4話
突然だけど、生と死の狭間って本当はないんじゃないかと思うんだ。生きてることも、死んでることも、根本的なものはそんなに変わらない。そんな考えも、多分死んでからできてきたんだろうな・・・
私は死の世界にいる。身体はなくなっちゃって、お墓に縛られちゃって、一人で永遠かもしれない時間を過ごしてきた。誰にも会えないから私は笑わなくなって、話すこともなくなって、何も感じなくなったかもしれなくて、存在してるかどうかもわからなくなって・・・
でも、あるとき彼が来てくれた。彼は生の世界の存在だけど、私の唯一の他人だった。話すことも触れることもできないけど、彼と接するなかでいっぱい確信できたんだ。私はまだ、嬉しさや楽しさを感じることができるんだって。私はまだ、存在してるんだって。
友達の幽霊さんは、そんな私に「恋をしている」って言った。私は恋なんてどうでもいいけど、「ただ、彼を大切に想う」それだけで良かった。私と彼は永遠に交わることはないから、偲ぶだけでいいと思ってた。あの日までは。
その日、彼は私にすがりながら私の前で弱い姿を見せた。彼は私が存在してるかどうかわからないはずなのに、人違いかもしれないけれど、私に「赦さないでくさだい」と言った。
「あなたに赦されてしまっては、僕は・・・きっと狂ってしまう」
私は、彼を罪悪感から解放させてあげたいって思ったんだ。
「何か、悩みがあるのですか? 顔色、良くないですよ」
幽霊さんは心配そうに私に尋ねかけてくれた。私はつい強がって
「何言ってんの~! 顔色も何も、私は顔すらないじゃん!」
「彼のことですか?」
おちゃらける私に何も返してくれなくて、幽霊さんは真面目な顔で私を見つめた。
図星だ。私はもうはぐらかせないと思って、大きくため息をついて彼のことを幽霊さんに話した。幽霊さんは、私の大事な無二の親友だから。
「・・・『赦さないでください』ですか・・・」
予想外の話の変わりように、幽霊さんは動揺を隠せなかった。そうだよね。私だって、そう言われたときは頭が真っ白になっちゃったし。
「もしかすると、彼は生前のあなたと関係があるのではないのですか?」
「わからない。けど、やっぱり彼が悩んでいるのって私のせいなのかな・・・」
私が不安そうな顔をすると、幽霊さんは優しく微笑みながら「大丈夫ですよ」って私の頭を撫ででくれた。・・・友達っていいな。私はずっと一人ぼっちの時間が長かったから、こんな温かいものが私の側にあるんだなって思ったら、とてもいい心地だった。
彼にも、この温かいものをプレゼントしたいんだ。私がいつも側にいるから、味方でいるから。
「私が、森の外の彼を調べてみてきます。少し、待っていてください」
それから、しばらく幽霊さんは私のもとへは来てくれなかった。どんなことをしているのかはわからないけど、幽霊さんが見つけてくる真実がどんなものなのかはわからないけど、とても怖いけど、私は知らなくちゃいけない気がした。私は決して、それから逃げちゃいけないんだ・・・
私の墓石にいつものように花を手向けてくれる彼は、普段と変わったことはなかった。普段通りの凛々しい表情で、ずっと墓石に刻まれた文字を見つめてる。この文字は、私の名前なのかな。死んじゃってから文字の読み方も忘れちゃってるから、なんて書いてるのか私にはわからない。
普段と変わらない、彼が切なく思えたんだ。その紳士的な仮面の裏には、どれほどの重荷を背負っているんだろう。どれほどの千切れた心を抱えているんだろう。
それは、私には分けてくれないのかな? 私は、彼とその荷物を分け合いたい。そりゃ、私と彼は存在自体が違うし、交わることもできないし、彼は私が存在してることすら知らないけど、でも、でも、そう想うのは間違いなのかな?
赦すも赦さないも関係ない。
「私は彼を大切に想う」
それで、いいんじゃないのかな?
季節が変わって、幽霊さんはやっと私のもとに会いに来てくれた。ところが、久しぶりに会ったっていうのに幽霊さんの表情はとても暗くて、びくびくしながらそっと私の顔を見つめた。
・・・何か、怖いものを見つけちゃったんだ。そう直感できた。私と彼の過去に、とても大きくて怖いものを見つけちゃったんだ・・・
でも、私はそれを知りたいよ。自分のことだから。彼のことだから。それから逃げることは赦されないし、逃げたくもない。
「何を見たの? 教えて」
「嫌です」
幽霊さんはかすれた声で短く小さく言った。声は消えそうだけど、その意志はとても堅そうだった。意地でも、私には教えないといった瞳をしていた。
「どうして? 私のことなんだよ!」
「だからといって、知らなければいいこともあります。あなたの心は全てを受け止められるほど大きくはありません」
「でも知りたい! 自分のことだから知らなくちゃいけないんじゃないの、例えどんなことだって!」
「ではっ!!」
幽霊さんは私を一喝した。どんなことがあっても今まで怒らなかった人なのに。私に鋭い視線を向けて、その瞳は涙で溢れていたんだ。
「彼があなたを死に追いやったなんて事実を背負えますか!彼に殺されたなんて事実を背負えますか!」
「・・・えっ」
殺された・・・
彼が、私を殺した。
私を、殺したの・・・?
「無理でしょう、無理でしょう・・・そんな事実、耐えきれる人なんていませんよ・・・」
幽霊さんは泣き崩れて、顔を伏せて泣く声を必死に殺してた。まるで、あの日の彼みたいに。その姿を見て、私は変わらないと思った。生きてることも、死んでることも、根本的にはそんなに変わらない。今の幽霊さんもあの日の彼も、一緒なんだ。
私は、何も考えることができなかった。何も感じることができなかった。何も感じなくて、悲しくもなくて、ただ泣いてる幽霊さんが心配だった。幽霊さんが私のために泣いてくれてるということが、私が全然悲しくないということが、物凄く不思議だったんだ・・・
それでも、彼を守りたいと思うのは間違いかな?
それでも、彼を罪悪感から解放させてあげたいと思うのは間違いかな?




