1話
ある日、私の足がなくなった。手がなくなって、首がなくなって、耳も、目も、鼻も、全てなくなった。
そう、私は死んだんだ。
ふと気付くと、私は錆色の墓石に閉じこめられていたんだ。最初は何が起こったのか全くわからなくなってじたばた動いて離れようとしたんだけど、暴れれば暴れるほど身体が重くなって、どれぐらい抗っただろう・・・途方もない時間が経った頃には私は疲れ果てて、もう逃げられないんだって諦めた。
膝を抱えてじっと座りながら季節が変わっていくのを見つめていると、少しづつ、何があったのか思い出せてきた。色褪せた状態で頭の中に入ってくるから詳しいことはわかんないんだけど、確かなことは私は死んで、目の前の世界には戻れないこと。この小さな墓石に永遠縛られなきゃいけないって、嫌でも頭の中に入ってくるあいまいな記憶をかみ締めながら痛感させられた。
確かそれから・・・・
春にはサクラを見つめながら誰にも聞こえない歌を歌って
夏には辺りから聞こえる蝉の声にイライラして
秋には美味しそうに実った果物を横目にお腹を鳴らして
冬には雪を枕にしてダラダラ過ごして・・・
また春にはサクラを見つめながら歌を歌って
夏にはイライラして
秋にはお腹を鳴らして冬はダラダラ過ごして
またまた春には歌を・・・
もう、飽きたなぁ。何回も同じこと続けるのは私の性格からしてもう限界。さすがに暇すぎて死んじゃいそう(死んでるけど)。
あぁ~ここが墓地だったら。隣で死んでる人と世間話でもできたのに。夏には肝試しで怖がりなヤツを驚かせて楽しめたのに。私そういうのには積極的に参加するよ。お化け・悪霊役やりたかったなぁ。
誰だよっ! 誰も来ない森の中にお墓建てたやつ! 見つけたら絶対に憑りついてやるっ!
と、そんなくだらないことを考えてもただ疲れるだけで、この場所に縛られた私は何もできなくて、底なしに与えられた時間に途方にくれるしかできなかった。
そんなある日、一人の男性が私の所へやってきた。季節は確か・・・秋だったと思う。頭上に実った真っ赤なリンゴを見上げながらお腹を鳴らしていると、突然男性が枯葉を踏む音が聞こえた。
黒のスーツに青い蝶ネクタイ。森の中に入ってきてるから、高価そうな革靴は少し泥で汚れていた。茶色の長い前髪が邪魔で目元は見えなかったけど、口元は至って穏やかな感じ。一輪の彼岸花を抱くように抱えて私に近づいてくる。
彼は私の手前までくると、表情を変えずに私に一礼した。手にする彼岸花をそっと私に手向けて、すぐに私に背を向けて立ち去っていった。
彼はそれから、毎日私に会いに来た。・・・というのは、少し違うかな?私は死後の人間だから、彼に私の姿は見えないらしい。正確には、私の墓に花を供えに来る。いつも同じ服装、黒のスーツと蝶ネクタイで、手には花を一輪だけ持って。
私は彼のことをしらない。覚えてないだけかもしれないけど、死後も、きっと生前も会ったことはないはず。見ず知らずの人間に花を手向けられるにはちょっとくすぐったい感じもしたけど、誰かに悼まれて少し嬉しい気持ちもあった。
「ねぇ、名前は?」
彼は黙って花を添えた。どうやら、私の声は聞こえないらしい。
次に彼に触ろうと手を伸ばしたら、私の手が彼の身体を通り抜けてしまった。
それでも、私は彼に話しつづけた。会話にもならないだろうけど、彼は私のことなんか全く知らないだろうけど、私はそれだけでこの苦しい恒久から少しだけ気を紛らわすことができた。
春はサクラの下で彼に話し掛け
夏は蝉の声に包まれて彼に話し掛け
秋はお腹を鳴らせながらも彼に話し掛け
冬は身体を震わしながら彼に話し掛けた。
彼が何故毎日毎日私にお花を添えるのかはわからない。ただ、彼の持ってくる花は日々違っていて、季節に通じたその時一番綺麗な花を持って来てくれた。
彼が毎日やってくる日々は、私に「明日が待ち遠しい」という感情を与えてくれた。こんな気持ち、本当に久しぶりだなぁ。生きてる時は、毎日こんな感情で満たされてたっけ。
季節が、確かに過ぎていく。
もう私の中で、彼が毎日会いに来るということは当たり前になってしまっていた。前はこれぐらいの時間ならあっという間に過ぎてしまったのに、彼と会ってからはものすごく長く感じる。毎日毎日、早く明日になればなぁと思っているのに、全然時間が経たなくて、私はいつもイライラしていた。
何か、私変わったなぁと思いながら・・・
明日こそ、彼は違った表情をしてたらいいなぁと思いながら・・・
今日も私は彼を待ちきれなくて、彼がついさっき置いていった花束に唇を近付ける。
淡くて甘い香りが、私の視界に広がっていった。