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罪、神隠し、自分

作者: あれすぅ

大きな湖の近く。木々が煌めくようにおり茂る場所。

そんな所が俺たちの秘密基地だった。

中学の頃、俺と親友のマナブはそこで長い時間を過ごしていた。

きっかけは、煙草だった。

薄汚い看板を下げている煙草屋は中学生の俺たちに簡単に煙草を買わせてくれた。

でも、吸う場所なんて限られてくる。さすがに公然とした場所で吸うわけにもいかない。

まして、学校では優等生として扱われている俺たちが煙草を吸っているなんて知れたら大問題だった。

そして、良く小学校の時に使っていた秘密基地に俺らはまた溜まり場としてそこを使う事にした。

「良くここで火遊びなんかしたよな」

懐かしそうにマナブは言って錆びて茶色くなったドラム缶に座った。

それに釣られて俺も近くの大きな石の上に腰を下ろした。

「ああ。確か親のライター勝手に取ってきて、枯れた木や雑誌なんか焼いていたな」

雑誌。

そこには雨に濡れてカピカピになった卑猥な雑誌が何故か良く置かれていたな。

周りを見渡せば前と変わり映えのない風景。

フェンス越しに木々の間から僅かに見える湖が夏の燦々とした陽光を反射して、眩しいくらいに白く輝いていた。

マナブは、ラークを箱から一本取り出し、慣れた手つきで火をつける。

辺りに灰色の煙が漂い、風に誘われてどこかへ消えていく。

「なあ。退屈じゃないか?」

「確かにここはひどくつまらない所だけどな」

小学生の時は何故かここが特別な場所のように見えた。

大きな石を引っくり返せばワラジムシがうようよと地面を這い、アリがそこらへんを闊歩しながら餌を求めて行列を成していた。

今ではそんな事に新鮮な驚きも感情の昂りも覚えなくなってしまっていた。

「違うよ。今の生活にだよ」

マナブは煙草を吹かしながら真剣な目で語った。

「何か不満があるのかい?」

「いや、特にないね。ただ漠然として下らないと思うんだ」

何故そう思うのか俺には分からなかった。

マナブはいわば優等生中の優等生だった。人当たりも良く、教師たちの評判も良い。

そんな彼に何がそう思わせるのか。

「恵まれ過ぎてそう思うだけじゃないか?」

それを聞くとマナブは、黙って空を見上げた。

マナブが物事を考えるときの癖だった。

「まあそうなのかも知れないな」

一言だけそういって煙草にまた口を付けた。

煙草はすでに短くなり、マナブはドラム缶の側面で火を始末しフェンスの先へ投げて捨てた。





目覚まし時計がなり、眠りの底から引き釣りだされた。

時刻は七時。そろそろ会社へ行く準備をしなければいけなかった。

幾度となく見た夢だった。あの時の記憶が今でも鮮明に思い出せるのはそのおかげだった。


あの日の翌日、マナブは自宅の自室で首を釣って自殺した。

自殺の原因は不明だった。

俺の所にも刑事が話を聞いてきた。そしてその日の出来事を簡単に話をした。

だが刑事も納得いった顔をしてはいなかった。


あの時、何か自分がもっと真剣に話を聞いていれば、免れたのかもしれない。

だが、今となってはどうしようもなかった。

罪悪感が否応でもあの日の事を忘れさせないようにしているのかも知れなかった。



一階のリビングに入ると、ベーコンが焼ける臭いが漂ってきた。

「おはよう」

「あ、おはよう。貴方。もう少しで出来上がるから待ってね」

妻はエプロン姿で長箸を持ち、振り返ってそう言った。

朝食が出来上がり俺と妻はテーブルに着いた。

どうやら子供は先に朝食をとりすでに家を出ているようだった。

「ねえ。貴方、ちゃんと会社に行っているの?」

妻は何故か不思議な事を言った。

「ちゃんと仕事をしているさ」

