5話
私には一人、とても大切な人がいる。彼は私が知っている唯一の『生』の人間で、死んだ私には永遠届かない場所にいる。
何故だか知らないけど毎日私に花を供えて追悼してくれる彼に、私は毎日話し掛けた。友達の幽霊さんは、そんな私をみて「恋をしている」と言ったんだ。
私はそんなつもりじゃなかった。これは、恋なんかじゃないんだ。そんな、綺麗なものじゃない。事実を知った今だから、確信して言える。
彼が私に懺悔するように、その弱くて脆い心を見せたんだ。
「赦さないでください」って。「あなたに赦されてしまっては、僕は・・・きっと狂ってしまう」って。
彼って存在は、その罪の上に成り立ってた。彼の行動は、その罰の延長線上だった。彼はとても切なくて、下手で、醜かった。
けど、私も彼と一緒で醜いんだ。
私が頼んで幽霊さんに調べてもらった事実は、あまりにも残酷すぎて何も感じないほどだった。ショックも受けなかった。悲しくもなかった。ただ、1つの事実を知っただけ。
彼が、私を殺した。
ただ、それだけ。
幽霊さんのいないとき、私はじっと考え事をしていた。
目の前では、彼がいつものように私を悼んでくれてる。まるで、何もなかったかのように。彼は私がいることを知らないのだから、それは当然なのかもしれないけど。
けど、暗闇を知ってしまった私はそうじゃいられなかった。彼の顔を見るとドキッとして、わけのわからない後ろめたさが残る。彼は私のことには気づかないって、わかっているのに。
私が何も知らない振りをすれば、きっと今までと何も変わらない日々を送ることができる。ただ、私が彼を偲ぶだけの。
けど、私の性格じゃなかったことにできないって、自分が一番よく知っている。
私は立ち上がって、彼に手を伸ばした。私が無心に伸ばした手はすっと彼の身体を通り抜けて、私は何の感覚もないまま彼の心を握り締めた。
初めて、私は彼を欲した。彼に触れたい。彼と話したい。彼と対等な立場になりたい。今まで考えもしなかったことが溢れ出すように想いついて、本能が私を駆り立てそうとする。
一時は何も欲しくはなかったのに。「偲ぶだけでいい」って、本気で満足してたのに。それができなくなると、私はこんなにワガママになった。私って、すごい単純・・・
ほっとけないよ。彼の苦しみに私が関わっているのなら、知らなかったことにするなんてゆるされない。
そしてただ、彼を罪悪感から開放させてあげたいから。
私は彼と会って話をしないと。だから、こんな所になんかいられない。墓石に縛られて動けないっていうのは、言い訳にしかならないから。そんな免罪符を使いたくなんてないから。
幽霊さんは私を心配してくれて、申し訳なさそうに私の隣で座ってくれていた。目の前には彼がいつものように祈っていて、とても気まずい空気が流れていた。
「ごめんね」
私は小さい声で、幽霊さんに謝る。
「巻き込んで、何の関係もないのにつらい想いさせて。私、何も考えてなかった」
「そんな、別に・・・こちらこそごめんなさい。私では何もできなくて」
幽霊さんは優しく、私に謝ってくれた。本当に、優しい人。いつも、私のことを想ってくれる、大事な友達。
私は暖かい空気に包まれてるような気がして、微笑を浮かべてしまう。
「好きだ」
「えっ」
私は彼をじっと見つめたまま、突然変なことを口にするから幽霊さんはきょとんとした声を出してしまう。
「幽霊さんの言う通りだった。彼のことが好き。私は、恋をしてる」
私は「恋」っていうものを知らない。死んだとき忘れてしまった。けど、今なら断言できる。恋をしてるって。「恋」がどういうものかわからないけど、私のこの気持ちを「恋」って呼んでも構わない。
幽霊さんは優しい微笑みを浮かべて、私の手を握り締めてくれた。
「彼を罪悪感から救ってあげたい。だから、私はこんなところにいる場合じゃないんだ。真実をちゃんと知って、彼と話し合いたい。だから・・・」
「幽霊さんも手伝ってほしいんだ」
ただ幽霊さんと手を握り合っているだけなのに、私はすごく安心した気分を感じた。
「もちろんです。喜んで」
幽霊さんは力強く答えてくれた。
私は、彼が好きだ。彼を罪悪感から解放してあげたい。
もう止まらない。大切な人がいるから。支えてくれる人がいるから。
私は、ただ待ってるような受け身の性格じゃないんだ。すぐに行くから、少しだけ待ってて。