2話
死んだ人間がどうなるか、知ってる?
私が生きてたときに、それを尋ねたらみんなに笑われた。
神様を大事にする人は、「死ねば神のもとへいける」って言ってた。小心なやつは「死ねば生前の行いによって、地獄に行かされる」って言った。
そのとき、無心に生きてるやつが面白いことを言ったんだ。「死ねば、何もない。感情も、意識も、存在も・・・何も見えず何も聞こえず何も感じず・・・」確かに、って思った。死ぬことに価値を持てば、生きる意味がなくなるから。もしかしたら、これが一番真実に近いかもしれないって、その時は思ってた。
実際、そんなに甘くはない。私は死んだのに、意識も感情もある。ただ、自由がないだけ。半端に記憶もあるから、鬱陶しいことこの上ない。
人は死ぬと、墓石を身体にするらしい。だから、お墓から動くことはできない。
あと、現実とは次元がずれてる。だから、生きてる人に話したり触ったりはできないし、美味しい物を食べたりトイレに行ったりする必要はない。私は結構グルメだから、食べることができないのはちょっと悲しい。
私のお墓は人気のない森の中にあって、ずっと誰も来てくれなかった。寂しいかった。特に私は寂しいのには耐えられないタイプだから、死にそうなほど寂しくて、次第に私は人じゃないような気がして・・・まぁ、もう死んでるから人じゃないんだけど。
そんなときに彼が私に花を供えに来てくれた。それから毎日、毎日。話すことも触ることもできないけど、彼が来てくれるとどことなく楽しかったんだ。
あぁ、それから最近ある人に出会った。いやっ、人じゃないな・・・幽霊。その幽霊さんに話を聞くと、まれに死んでも縛られない人がいるらしいんだ。人間が死んだら何かに縛られる。墓石だったり、その土地だったり(自然に縛られた人は精霊というらしい)。でも、何かの手違いなのか、ごくまれに何物にも縛られない人がいるらしい。私みたいな縛られた死人を「地縛霊」というのに対して、縛られない死人を「浮遊霊」っていうらしい。
それで幽霊さんは、この深い森に迷って私の墓石の前にたどり着いたそうだ。
私と幽霊さんは気が合って、月に何度かは私を訪ねてくれるようになった。
いろんな所に行ったことがあるらしい幽霊さんは、私が忘れてしまったことをいろいろと教えてくれた。幽霊さんは語り聞かせるのがとても上手で、その話は生きてる頃に読んだ冒険記みたいだった。
その冒険記を想像してるとき、その広大な世界を歩いてるのは幽霊さんじゃなくて、私に花を供えてくれる彼だった。きっと、私が知ってる『生きてる世界』に彼がいるからだと思う。
私が彼と話してるとき・・・いや、彼は私のことを知らないから、私が彼に話し掛けてるとき、か。幽霊さんは微笑ましい顔をしながら私に言ったんだ。
「あなたは、その人を愛しているのですね」
「愛してる? 私が? もう死んでるのに」
「森の外では、今のあなたみたいなのを恋愛と言いますよ」
恋愛なんて、死んでから考えたこともなかった。覚えてすらいない。ただ覚えてるのは、恋愛とは素敵なことで、みんな誰かを愛してたってことだけ。
「・・・う~ん、そうは言われてもピンと来ない。ずっとこんな森にいたからいろいろ忘れちゃって。恋愛って何なのさ?」
すると、幽霊さんは含みのある笑みを浮かべて
「それは、あなたが一番知っていることです。私が羨ましく思うもの」
何じゃそりゃ・・・って私は心の中で呆れてた。
ここには誰も来なかった。私は死ぬほど孤独だった。暇で何もできなくて、次第に生きてるのか死んでるのかわからなくなって、時々私は存在してるのかって思って。
その時来てくれた彼は私にとって唯一の人だから、自然に大切な人になったのかもしれない。
確かに、いつも思うんだ。彼と話せたら、彼に触れられたら。それはどんなことをしてもできないから、私は闘争心を剥き出しにしてより彼と接することを強く願う。
愛だとか恋だとか難しいことはわからないけど、「私は彼を大切に想う」。それだけでいいんじゃないかと私は思うんだ。それを周りが恋愛だとかテキトーに言ってても、別に構わない。それは、私だけのものだから。存在する次元が違うから、永遠に結び終わらず伸びつづける。どこまで覗き込んでも青しか見えない空のようなものだから、ただ私の中で偲ぶだけでいい。
幽霊さんが来ない日。私はふざけて、花束を供える彼の背中に抱きついてみた。そしたら彼の背中を通り抜けて、顔面から勢いよくこけてしまった。それでもすました顔で花束を添えて祈る彼に私はちょっとむかついて、あることを思いつく。
どうせ触れられないのだから、別に何をやったって構わないよね?
私はゆっくりと起き上がって、彼の顔に自分の顔を近付ける。唇が重なる部分で、私は動くのをやめた。少しでも力を入れるとそのまま倒れてしまいそうで、この体勢はかなり辛い。
いつもの花のお礼。でも、ちょっとサービスしすぎたかなぁ。
恥ずかしさで甘酸っぱい気持ちの中で、私はちょっと嬉しかったんだ。