平日は毎朝早く起きて、夕方暗くなる頃には帰るようにはしている。

何故妻はそんなことを言い出したのだろうか。

「いや、昨日買い物の帰り道に貴方を見かけたのよ。なんだか凄く怖そうな顔していて、汚い服で辺りをうろうろしていたから声はかけなかったけれども……」

「人違いじゃないか?」

「いや、そんな事ないわよ。確かに貴方だったわ。何かあったのかと心配になったのよ」

確かに夫が昼間からぶらぶらしていたら、心配するのも無理はないのかもしれない。

会社をやめさせられたとか、会社を休んだ事を家族には話さずよからぬ事をしているのではないかと思われたかもしれない。

「昨日はちゃんと職場にいたよ。もし確認したいのなら職場の人間に聞いてみると良いよ」

妻はひどく納得いかないといった表情をしていた。

元々精神的に不安定な彼女だ。近頃は誰かに監視されていると言っている。それだけに色々と神経過敏になっているのかもしれない。

「わかったわ。貴方を信じるわよ。でも何かあったらちゃんと相談してね」

「心配しなくても大丈夫だよ。それに見たのも俺に良く似た人だったのかもしれないよ。世界には似た人物が三人いるとよく言うじゃないか」

だが、妻は確かに貴方だったと思ったのだけれどもと繰り返しつぶやいていた。

余程似ている奴が近所に住んでいるのかもしれない。



それから数日して、中学時代の同窓会が行われ旧友達と久方ぶりに会う事になった。

宴会と言う事で、幹事が挨拶をし、酒を飲み始めた。

酒がまわりほど良く良い始めた頃、部活が一緒だった友人がやってきて昔話に花を咲かせたり、近況について色々と話した。

「ところで、お前、地元に帰って来たっていうなら連絡してくれよ。せっかく飲みに行こうとでも思ったのによ」

「いつの話しだい? 最近帰って来た覚えがないんだが」

「あー、数か月前くらいだったかな? たまたま駅前でお前を見つけて話をしたじゃないか。まあお前の方は一言も喋らずにどっかに行っちまったけどもよ」

おかしな話だった。

ここ二、三年地元に帰って来てなかったし、そして何よりも無視するほど仲が悪いわけでもなかった。

「人違いじゃないか?」

「確かにお前だったと思うんだがな……。まあ人違いだったのかもしれないな。すまないね。変な話をして」

どうやら親しい人間が俺と良く似た奴に遭遇する事が多いようだな。

ドッペルゲンガーという奴かもしれない。

もしかしたら、近々そいつに会って酷い目に会うかもしれないな。

そんな事を考えながら、グラスに注がれたビールの残りを一気に飲み干した。


二次会、三次会と飲み屋を梯子した後、駅前近くのビジネスホテルに泊まり、ベッドにつこうとした時、携帯電話が室内に響き渡った。

画面を見ると非通知の文字が映し出されていた。そのまま酔いも回っていて無視しても良かったが、仕方なく通話ボタンを押す。

「もしもし」

「……。」

電話越しからは何も聞こえなかった。

いたずら電話と思い、通話を切ろうと耳から携帯電話を離そうとした瞬間。

「あの時の……幼い頃の秘密基地で待っている」

通話相手が一言そう告げると通話は途絶え単純な電子音が繰り返し耳に届いてきた。

秘密基地……あの場所を知っているのは俺とマナブだけだった。

そして、電話越しから聞こえてきた声は、良く聞き慣れた声だった。



たらふく酒を飲んだせいなのか頭が痛かった。起きるのも遅くなり時刻は、四時を示していた。大幅にチェックアウト時間をオーバーしていた。

おかげで追加料金を払う事になったが、それよりも昨夜の事が気にかかった。

良く聞き慣れた声。ただ酔っていただけなのかもしれないが、非常に気がかりだった。

どうしてあの場所を知っているのだろうか。

