7話
とうとう、その時がやってきた。
彼はいつものように私のお墓に花束を供えて、物悲しげな瞳でじっと花束を見つめていた。
今、彼は何を思ってるんだろう・・・
その心には、どれほど深い後悔を抱えているんだろう・・・
きっとそれは、底なし沼みたいに深くて、死んでる私には計りきれないのかもしれない。
でも、あの時決意したこと。
彼から後悔を取り除いてあげたい。
それは、本当の気持ちだから。
私は、彼と向かい合ったんだ。
供えられた花束を見つめる彼。を見つめる私。
側で幽霊さんが優しく見守ってくれていた。それがすごく私の力になって、背中を押してくれてるのがわかる。
本当に幽霊さんは良い人だって思う。こんなに私を支えてくれてる。幽霊さんと親友になれて私はきっと幸せ者だ。
だから、幽霊さんの期待にも答えたい。
お墓の前で祈る彼の前に立って、そっと胸に手を当てた。
通り抜けていく手のひらで、彼の心にそっと触れて。
その心は、ひんやりと冷たく感じた。
・・・苦しかったんだね。
苦しいくらい、私を想ってくれていたんだよね。
私も、きっと一緒だよ。
生きてるときも、死んだ後も、彼と同じくらい彼のことを想ってる。
だから、全部。正直に。
今から、私の気持ちを伝えるよ。
「お願いだよ。自分を責めないで」
聞こえないだろうけど、私は夢中で彼に語りかける。
精一杯の想いで。
生死の壁を越えて、彼に届くように。
「私は、あなたと会えて良かったんだよ」
それが、私の気持ちだよ。
「あなたと過ごせて本当に良かった」
「最期にあなたと一緒で、嬉しかった」
確かに、2人で駆け落ちしたことで、私は死んじゃったかもしれない。彼と愛し合わなければ、長生きできたのかもしれない。
でも、私は幸せだったんだよ。
彼と一緒になれたことが。彼の隣で眠れたことが。
私はこの結末に満足してたし、嬉しかったし、幸福を感じていたんだ。
絶対。100%。疑う余地も無く。それは、彼自身にだって否定させないよ。
後悔なんて微塵も無い。
もし後悔してたなら、私は今頃悪霊になっちゃってる。
「私は、あなたが大好きだよ」
口に出した途端、私は苦笑してしまう。
どれだけ思い悩んだって、どれだけ多く言葉を口にしたって。
結局、私が伝えたい言葉は『それ』だけなんだ。
「大好きだよ。大好きだよ」
私は『それ』を繰り返し口にする。『大好き』の上に『大好き』を重ねて。
そしたら。
「・・・・・・僕も、大好きでした」
えっ・・・
伝わっ、た・・・
少しずつ、彼の瞳が潤っていく。やがて溢れて、頬にスーッと線が光って。
ぽたぽたって、大粒の涙が零れる。
「大好きでした。あなたのことが、大好きでした・・・」
私みたいに、『大好き』を繰り返す彼。
子供みたいに鼻を赤くして、止まらない涙を拭おうともせずに。
伝わった、んだ・・・彼に。
私の気持ちが・・・
私も、涙が零れてる。彼みたいに、全然止まらない。
あれっ、おかしいって・・・っ。私、死んでるんだよ。目なんかないんだよ・・・
「本当に、よかったです・・・」
ふと横を見ると、幽霊さんが優しい笑みで私たちを見守ってくれている。
私たちのことを、心底喜んでくれてる。
ちょっ、幽霊さんにこんな恥ずかしい所見られたくないのに・・・!
でも、もう私の気持ちは止まらなくなって、思わず彼に抱きついた。
身体をすり抜けて、その心をぎゅっと抱きしめる。
冷たい心が、少しずつ溶けていくのがわかる。
熱を帯びていくのを感じる。
本当に良かった・・・
彼を救うことができたんだ・・・
私は大きな幸福感に包まれながら。
それから、2人で延々と泣き続けたんだ。