものを作るのは得意ではなく、仕方がないので古典作品から取材する形で世界を作り上げることにした。
パン職人たちが焼き上げたパンをロボットにつなげて戦わせる世界。
超人たちがプロレスをする世界。
田舎から来た旅人にお巡りさんが拳銃をぶっ放す世界。
これらの世界は当初こそ上手くいったものの、100年も経てばみんな似たような世界になってしまった。一部の特色あるキャラクターが死んでしまえば、当時の言葉で「日常」と呼ばれるような、ありきたりな世界だったのである。さらに住人たちはマシフが作った美女ばかりの星に攻め寄せ、自分の世界に連れて行ってしまったために、生活どころか人々の人相まで似ていく始末だった。
自分には多様性のある世界なんて作れそうにない。せめて参考にしようとカグアのいるあたりまで行ってみると、とてもキモいものを作っていたので、何となく自分の星の奴らに攻撃させてみることにした。
カグアは美女だったため、ちょっぴり気を引きたかったのである。
× × ×
「やあ」
「こんにちは」
すでに先客がいたのでブランは他の星に向かうことにした。
彼が作っている世界は元々あった星をモデルにしている。なにも過去に戻さなくても元通りに作ってしまえばいいじゃないか。
なので復元しようとしている星に先客がいると彼はとてもムカムカした。マシフやカグアのように変な世界を作るくらいならばボクのやることを優先すべきではないか。
彼はアディルの受験生であった。
たまたま生き残った中でコジオに出会い、彼からセクラテのマシーンを受け取った。
往々にしてアディル人がセクラテ人を殺したいと考えていたように、ブランもまたそういう教育を受けていたのだが、コジオを殺すよりは「元通りの世界からセクラテだけ除け者にしたほうがいい」と報復の手段を変えていた。
なお、ブランが初めて作った世界はアディルである。
父と母と妹がアパートに住んでいて、彼は一日の終わりをそこで迎えていた。
「おやすみ」
「おやすみ」
彼なりの世界はすでに修復されているため、もはや多様性のある世界を生み出す必要はないとも言えるのだが、生粋のマジメさゆえに途中でやめたりはしなかった。
いずれ他の六人が作っている世界を滅ぼして、きちんと元通りにしないといけないな。
× × ×
ランマは面倒くさがりだった。
だからテキトーに作ったエルという女の子にマシーンの全てを任せていた。
エルには色んな本を生まれながらにして読ませていたので、それなりに多様性のある世界を作ってくれた。
ランマはその中の一つに住みついたり、はたまた他の六人の作った世界に出向いたりと、ちょいちょい旅を楽しみつつ、なんだかんだでエルの仕事をボーッと眺めたりした。
やがてエルは住人の全てがランマというわけのわからない星を作った。
「ははーん」
ランマは何かを察したものの彼女の期待に応えることはしなかった。
しばらくしてエルはその星に移り住み、たくさんのランマたちと幸せに暮らすようになった。
ところが、ひと月も経たないうちに本物のところに帰ってきて「仕事をサボってすみませんでした」とあやまった。
「オレのほうがよほどサボってるんだけど」
「あっちのランマさんたちはなんでもしてくれるんです。でもそれが変な気がして」
それを受けてランマは思い出した。
だいたい可愛くなるように……そんなテキトーぶりで作り上げたエルという個体だったが、こっちがサボっていても許してくれるという点だけはきちんと注文をつけておいたのである。
× × ×
キリマンは歴史家だった。
そのうえ作家でもあったので作り上げる世界には入念な設定が組み込まれていた。
時には世界の中の大陸間で争わせたり、時には世界同士の交戦があったり……それらを元に小説を書いて、他の六人に差し上げるのが彼のライフワークとなった。
彼は人の死を数字で見ることに慣れていたため、人々に戦争ばかりさせていても気を病んだりしなかった。
いくらでもリアルな戦記を眺めることのできる今の状況は彼にとって素晴らしいものであった。