自宅に帰るには夜遅くなりそうだったがこのまま帰る前にあの場所へ行こうと決心した。


秘密基地へ到着した時にはすでに日が暮れていた。

車を道路脇に止めて、歩いてけもの道を通りあの場所へ向かった。

薄暗さに加え、足場の不安定な道に足を取られながらも目的の場所へ着いた。

あの頃と比べてよりいっそう草や木々が成長しており薄暗さが増長していた。

坂道を下る途中に、ドラム缶の傍で小さな光が見えた。

それは、煙草に点いた火だった。

「遅かったじゃないか」

暗闇に浮かぶ人物は、ひどく不機嫌そうな声で話しかけてきた。

「あんたは何者だ」

それを聞いた人物は、静かに口元を曲げて笑ったように見えた。

「俺はお前だよ」

目が慣れて、その人物の顔がぼんやりと見えてくる。

男性にしては長く整えられていない髪、長く伸びた無精髭。

汚らしい人間だと思った。

だが、それは紛れもなく自分自身だった。

何故自分がこうして自分自身を見ているのか。想定のしなかった状況に驚き、手足が酷く震えた。

「何故って顔をしているな」

俺自身は、不敵に笑みを浮かび続けている。

「良いぜ。教えてやるよ」

煙草の火を消し、奴は喋り始める。

「マナブが死んだのは俺のせいだ。そう思っている。そして、そのことがきっかけで何もかも駄目してしまった。罪悪感さ。マナブを救えなかった。二十年間俺はただそれだけに囚われ、人生を投げ出した。自室で来る日も来る日も悔やみ続けた。そして、ある日この場所へやってきてあの日の事を思い出していたのさ。そうすると気が付いた時にはこのセカイに迷い込んでしまった。俺が生きていたセカイとは違うセカイだった。見る物すべてが微妙に違っていた」

神隠しとでも言うのだろうか。もう一人の俺が神隠しを通じて、俺に出会う。

そして、もう一人の俺が感じていた罪悪感は俺の物と同じだった。

悔やみ続けた。そして今でも悔やみ続けている。

「そして気になったんだ。このセカイの俺がどうなっているのか。それからはお前を探し続けた。このセカイの俺も悔やんでいるだろうと思ったが、お前はどうだ? 家族や仕事を持ち幸せそうに暮らしているじゃないか」

「悔やんでいるさ」

「悔やんでいるなら自分の今の幸せに耐えられないはずだぜ。耐えられているって言うのなら、それはお前がもう悔やんでいないからだよ」

確かにそうかも知れなかった。俺はもう悔やんではいないのかもしれない。でなければこうやって人生を生きていけるわけがない。

「俺は、お前が心底羨ましかったよ。同時に憎らしかったよ。俺はこうやって罪悪感に囚われて生きて来たというのに」

沈黙。

俺は奴の苦しみはわからない。だが奴も俺がそんな人生をおくるなかでどれほど葛藤があったのか知らない。

「だから、俺はおまえに罪滅ぼしをしてもらいたい」

「どうやってだ?」

腹部に痛みが走る。

いつの間にか、奴は俺の目の前に近づき、何か鋭利な物で俺の腹を突き刺していた。

「こうやってだよ」

奴は突き刺した物を刺したままさらに奥へと捻り込み内臓を断っていく。

そして、奴は俺を力任せに押し倒し、何度も俺の体を突き刺してきた。

痛みで叫び声が上がる。だが、この声は誰の耳にも届かないだろう。

やがて痛みも感じなくなり、薄暗くなりつつある視界の中で奴を見た。

「俺らは結局、マナブを救えなかった。それがこの様だ」

奴は涙を流していた。救えなかった悲しみ、どうしようもなくなった過去。

あらゆる感情が駆け巡り、俺も知らずの内に涙をながしていた。

自分の罪は自分自身で償わなければいけない。


贖罪。


それが、自分自身の罪を滅ぼす唯一の方法なのかも知れない。

かすれゆく意識の中で最後に俺はそう悟った。

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