未来人の話
まだ試し書きの段階です。完結するかどうかもまだ未定なので、ご注意ください。
僕はあまりにも壮大な話にごくりと唾を飲みこんだ。僕は手をあげてウェイターを呼び、コーヒーを追加注文した。そろそろ僕たちがこの喫茶店を訪れてから一時間半以上が経過しようとしていた。さすがにコーヒー一杯でこれ以上長居するのは申し訳ない気がしたし、実際のところ僕はもう一杯コーヒーが飲みたくなってきていた。田中唯はオレンジジュースを追加注文した。注文した飲み物はすぐに運ばれてきた。
「なんだかすごい話になってきたな」
僕は運ばれてきたコーヒーを一口飲むと言った。田中唯は僕の顔を見ると、曖昧な笑顔を浮かべた。
「で、ここでさっき田中さんが言ってたタイムマシンの原理が出でくるわけだ」
僕は言ってみた。
「昔はちょっと前の過去にしかいくことができなかったけれど、技術革新があって遠い過去にも行けるようになったと」
「そうです」
田中唯は頷いてから、オレンジジュースをストローで飲んだ。
「といっても、さっきも話した通り、実際に訪れることのできるのは、わたしたちの居る世界線からごく近い場所にある過去の世界ということになりますけどね。正確な意味でのわたしたちの居る世界から五十万年遡った世界ではありません。ても、それは誤差の範囲内、つまりかなり似通った世界なので問題ないとも言えます」
田中唯は補足して言った。
「で、実際に行ってみてどうだったの?ほんとうに五十万年前の世界で既に人類は文明を築いていたの?」
僕は田中唯の顔を見ると、かなりどきどきしながら訊ねてみた。田中唯は僕の問いに頷いた。
「信じられないことに、その世界には文明が存在していました。それもかなり高度に進んだ文明が。一部分においては現代の技術水準を遥かに超えているところもあります」
僕は田中唯が口にした科白に目を見張った。
「そこでその世界をより詳しく研究調査するために、その世界に恒常的な基地が建設されました。わたしたちの世界で十年くらい前のことですね。現在では百人近い技術者や考古学者・・・それに軍人も何人かいます…何かあったときのために・・五十万年前の世界にタイムスリップして、基地に定住して、つまり過去の世界に滞在して、その世界のことを詳しく調べています」
僕は田中唯の話に耳を傾けながら、五十万年前の地球や、そこにあるという基地のことを想像してみた。
「田中さんは考古学者なの?」
と、僕は田中唯の顔を見ると訊ねてみた、すると、田中唯はオレンジジュースを一口飲んでから軽く首を左右に振った。
「わたしは技術者です。そこまで専門的なところまではわからないけど、タイムマシンのちょっとした不具合とか保守点検とかならなんとかできます。あとはコンピューター関係の整備とか」
「なるほど」
僕は頷いてから思い出してコーヒーを口元に運んだ。
「じゃあ、田中さんも職員としてその世界に長く滞在していたの?つまり五十万年前の世界に」
「ええ」
「一度その世界にいったら行き放し?」
田中唯はまた小さく頭を振った。
「一年に一度くらいの間隔でもとの世界に戻ります。そして交代でべつの職員がその世界を訪れるという感じですね。もっと気軽に、一週間に一度くらいの割合でもとの世界に戻れたらいいんでしょうけど、残念ながらわたしたちの世界ではそこまでタイムマシンのテクノロジーは発達していません。たとえていうと、今の世界でいう宇宙飛行士みたいな感じです。宇宙へ行くのには莫大なお金と相当な準備が必要になりますよね?・・・まあ、タイムマシンの場合はそこまで大がかりなものじゃないけど・・・でも、個人の都合でそんなに簡単に五十万年前の世界と今の世界を行ったり来たりすることはできないんです」
「そうか」
と、僕は頷きながらちょっと残念だと思った。というのは、ドラえもんの世界みたいに自分が好きなときに好きな時代へ行ける世界を想像していたのだ。僕はまたコーヒーを一口啜った。
「でも、田中さんは今、個人的に、この世界を訪れているよね?」
と、僕はふと気になって田中唯の顔を見つめた。田中唯は僕の顔を見つめ返した。僕の問いを受けて、彼女が少し緊張しているのがわかった。
「さっきの話だと、個人がタイムマシンを自由に使うことはできないということだったけど、どうして田中さんはこの世界に来ることができたの?」
田中唯は僕の質問に答える前にオレンジジュースを一口啜った。そしてそれから顔をあげて僕の顔を静かに見つめると、口を開いた。
「まさにそれがこの話の重要なポイントなんです」
と、田中唯は言った。
「ブログにも少し書いたと思うんですけど、五十万前の世界にある施設内で犯罪行為・・・反乱が置きました」
「反乱?」
僕は彼女が突然口にした科白が上手く呑み込めなくて繰り返した。
田中唯は僕の問いに頷いた。
「このプロジェクトに関わっているひとたちは通常政府機関による厳密な審査を受けていので、そんなことは起こりえないはずなんですけど、でも、結果的にどういうわけか今回の調査団のなかには危険な思想を持つひとたちが多数いて、そのひとたちが一斉に武器を使って反乱を起こしたんです。五十万年前の世界で。施設の人間を次々に殺害していきました。わたしと仲の良かったひとたちもたくさん殺されました」
「なんでそんなことを?」
僕は不思議に思って言った。
「過去の世界にある資源を独占して未来に持ち帰ってお金もうけをしようとしていたとか?」
田中唯は僕の科白に首を振った。
「彼らの目的はたぶんそんなことじゃないと思います」
僕が説明を求めるように田中唯の顔を見つめると、
「彼らは過去の世界に自分たちだけの新しい世界を作ろうとしていたんじゃないかと思います」
と、田中唯は言った。