ただ唯一惜しいことがあるとすれば、他の六人が小説を読んでくれないという点である。
「たまには読んでくれないものかね」
六人には小説を読むような趣味が無いみたいだった。
かといって、やたらと死者ばかり出ている彼の世界では、せめて空想の中くらいは幸せに暮らしてみたいと考える市民が大多数だったので、まるで本が売れない。
仕方ないので「読者の世界」でも作ろうか……とキリマンはマシーンに手をつけた。
× × ×
マンリーの世界は独特だった。
というのも彼は地球の科学者であり、セクラテの蛮行により止まってしまった科学発展の流れをふたたび取り戻そうとしていたのである。
よって彼の世界は全てが研究者となる世界だった。当初からエリートばかりが住人となり、子供たちの代になってもすさまじい教育が施された。
ただしセクラテの先例を省みて、その世界から出ることは禁じられていた。
単純に研究を進歩させるための装置と化した世界たちは、時として禁忌の技術に触れて破滅することもあったが、そのたびに再生を繰り返して進歩の歩みを止めなかった。
やがて彼らは世界の創造者である「七人」の存在を突き止めた。
七人に対して他の世界は手出しすらできなかったが、ついに七人の持つ科学技術――滅んだ時点での技術を超えた彼らは、マンリーの仕掛けた星の封鎖を解こうとした。
対してマンリーは洗脳マシーンで彼らのやる気を取り除いたものの、このままあらゆる世界で同じ流れが起きたら対応できなくなるのは目に見えていた。
仕方ないのでもっとも進んだ技術を持つ世界にマシーンを託して、彼自身はコジオの世界にて隠棲することにした。
どうして嫌われ者のコジオを選んだのかというと、他の五人の作り出していた世界がそれぞれなりの形の銀河帝国を築きつつあったためである。
× × ×
マシフの作った世界たちはカグアの作った亜人たちを殺戮対象とみていた。
ブランは元通りの世界を作るために、他の六人の作った世界に攻撃を仕掛けるようになっていた――あえて「セクラテ」という名の軍事国家を作り上げたのは、後々その国だけ自分で滅ぼすためである。
ランマがエルに作らせた世界は元々作りっぱなしで、さっぱり管理されていなかったので、ごく自然な形で強国を中心に銀河帝国と化した。
キリマンはより巨大な戦いを求めるようになり、ずっと世界の内側で戦わせていた人々を、どんどん外へと送り出していった。
マンリーの世界は語るに及ばない。
× × ×
コジオはのんびりと畑を耕していた。
元々セクラテの技術士官だったのは定年までの稼ぎとするためであり、彼自身はこうして土にまみれることが生きがいだった。
近頃はマンリーも近くでいちごを作るようになり、お互いに作物を持ち寄って夕餉を共にすることもある。
足りないものはマシーンに作らせればいい。
はてなき宇宙の片隅でそんな世界を作っていた彼らの下に、くだけた神様が現れたのは、他の五人が文字通りの世界大戦で消失したからであった。
「どうしたんですか、あなたは自らを神だといいますが」
「ご託はよいのだ。それよりどうしてくれる」
「といいますと?」
「お前たち二人だけになってしまった。これでは多様性もなにもない。早く新しい世界を作るのだ。でなければお前たちの望みを叶えることも適わぬぞ」
神様はマシーンを使うように彼らに迫った。
しかし二人は首をタテに振らない。
「こうしてのんびりできたら幸せなんですよ」
「バカモノ! このままでは信仰の不足どころの話ではないぞ!」
「それでも別にいいではありませんか」
のんびりする――コジオの望みはすでに叶っていた。マンリーもまた然りであった。
「しかしだ、お前たち男二人ではいずれ人間が絶滅してしまうぞ」
「それは困りますね」
「そうだろう。だから新しい世界を作るのだ」
「わかりました」
コジオは神様の要請に応えることにした。
まずはマシフ、カグア、ブラン、ランマ、キリマンの五人を作ることにして、彼らにマシーンを与えれば……。