6話
私は、動き始めた。
彼を助けるため。私に向かって「赦さないで」と泣いた彼の心を救ってあげたいから。
私は死んでるけど、彼に話すこともできないけど。
それでも。好きだから。
「あなたは、病気で亡くなったんです」
幽霊さんから、事の顛末を聞いた。
もう何年も、ずっと前のこと。まだ私が生きてたころ。そんな記憶覚えてなかったんだけど、私は子供のころからずっと病弱だったらしい。
少し寒くなったら風邪を引いたり、すぐ貧血になって倒れたり。満足に外に出られなくて、もちろんそんな奴が働ける訳もなくて。ずっとベッドの上で寂しく横になる、そんな生活だった。
そんな私には結婚を約束した人がいた。それが、彼だった。彼とは恋人同士で、「早く一緒に一緒に暮らしたいね」って、いつも話していたんだ。
「だから、早く元気になってね」と。
ところが、彼の家族が結婚に反対した。そんな身体の弱い女なんか、金がかかるだけ。嫁には絶対入れないって。
途方に暮れた私と彼は、2人きりで街を出て行った。いわゆる、駆け落ち。そして今私のお墓がある森の、すぐ近くの町に逃げてきた。
2人の逃避行はそれから少しの間町の噂になったけど、それはすぐに消えてなくなった。
私が死んだからだ。
病弱な身での逃避行。満足な療養もできないし、当然といえば当然だった。
風邪をこじらせて倒れて、そのまま息を引き取った。
「森を出る彼の後をつけたんです。そしたら、彼が自分の屋敷に入っていきました。屋敷に入ってすぐ、彼が本棚から一冊の本を取り出して・・・」
それを幽霊さんが盗み見した。その本はきっと彼の日記帳で、後悔と自分を責める言葉ばかりが並んでいた。
幽霊さんの話を聞きながら、記憶の断片が浮かび上がっていく。
『行きましょう』
って手を引く私。
『いけません。あなたの身体が』
って彼の声。
不安そうに私を見つめる瞳。
手を繋いで駆ける、2人の影。
私は思い出す。彼がどれほど私のことを心配してくれていたか。
だから、どれほど私の死に責任を感じているのか。
自分と駆け落ちをしなければ、私は死ななかったんじゃないか。自分と出会わなければ、恋に落ちなければ、お互いに求め合わなければ・・・
自分が殺してしまったようなものだっていう、後悔。
「だから、彼はお花を手向けてくれたんだね・・・」
「そのとき、あなたはすごく嬉しかったでしょう。けど、きっと彼は・・・胸が苦しくなったはずです」
幽霊さんがそっと目線を落とす。申し訳なさそうに。でも
「違うよ」
私が力強く否定すると、幽霊さんは恐る恐る私の顔を見つめる。
幽霊さんが暗い顔する必要はないんだよ。だってね・・・
「彼に何も伝わってない。私の気持ちなんか」
私が、どれだけ彼と一緒になりたかったのか。
私が、どれだけ彼のことを好きだったのか。
死んでからも、こんなに彼のことで頭がいっぱいなんだよ。
ちゃんと思い出せたわけじゃないけど、わかるよ。
彼に対する気持ちだけは、強く残ってる。
バラバラの欠片だけど、熱を持って、私に強く語りかけてくるんだよ。
「勝手に後悔なんかしないでよ。私が可哀想みたいな感じになってるじゃん。ふざけないでよ!」
「・・・もしかして、彼に対して、怒ってます?」
どんどん熱くなる私に、幽霊さんは苦笑交じりに問いかける。
だから私は、
「当然じゃん!」
って答えた。
「彼は誤解してる!私は後悔なんかしてないもん!ちゃんと、私の気持ちを伝えないと!」
私がどう思ってるのか。
どう感じているのか。
ちゃんと。彼に。
「行こう、幽霊さん!」
私は最大級に笑って、幽霊さんの手を握る。
伝えるんだ。彼にも。この気持ち。