「新しい世界?」
「五十万年前の世界のひとびとの文明は、部分的にはわたしたちの世界よりも優れているところはあったとしても、まだまだ未熟です。特に武器いたっては全くの未発達です。彼らは争いを好みません。だから、現代のテクノロジーを使えば簡単にその世界を制圧することができます」
「・・・それで彼らは、反乱者は、武器を使って過去の世界を制圧したあと、自分たちの理想通りの新しい世界を作ろうとしていると」
そういうことですというように田中唯は神妙な表情をして頷いた。なんだか映画みたいな話だなと僕は上手くその話を信じることができなかったけれど、田中唯の真剣な表情を見ている限りとてもそんなことを口に出して言えるような雰囲気ではなかった。
「でも、施設のうちのごく少数の人間はその突然の暴動から逃げ延びることができました」
と、田中唯は再び口を開くと言った。
「わたしとわたしの兄もその少数の人間のうちのひとりで・・・わたしたちふたりは命からがら逃げ延びた後、施設の近くを彷徨い歩きました。
そしてそこで偶然見つけたんです。当初、この世界、五十万年前の世界を初めて訪れたときに使われたと思われる旧式のタイムマシンを。
過去に大きな爆発事故があって、遺棄された施設があったんですけど、その施設内に旧式のタイムマシンがあったんです。
調べたところ、まだそれは使うことが可能なようでした。わたしたちはこの旧式のタイムマシンを使って過去に戻り、暴動を未然に防ぐか、あるいは未来に戻って応援を頼むかしようと考えました
・・でも、肝心のエルネギーが十分ではないことが判明しました。エネルギーというのはチャージ式のものになるんですけど、施設が遺棄された関係からなのか、エネルギーの充電が未完了のまま放置されていたのです。そのエネルギーではわたしたちがいた未来に戻るのにぎりぎり足りるかどうかというところでした。
あるいは反乱グループに占拠された施設に戻って足りないエネルギーを補うという方法もありましたけど、でも、それはリスクが高すぎました。そんなことをしようとすれば、武器を持った反乱グループに殺されるか、捕えられるかしてしまいます。
なので、わたしたちは残っているエネルギーで十分タイムトラベルが可能な過去に戻ることにしました。つまり、反乱が起こっていない五十万年前の世界ですね
・・・ただ、そうはいっても、過去に戻るためにはその過去の正確なデータを割り出す必要があります。やみくもにタイムトラベルをすればとんでもない世界にたどり着いてしまいます。そこでコンピューターを使って目的時間の計算をはじめたんでけど、でも、その計算が終わらないうちに最悪の事態が発生してしまいました。
生き残りの人間を探しにきていた反乱グループの偵察隊のひとりに見つかってしまったんです。彼はわたしたちに向かって発砲してきました。兄も応戦して発砲しました。兄は軍人なので腕は確かです。兄の打った銃弾は偵察者に命中しましまた。といっても、肩に当たっただけで致命傷を与えることができたわけではありませんでした。
負傷した偵察者はどこかに姿を消しました。すぐ近くに仲間がいて、その仲間に応援を頼みにいったんだと思いました。今から逃げてもそんなに遠くまでは逃げられません。彼らに捕まってしまうのは目に見えていました。
そこで残されたわたしたちの選択肢はひとつでした。タイムスリップを強行することです。過去に戻るための計算はまだ終わっていなかったんですけど、幸いなことに、その旧式のタイムマシンにはわたしたちがもともといた世界線の記録は残っていました。それを利用すれば未来に戻ることは可能でした・・・といってもエネルギーが十分ではないのでかなりリスクがありましたけど・・・でも、時間がありませんでした。
わたしたちはタイムマシンに乗り込み、タイムマシンのスイッチを入れました。でも、旧式のタイムマシンのせいか、実際に機械が稼働するまでに思ったよりも時間がかかりました。そしてそのときわたしたちの恐れていた事態が起こりました。彼らの、反乱者の怒声が聞こえてきたんです。
数発の銃弾がわたしたちの乗っているタイムマシンに命中しました。このままだとタイムマシンごと破壊されてしまう可能性がありました。わたしはもうだめだと諦めかけました。でも、そのとき兄がタイムマシンを飛び出していったんです。俺が時間を稼ぐからと言って。
わたしは兄を残して自分だけ助かるなんて嫌でした。だから、わたしも慌てて兄のあとを追うとしたんですけど、タイムマシンがタイムトラベル直前になっていたせいで自動ロックがかかって外に出ることができませんでした。どうしようと思った瞬間に、タイムマシンは時空間に突入していました。
そして・・・恐らくエネルギーが十分ではなかった関係で、もともと目的地に設定していたわたしたちが居た未来の世界ではなく、この世界にたどり着んたんです」
田中唯はそこまで一息に語った。
僕は田中唯の話にすっかり圧倒されて何も言葉を発することができなかった。
「・・・かなり深刻な事態だね」
僕はしばらくしてからようやく口を開いて言った。
「・・・兄のことが心配です」
そう言った田中唯の表情はさっきまで見せていた明るい表情が信じられないほど思いつめた、泣き出しそうな表情になっていた。彼女の表情を見ている限り、さっき彼女が僕に話したことは作り話なんかじゃないんだなと実感することができた。
「きっとお兄さんは上手く逃げ延びてると思うよ」
と、僕は気休めを言った。
「・・・そうだといいんですけど」
田中唯は弱い声で言った。
「とにかく、田中さんが乗ってきたっていうタイムマシンを修理する方法を考えないとね」
と、僕は言った。
田中唯は憔悴したような表情で頷いた。