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3話

 みなさん、お久しぶり! 


 ご存知の通り、私はこのお墓のある森から抜けられない、可哀相な幽霊ちゃん。名前は・・・もう忘れちゃったなぁ。生きてるときはあったはずなんだけど、死んでから必要じゃなくなったし。



 死ぬと、人はお墓に縛られる。みんなも聞いていたほうがいいよ。いつか絶対に死んで私のような目に遭うんだから。死人は墓石を身体にして、そこから動けなくなるんだ。そこは同じような世界に見えて次元がずれているから、生きてる世界とは干渉できない。美味しそうな果物を食べることもできないし、生きてる人とお喋りしたりすることもできない。


 中途半端に意思を持つことが、どれほど辛いかみんなにはわかる? 私は、特に死ぬほど辛かった。誰も来てくれなくて、どこにも行けなくて。


 そんな日々がいつまでも続いて、時間という私の感覚がそろそろ消えてなくなっちゃうかなぁと思ったとき、彼が私に花を供えにきてくれた。毎日毎日、一輪の花を供えて私に悼みの表情を向けてくれた。あったこともない、どんなやつが眠ってるかもわからないこのお墓に。彼は今まで一言も喋ってくれたことはないけど、それでも・・・嬉しかったんだ。



 私の友達の幽霊さんは、そんな私を見て「恋をしている」と茶化した。私は愛とか恋とかそういったものは忘れてしまったけど、別に構わない。私と彼という二本の線は別次元にあるから永遠に重なることがない。だから、私は永遠あなたを偲ぶことができるから。





 ある日、幽霊さんが花を供える彼を見つめながら、ゆっくりと私に視線を変えて首を傾げた。


「あなたは彼のことを好意的に想ってるようなのですが、彼のことを何か知っているのですか?」


「さぁ? 知らない。何も喋ってくれないから」


 幽霊さんは少し驚いたような表情を見せると、すぐに呆れたような顔をして


「気にならないんですか? 私が森の外の彼を見てきましょうか?」


「う~ん、別にいいや」


 私は即答した。


 興味がないんだ。どうせ私は彼に触れられないのに、交じれないのに、彼の見えないところまで知ってどうするの? 知っても知らなくても、私と彼の関係は変わらない。


 満足そうに遠慮した私を見て、幽霊さんはまた首を傾げた。






 運命って本当にあると思う?


 私が生きてるとき、それを尋ねたらみんなに笑われた。・・・っていうか、私が覚えてる生前の記憶って笑われてるとこばっかりだな・・・


 そのときは、「そんなこと考えてる暇があるなら・・・」って言われたけど、今となってはわかる。運命は存在するんだ。


 運命、変わらないこと。鳥が空を飛んだり、花が枯れたり、雨が降ったり、私が死んだり。当たり前のことだけど、どんな状況でもそれは変わらない。いつか絶対起こること、運命。


 それが運命で決められてるんだったら、別に知らなくてもいい彼のことを、私は当然のように知ることになる。





 幽霊さんのいない日。朝から曇り空で鬱陶しく思えるその日も、彼は当然のように私の前に現れた。


 彼はいつものように花を供えて私を悼んだ。私はそんな彼の横顔をすぐ側で見つめていた。すると、彼の口が突然動いて


「あなたには、僕のことが見えてますか?」


 思ったよりも澄んだ声で、そう口にした。


 「えっ!?」突然話しかけられた私は驚いて、そのまま腰を抜かしてしまった。初めて彼の声を聞けた嬉しさと、初めて彼に話しかけられた嬉しさが私の心に充満して、すぐに「どうして彼が私のことを知っているんだ?」という戸惑いと、「もしかして、今までやってきたことが彼にばれてた!?」という恥ずかしさがさらに混じってきて、私はわけがわからなくなった。


「見えているなら、僕の言うことを聞いてくれませんか?」


 どうやら私のことは見えていないようで、私はちょっとほっとする。


「あなたは今、どう感じています? どう思っています?」


 もしかして、彼は生前の私と何か関係あるのかなぁ? それとも、人違いなのか。少なくとも私は彼のこと知らないけど、その記憶も曖昧で当てにならないから、どちらかはわからなかった。


「どうか、僕を赦さないでください・・・あなたに赦されてしまっては、僕は・・・きっと狂ってしまう」


 彼は崩れるように膝を折って、両手を握ってすがるように私に頼み込んでる。精一杯、精一杯。何も知らない私にもその姿は切なく瞳に刻まれていく。私が初めて見た、弱い彼。


 彼は罪を背負ってる。この弱い彼を見てたら、何となくわかる。重くて、重くて、潰されそうな罪を背負ってる。赦されないということが彼の唯一の支えで、憎まれるということが彼の唯一の原動力なんだ。


 こんなに、彼を切なく思えたことなんてない。脆すぎるよ。彼に触るだけで、その身体が崩れていってしまいそう。可哀相で、私まで悲しくなってきて・・・もう、どうしようもないくらい得体の知れない感情で満たされて。


 私は彼に抱きついた。身体を透き通るなか、彼の胸にある温かさをそっと抱く。私は彼に触れないし、話しかけられないし、気付いてすらもらえないけど、それでも何かしたいんだ。私と彼は別次元にいるから干渉できないんだけど、それでも・・・



 赦すも赦さないも関係ないよ。私が今、ここにいるから。


 お願い、安心して。

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